第8話 めいいっぱいの感謝を込めて。
「まだまだ修行が足りぬのう、ルシアよ」
――――――遠のく意識の中、ふと、昔の記憶がよみがえる。
それは、私が魔王を倒すための修行をしていた時のことだ。ヴァネッサ、ヒカリとも別行動をとっていた私は、とある人物の元で修行に励んでいた。
その名も、ロン老師。何とかつて、【未踏領域】の一つをクリアしたことがあるという、伝説の冒険者の一人だ。今はもう、線の細い禿げたおじいさんだけども。
【未踏領域】を超えるほどの実力。一体どんな厳しい修行を課せられるのかと思い、当時はかなり勇み足で修行に臨んだのだが――――――。
「だ、だって……! 足が、痺れて……!」
ロン老師を訪れた私に待っていた修行は、一に座禅、二に瞑想。そして三には精神集中の修行だった。
「何を言っとるんじゃ。座禅で足がしびれてくるようでは、まだまだよ」
「いや、痺れるでしょ!? 人体の都合上!」
「それが甘いと言っとるんじゃ」
涙目で文句を言う私に対し、ロン老子は座禅を組みながら笑う。私の何倍もの時間、ずっと座禅を組んでいるはずなのに。足がしびれたりしている様子はどこにもない。
「良いか、ルシア。お前さんの実力はすでに、この世界でも一戦級よ。だが、その血からの使い方を、お前さんはまだ知らぬ。その壁を越えねば、この先はやっていけぬだろう」
「……壁?」
「左様。その壁を越えれば、お前さんはきっと【未踏領域】にも挑めるようになるぞ」
「……それとず~~~~~~っと座禅組んでるのと、何の関係が?」
「座禅はきっかけにすぎぬ。大事なのは、己を見つめ直すことよ」
精神を落ち着かせ、五感を研ぎ澄まし、自分の内側と外側の、あらゆる流れを受容する。
風の感触、鼻腔を刺激する匂い、耳に入る音。外部の刺激のみならず、身体の内側まで感覚を研ぎ澄ますことで、内側の流れをも意識する。
「そして内側の意識ができるということは、自在に操ることもできる。足の血流を正常と同じにするくらい、わけないわい」
「……じゃあ老師、それでずっと足が痺れないんですか!」
「その通りじゃ。ま、ワシくらいになれば別に座禅なんぞせんでも自在じゃがのう」
老師はひょいと立ち上がると、そのまま近くにあった岩に向かって貫手を放つ。まるで貫かれてなどいないかのように岩は微動だにしなかったが、そこには確かに丸い穴が空いていた。
「……す、すごい!」
「己の中を知るにはまず外を知ることじゃ。人間も大いなる自然のうちの一つ。自然を受け入れ、自らも大いなる流れと同じであることに気づければ、おのずと辿り着くことが出来よう」
――――――それが当時、魔王を倒すために修行をしていたころの記憶である。
(……何で今更、こんな記憶を――――――)
現在【未踏領域】の余りの臭さに倒れ、死にかけている私には、全く関係のない思い出のように思えた。
だが……違う。極限まで命を搾り取られたカラカラの私の感覚は、かつてないほどに研ぎ澄まされている。それは、まるであの時の座禅修行のようだった。
(……身体の内側が、分かる。私の命の流れが、かなりか細くなっていることを――――――)
そして、地面に倒れている私は、自然と耳を地面につけているような状態。
この状態になって、はじめてわかった。この島の内側でうごめく、大いなる流れがある。
(……これは、根が大地から栄養を吸い上げる音……?)
全身に響くほどの轟音で、ギュン、ギュン! と栄養が循環していく。無数に張り巡らされた根で運ばれていく栄養は、私たちのすぐ側の木にも満遍なく運ばれていく。
そして運ばれた栄養が、果実へと至ったその時。――――――不思議な匂いがした。
それはこの【世界一臭い島】において、到底あり得ない匂いだった。あらゆる欲が消え失せるほどであり、甚大なストレスをもたらす悪臭。それが消えたわけではないが、私はその匂いを確かに感じ取る。
――――――カラカラの口から、涎が出た。ドロドロの土から、自然と身体が起き上がる。もう力の入らないはずの手足に、力がこもっていた。
一度食べようとして拒絶反応を起こしたはずなのに、自然と果実に手が伸びる。軽くひねってもぎ取り、皮をはいだ。またも、鼻が曲がりそうな悪臭が漂う。
……だが、間違いなく、その中に。私の身体の内側が欲する匂いが、そこにあった。
――――――良いか、ルシアよ。
私の脳裏に、再びロン老師の記憶がよぎる。
――――――大いなる流れを受け入れるには、コツがある。それはな……感謝することじゃ。
すべての命の流れに感謝を。命の繋がりを恵みとして生きることに感謝を。今、自分たちの命を脅かし、また、守ってくれてもいるすべての命に感謝を。
「その感謝の念さえあれば、自然もそなたに応えてくれるじゃろう。そなたが自然に感謝をすれば、自然もそなたに感謝してくれる。すべては平等なのじゃから」
目の前にある、【ドリィ・アン・ドワネット】の果実。島から大量の栄養を吸い上げて育ったこの果実からは、確かにひどい悪臭がする。
だが、同時に、とても美味しそうな匂いもしていた。その匂いに、私は唾液があふれて止まらない。身体が欲して欲してたまらない、と叫んでいる。
確信があった。今なら、食べられると。
倒れ伏すヴァネッサとヒカリがこちらを見やる中――――――私は、両手を勢いよく合わせた。パン! という心地よい乾いた音が、森に響き渡る。
「――――――いただきます」
私は先ほどとは打って変わって、一切の抵抗感なく果実を口にする。
――――――この世のものとは思えないほど、美味だった。
女勇者パーティ地獄旅 ~【アンドワネット島】の冒険~ ヤマタケ @yamadakeitaro
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