第3話 上陸! アンドワネット島

「――――――そう。行くのね、【未踏領域】に」

「はい、先生」


 私たち3人の答えに、その人は深いため息をついた。


「先生の賢者の教え――――――【賢者危うきに近寄らず】。守れなくて、ごめんなさい」

「ヒカリ、別にいいのよ。私のだって、大賢者なんて言われてる父の受け売りだしね」


 私たちの中でも、特に聖女であるヒカリが先生と呼び慕っていた目の前の女性は、エンディミアという美女だ。

 どれくらいの美女かと言えば、私の美女レベルが100だとして、ヴァネッサはちょっと色っぽさに偏って下品だから90としよう。で、ヒカリは98。可愛いから。


 そしてエンディミアさんの美女レベルがどれくらいかと言えば、レベル8000くらい。


 これは誇張でもなんでもない。だって、彼女はサキュバスだから。


 人間の父親に育てられて、類まれなる魔法の才能もあった、超絶美人。そして、ヒカリの通っていた「アルム・サロク魔導学院」の学長先生である。ちなみに、【アルム・サロク】と言うのがエンディミアさんの父親ね。かなり頭のいい学者さんだったみたい。


 そんな人の娘として、彼女はもう何千年も、学院で学長を務めている。サキュバスである彼女はその美貌で学院生徒からの人気もある、まさにスーパーウーマン。こう言っちゃなんだけど、勇者である私と闘ってもいい勝負すると思う。


 そんなお方ですら、行くのは難しい場所なのだ。【未踏領域】と言うのは。


「……まあ、ミリス姫のためだものね。友人を助けるためだって言うのなら、反対はできないわ」

「先生……」


 それに、と、エンディミアさんはちらりと私を見た――――――気がする。


「勇者って言うのは、結局言っても聞かないものだものね?」

「え? どういうことですか?」

「ふふ。内緒♡」


 悪戯っぽく笑う仕草が、いちいち可愛い。この人、8000歳越えなのに。


「……さて。【未踏領域】に行くなら、選択肢は2つよ。今すぐ行けるのはね」

「それって、他のところは……?」

「厳しい環境の土地がほとんどだからね。環境への適応準備をしないと、言ったところですぐに死んでしまうわ」


 そしてミリス姫の病気を考えると、そんな悠長な時間はない。


「となると、残る2つは、環境への適応が必要ないってことか!」

「そう。その2つが、【サークル平原】と、【アンドワネット島】。だけど……」

「……【サークル平原】って確か、【世界で一番広い平原】なんですよね?」


 ヒカリの言葉に、エンディミアはコクリと頷く。


【世界一広い平原。】その広さは、とてもじゃないが今回の目的にはそぐわない。何せ、平原が広すぎて、ほとんど誰も平原の中心に到達したことがないというほどだ。なんでも、「地球」という天体の表面積と大体同じくらいらしい。詳しくは知らんけど。


「……なので、行くなら【世界一臭い島】、【アンドワネット島】しかない、と言うわけね」


 エンディミアの出した結論に、私たちはごくりと息を呑んだ。


 この島に生えている果実、【ドリィ・アン・ドワネット】。あまりにも匂いが臭すぎて、他の生物を死滅させ島を乗っ取ってしまった、「世界一臭い」と言われる恐るべき果物。


【アンドワネット島】でのみ群生するこの果実は、1つ世に出れば大パニックが起こる。主に兵器的な価値が高く、裏社会で取引もされるほどだ。――――――それでも、人工的に匂いを抑えたもの。天然ものは、そんなことすらできないくらいに臭い。一度ついた匂いはドラゴンすら追い払い、神すら信託を授けなくなるほどだという。


 そして島だけでなく近海からも栄養を根こそぎ吸い取っている天然ものの果実は、ふんだんな栄養を含んでいる。とてつもなく臭いけど。


「いや、ミリスにそんなの食べさせたら死んじゃうんじゃないか!?」

「ヴァネッサの言う通りよ。でも、島にあるのは――――――【ドリィ】だけじゃないの」


 島に群生しているのはほとんどが【ドリィ】。だが、1000年周期で一度だけ、特異な果実が実ることがあるというのだ。


「1000年分の余剰された栄養を凝縮されて生み出される、奇跡の実。匂いも全くなく、含まれる栄養も【ドリィ】の比ではない、まさに果実の女王とも呼べる存在。」


 1000年に一度、島と近海の栄養を凝縮された奇跡の実、その名は。


「――――――【マリィ】。【マリィ・アン・ドワネット】」


 この女王の名を冠するその果実を求めて、私たちはやって来たのだ。


【世界一臭い島】、【アンドワネット島】へと――――――。


******


「つ、着いた……うええええええっ! 臭――――――い!」

「こ、こりゃ酷い……臭ぁぁあ……」

「これは確かに、【二度と行きたくない】です……臭ぁい!」


 上陸した瞬間から、もう何かおかしい。この島が普通の島じゃないことを、私たちは肌で、そして臭さで感じた。


「……うえっ、ちょっとこれ、砂浜がてしてる! しかも臭っ!」

「おいこれ……熟して落ちた果実じゃないか!? ……くっさっ!!」

「み、皆さん……」


 私とヴァネッサが臭さに悶えている中、ヒカリは絶望に満ち、真っ青になった顔で、プルプルと前を指さす。


「ヒカリ、一体何……」


 私たちも、それを見て、同時に絶望した。


 海岸から見える島の内部――――――【ドリィ・アン・ドワネット】の森。


 森を形成している木々の上に、大量に緑色の果実が実っている。その数は――――――とてもじゃないが数えきれない。


「嘘だろ……これ全部、【ドリィ・アン・ドワネット】なのか!? 「世界一臭い果実」って言われている!? うえ、臭えええ……」

「そうです……きっと……臭っ……!!」


 まるで断崖絶壁に阻まれているかのように、足がすくんで仕方がない。

 物言わぬ果実から放たれる猛烈な匂いプレッシャーに、私たちの膝はガクリと折れる。


「臭すぎる……おええええええええええええっ!!」


 膝を折った時、熟して解けた果肉のぬちゃぬちゃした不快な感触も相まって、私たちはその場でまた嘔吐してしまった。

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