第17話
大学の授業もないゴールデンウイークは本当に長く感じた。そしてやっと五月十四日になった。僕は緊張しながらスーツに着替えて、前日に用意していたカバンの中身を確かめた。河内国分駅からA市の東○○駅までどれくらい時間がかかるかは前もって調べていたが、再度確認をして僕は出かけた。東○○駅に着いたのは約束の時間の三十分以上前だった。高架駅の東○○駅の一つしかない階段を降りると左手にすぐピエロはあった。昭和から続いている感じのするレトロな喫茶店だった。僕はGショックを見てまだ早すぎるなと思いながらピエロの前に立った。そこにはアーケードのない駅前の商店街が続いていた。ピエロは一番端の駅を降りてすぐのところにある。立地は良いなと僕は思いながら、今度は駅の反対側に移動した。ロータリーにタクシーが数台止まっている。バス停もある。そして遠くのほうに大規模な臨海工業地帯が見えた。商店街のあるあちら側とはまるで違ってこちらは生活感が全然ないなと思いながら高架沿いを少し歩いた。すると高架の下を横切るかなり広い道路に突き当たった。トラックなどが頻繁に行き来している。目線をトラックの進路のほうに向けると臨海工業地帯の入り口になっていた。僕は臨海工業地帯を見てみたいなと思うが、Gショックを見るとそんな時間はなかった。すぐに引き返して、約束の十分前にピエロの店内に入った。店内もいかにも昭和な感じだった。カウンター席にボックス席二席。カウンター席ではそれぞれ二人が食事をしていた。カウンターの中から白髪頭のおばあさんが「いらっしゃいませ」と声をかけてきたので、僕は軽く会釈する。そして僕はボックス席に座った。年季の入った皮の長椅子だった。おばあさんが水とおしぼりを持ってきてくれたので、僕は「もう一人来ます。注文はそれからでもいいですか?」と言うと「はい、わかりました」とおばあさんはカウンターへと戻っていった。店内を見回すと、とても趣のある店だった。ふと僕の目に入ったのはテレフォンカードも使えないピンク色のダイヤル式の公衆電話だった。飾りかなと思いつつ、僕はカバンから黒縁眼鏡と黒いキャップを取り出す。池田さんに言われた通り、これで街中を歩いたらさすがに職務質問をうけるなぁと自分でも思った。すると店のドアが開いて一人の男性が入ってきた。カウンターのおばあさんが「あら、池田君久しぶりやね」と言ったので、僕はその人が池田さんであることを確信した。当たり前だがアルバムより老けていたが、まだ若々しさが十分残った顔つきだった。「すみません、仕事が忙しくて、めっきりご無沙汰して」と言うと池田さんが店内を見回したので、僕はすぐに席から立ち、キャップを脱いで、池田さんに深々と頭を下げた。すると池田さんはにっこり笑い、僕の横に来て「とりあえず座って」と言った。池田さんが座るとおばあさんが水とおしぼりを持ってきて「池田君、そんなに仕事忙しいの?」と聞いた。「システムエンジニアになんかなるもんではないですよ。毎日残業で、休みの日も何もしたくないですからね」と答えた池田さんは「ミックスジュースでいいかな?」と僕に聞いてきたので「はい」と答えると「ここのミックスジュースは美味しいんや。高校の頃から通っているくらい」と言いミックスジュースを二人分注文した。僕は内ポケットから名刺を出し、田中井と言います、今日はよろしくお願いしますと、池田さんに名刺を渡した。池田さんは「ごめん、俺、今日名刺持っていないわ」と言ったので「そんなの全然かまわないですよ」と僕が答えたところでミックスジュースが運ばれてきた。僕は緊張してミックスジュースを一口飲んだ。すると池田さんが「それにしても君、若いな。年はいくつ?」と聞いてきたので「先週で二十一になりました」「それはおめでとう、高校卒業して探偵になったの?」と聞いてきたので設定通りに「高校卒業後普通に就職したのですけど辞めてしまいました。それで仕事探していたらたまたまこの仕事を見つけて、面白そうだなって思ってこの業界に入ったんです」「探偵ってそんなに簡単になれるの?」「そうですね、普通に求人を出していますよ」そうなんだと池田さんは感心していた。「私の場合、まだ新人なので、相手に身元がばれてもいい仕事しかやらせてくれませんけどね」そう言うと池田さんは僕の顔をじっくり見て一人で妙に納得した顔をしていた。
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