第2話 病の姫を救うため
「勇者ルシアとその仲間たちよ。其方らに、王として勅命を授ける」
王国の大広間で傅く私たち3人に、国王様はそう告げた。
王国とは、かれこれ3年の付き合いがある。あくまで田舎の村出身だった私は、の話だが。
姫であるヴァネッサは、私よりも長い付き合いだろう。彼女の国は隣国だが、国王様の一人娘である姫とは、幼馴染の関係である。
――――――そんな姫は今、不治の病に伏せってしまっている。
「どうか、娘の……ミリスの命を、救ってくれ……!」
国王様は、涙ながらに私たちに懇願した。
*****
尽くせる手は、全て尽くして来た。医学、魔法、あらゆる技術の全てを以って、ミリスの治療を、国王、いや、人類は尽くした。
だが、ダメだった。病が強かったのもあるが、それと同じくらいミリスの身体が弱かったのだ。
元々病弱で部屋に篭りがちの姫だったが、今回の病はそんな彼女の体力を、根こそぎ奪うものだった。
そのため、いかなる治療でも、ミリスの体力が保たない。全て、断念せざるを得なかった。
「ワシらにできることはもう、お前たちに頼るしかない。……【未踏領域】へ行ける可能性があるのは、お前たちの他にいないのだ」
王様が聞いた話では、【未踏領域】には、人類の知らない、未知の薬となるものがあるという。それを手に入れるために、私たち勇者パーティが呼ばれたのだ。
「前人未到の地で、いかなる危険があるともわからん。いくら魔王を倒したお前たちとは言え、無事で帰れる保証はどこにもない。……だが、頼む! この通りじゃ! 娘のために、【未踏領域】へ行ってくれい!」
「お、王様! お顔を上げてください!」
頭を下げる王様に、私は声をかけた。そんなことをしなくとも、私たちの意志は変わらない。
「ミリス様は私たちにとっても大切な友人。友人のためであれば、このルシア、勇者の名に恥じぬ勇気を示しましょう!」
「私も、ミリスを救うためならば、この身をいくらでも張ります!」
「わ、私も! 姫様を救うために、知恵を尽くします!」
「……ルシア。それに、ヴァネッサに、ヒカリよ。本当に、よろしく頼む……!!」
私たちの決意表明に、王様は涙を流して、王座に腰掛けていた――――――。
*****
「……アレが、【アンドワネット島】……!! うえっぷ!」
王様に結構カッコつけて言っていた私たちだったが、現在絶賛船の上でがっくりうなだれている。
猛烈な吐き気に、立つことすらもままならない。周囲に漂っている臭気が、
今まで経験してきた臭いものの比ではなかった。
「……おい、まだ島が、臭っ、見える程度だぞ!? ……おえっ」
ヴァネッサが言う通り、【アンドワネット島】は私たちの視界に、わずかに影が映るだけ。それだけだというのに、海は尋常ではない臭気に包まれている。
「……流石、【世界一行きやすいけど行きたくない未踏領域】と言われるだけ……臭っ、あり、ますね……臭い……!」
「それにしても、何て匂いだ……!! 臭っ、牛や馬の糞が……臭い、いい香りだったとすら思えてくるぞ……おえっ!」
さっきからあまりの臭さに、「臭い」と言わずにはいられない。「臭い」と吐き気に襲われながら、私たちは島へと向かう。悶えながら。
「……それにしても、臭っ、こんなに臭いのに、海はきれいだなぁ……臭っ!」
「……え、ちょっと見せて下さい! ……おろろろろっ!」
私の言葉に、ヒカリが船べりに寄り、身を折った。その拍子に、彼女は盛大に、胃の中のものを海へと吐き出してしまう。
「ち、ちょっと、大丈夫!? ヒカリ!」
「……ま、間違いないです……この海……生き物がいません!」
「生き物がいない? ……どういうこと?」
「この海、ただ匂いで生き物が寄り付かないだけじゃない……! 海藻も、魚も、さらに言えばプランクトンすら、この辺りにはいないんです! ……臭っ」
ヒカリの話によれば、本来海と言うのは多少濁っているくらいが健全であるらしい。それは、海の中を漂う微生物がいるから。それは魚の餌となり、海の中の生態系は形成されていく。
この海は、それがない。つまり、この海には、全く栄養がないのだ。そのため、海が澄んだ透明になっているのである。……のだそう。
「じゃ、じゃあ、この海の、本来あったはずの栄養は……?」
「……この周辺で栄養を必要とするものは、一つしかないです……臭っ!」
私たちは、まだ遠くに見える【アンドワネット島】を見やる。
遠くに見える、植物に覆われた島であるはずが、巨大な生物に見えてならない。
あまりの恐怖と臭さに、私たちはたまらず青ざめた。
これから私たちは、あの怪物に挑まなければならないのだ。
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