第19話

「池田さんは矢早さんの自殺の原因が辰巳と森にあると思いますか?」

「うーん、自殺の原因って複合的やからね。憶測だけでは何とも言えないけど、自殺した場所が場所だけに辰巳と森の影響は大きかったと思う。実際あの二人のせいで憧れの教師って仕事につけなかったし、それをしたのが自分の憧れていた教師って職業の人からやからね。相当きつかったと思うよ」

「本当にそれはきついですね」と答えるとしばらく沈黙になった。僕は自分が想像していたよりも何倍もきつい現実に吐き気をこらえるのが精いっぱいだった。だけど、その後の矢早さんのことを知りたい。それで僕は吐き気をこらえてまた話し出した。

「大学を卒業した後の矢早さんは何をしていたのですか?」

「通院しながら働いていたよ。奨学金も返さないといけないし。ずっとパートやったけど」

「それは通院を優先したからですか?」

「それもあると思うけど、この社会、一度正社員になれなかった人はほぼ正社員採用されないねん、年をとればとるほどにね」

矢早さんは精神の病を持ちながらも働いていたのかと思うと、大卒後いったいどれだけ苦労してきたのだろうかと感じた。精神的に病みながらも矢早さんは僕とは違い現実から逃げないでしっかり現実と向き合い真面目に社会で生きてきたのだ。ところが僕は現実から虚構の罪の意識に逃げて最終的には物理的にも逃げてきた。僕と矢早さんでは現実に対する覚悟が全然違う。

「ところで矢早さんは森以降、彼女とかいなかったのですか?」

「それはないな。断言できる。矢早には森しかいなかった」

それを聞いた僕は、矢早さんは母を本当に愛していたのだなと思う。純粋なその思いや教師への憧れを自分たちの都合で断ち切らせた父と母が憎くて仕方なくなった。そして同時にこの罪はどうやって矢早さんに償えばいいのだろうか、と思ったところで僕は吐き気が抑えられなくなり「失礼します」と池田さんに言いトイレに駆け込んだ。そこは思っていた和式ではなく、最新の洋式でゆっくり開く自動の蓋を僕は無理やり開けて水を流しながら嘔吐した。

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