第10話

 決行日の二月の朝は寒かった。祖父と祖母はカニの食べ放題バスツアーに早朝から出かけて行った。父も出勤したが僕はまだ布団から出ていなかった。すると母が部屋にやってきたので、僕は体調が悪いから学校を休むと言った。僕が学校を休むのは初めてだったので珍しいのか、母は大丈夫? と聞いてきた。普段は無視しているくせにといらだちながらも学校には自分で連絡しておくと言い、頭から布団をかぶった。八時半ごろに学校に電話して今日は休む旨を伝える。すると母が少しでも食べてと梅粥を持ってきた。僕はすごく気持ちの悪い感覚になり、うんと答えて横を向いた。僕に興味のないあの母がわざわざ僕のために梅粥を作るなんてどうしたのかと、何だか得体のしれない恐怖すら感じた。そんなことを感じていると僕はいつの間にか寝てしまっていたみたいだった。気が付くと十時を過ぎていた。母はまだ家にいるようだ。早く出かけろと思いつつ一時間待った。すると母が部屋に来て「買い物行ってくる」と言った。そしてまだ手を付けていない梅粥を見て「食欲ないの?」と聞いた。僕はしんどそうにうんとだけ答えた。昔あった徒歩五分のスーパーはとっくに潰れたから、近くのスーパーに行くには自転車で十分はかかる。往復で二十分。買い物をしたら最低でも三十分はかかる。その時間内に父の部屋に忍び込み、父が隠しているものを探す。計画通りだ。母が自転車で出かけるのを確認したら、僕は机の引き出しからスペアキーを取り出し父の部屋に向かった。鍵はあっさり開いた。中に入ると、至って普通の部屋だった。前回は焦っていたので机しか見えなかったが、机の横にはパソコンラックがあり、おおきめな本棚があり箪笥がありベッドがある。僕は期待外れだったのかなと思いながら、まずは本棚を上から見る。そこには学校関係の本が並んでいた。そして一番下の棚に比較的古いのと新しいアルバムと順番に四冊が並んでいた。暗室を作ってまで写真を撮っていた父だが、僕は父が何を撮っていたのかを知らない。僕は一番古そうなアルバムを手に取った。すると僕は一瞬息ができなくなった。そこには女子高生の裸の写真が貼ってあった。一九八七年十月、○○北高校、○○○○子、十六歳、処女とタイトルをつけて、制服姿から下着姿、全裸、そして陰部のアップ写真まで。僕は訳が分からずアルバムをさらにめくる。一九八九年七月○○北高校、○○○美、十七歳、処女。そしてさっきと同じような写真が続く。僕はさらにアルバムをめくる。すると一九九一年八月、上○○高校、森佳奈、十七歳、非処女とコメントされているのは紛れもなく母だった。僕は全身が痺れ麻痺していく感覚を感じると同時に激しい吐き気を催す。僕は目の前に突然現れたこれまで逃げてきた紛れもない現実という暴力を受け入れることができずに、この場から立ち去りたくなる。やはり父は未成年の母に手を出していたのだ。しかも矢早さんとの写真が九月だったということは、母は矢早さんを騙していたのだ。それが真実だ。しかしここで逃げるわけにいかない。僕はすべてのアルバムを見た。内容はすべて同じだった。父は自分が赴任した高校の女子生徒に手を出し、それを写真に撮って保管していたのだ。父は母と結婚する前にもした後、僕が生まれる時でさえ生徒に手を出していた。特に母が通っていた上○○高校はおいしかったのだろう。他校に赴任するまでの一九九九年まで母も含め六人の女子生徒に手を出していた。その後はペースが落ちるが、二、三年おきに生徒が変わっていた。最後は二○一二年の七月だった。矢早さんが自殺する三か月前だ。僕は父という人間を完全に理解する。父は女子高生にしか興味のない本物の変質者で犯罪者なのだ。だから年を取った母には一切興味がない。そして母はそんな父の教師としての権力だけに魅了された最低な人間である。矢早さんを殺したのはやはり父と母なのだ。そして僕はそんな二人から生まれた罪の子。そうはっきりと現実を理解したら、もはや罪の意識はただの現実逃避ではなくなり一生背負っていかなければならない重い現実の罪となった。僕は我慢していた吐き気を抑えられずに、アルバムを投げ捨ててトイレに走り盛大に嘔吐した。

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