女勇者パーティ地獄旅 ~【アンドワネット島】の冒険~

ヤマタケ

第1話 世界で1番臭い場所

「おええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」


 私は、薄暗い船室の底で、盛大に吐いていた。手元に手繰り寄せたバケツの中に、ついさっき食べていたばかりのパンが中途半端に原形をとどめて浮かぶ。


「……おい、ルシア、やめてくれよ。こっちにまで匂いが……うっぷ!」


 同室の中で自分の口を押さえたのは、私たちのパーティの守りの要である聖騎士。自身も王国の姫である、ファティマである。忍耐力に優れる彼女の守りは盤石で、今も何とか、最悪の事態は免れることができた。


「お、おかしいです……。おえっ、確かに、酔い止めの魔法はかけているはずなのに……」


 私のパーティの最後の1人、聖女であり回復・補助魔法に優れるヒカリが、怪訝な顔をしながら青ざめている。そして、彼女はファティマと比べると身体も弱く、耐えられるはずがない。私が慌ててバケツを口元にあてがうと、そのまま彼女も吐いてしまった。


「う、ううう、気持ち悪いです……」

「確かに、酷い……。ただの船酔いじゃないぞ、これは……うっぷ!」


 私、ルシアのそもそもの船酔い耐性は高い方である。


 魔王討伐の際にも船での移動は何度も経験しているし、今の揺れよりもはるかにひどい船の揺れも、幾度となく経験してきた。

 そりゃ、全く酔ったことがないとは言わないけども。一般的に、船酔いしやすい人、という枠組みよりは船酔いしづらい体質のはずだ。多分。


 それが今、船底の部屋でろくに動くこともできず、ほんのわずかな揺れで、胃の中が大きく揺れる。その不快感がたまったものではなく、抵抗もできずに胃液は食道へと、絶え間なく昇って来ていた。


「……おいおい。こんなんで大丈夫かよ。私ら……」

「もうすでに、この時点で、今までの旅とは大きく違いますね……」

「――――――仕方ないさ。私たちが行くのは、【未踏領域】なんだから」


 酷い船酔いでぐったりしているファティマとヒカリに、私はにこりと笑いかける。口角を上げるだけでも胃液がせり上がってくるので、正直笑顔は作るのもかなりきつい。


【未踏領域】。人類が未だに観測できていない、厳しすぎる環境の地帯。


 世界には「存在する」と認識されてはいるものの、その内部は世間一般には知られていない。ただ一つ言えるのは、【世界で最も危険な場所】であるということ。

 空の果ての果て、海の底の底、大地の中の中――――――とてもじゃないが人間が入っていけそうにもないところには、未知のお宝が眠っているという。


 冒険を生業とする冒険者たちにとっては人生の目標と言ってもいい。冒険者ギルドに入り、実力を認められ、【未踏領域】の調査を依頼され、完遂する――――――これがこの世界における冒険者の、大成功フローチャートである。……達成出来た者は、一人としていないけど。


 そして私たち勇者ルシアのパーティは、を受けてこの【未踏領域】の1つに挑むこととなったのだ。


「――――――あ、船の速度がゆっくりになりました。……外、出ましょうか」

「うう……嫌だなぁ、外出るの……」

「仕方ないでしょ。船で待ってるとか、できないんだからね?」


 嫌がるファティマを押しながら、私たち3人は船室の外に出る。船室のドアを開けた瞬間に酷い吐き気が私を襲ったが、何とかこらえた。


 よろよろと、3人そろって壁に手を突きながら、船の通路を進んでいく。歩く速度も、階段を上る速度も、まるで老婆のようだ。


「――――――なぁ、これ……さっきからさ……」

「うん、わかってる……」

「……師匠が「行かない方がいい」って言ってた理由がよくわかりました……」


 船の内部を、顔をしかめながら、ゆっくりと登った私たち。

 甲板に上がった、私たちが見たものは――――――。


「「「――――――!! おえええええええええええええええええええっ!!!」」」


 私たち3人は甲板に上がった瞬間、同時に吐いた。びちゃびちゃと、木製の甲板にもはや透明な胃液がぶちまけられる。


「……く……く……くっさっ!?」

「く、臭い……!! 臭すぎる……!!」

「臭……あ、見えました……臭っ!!」


 涙が止まらず、鼻をつまみながら、私たちはヒカリが指さす方を、何とか見やった。


 臭い。臭すぎる。空気中に、まともに嗅げばすぐさま嘔吐してしまうような悪臭が立ち込めていた。それは船のドアを通して、船内にも伝播していく。

 私たちが船底の船室にいたのも、それが原因だ。あまりにも匂いがひどすぎて、まともに外に出られない。だが、船底に避難したものの、かすかに香る悪臭のせいか、酷い船酔いが合併症として起こってしまったのだ。


 すべての原因は、今自分たちが見ている【未踏領域】。

 涙でふやける目に映るのは、澄んだ海と、黄緑がかった大気、そして、海の向こうに見える、巨大な森林。海に浮かぶ森林、つまりは島である。


「あ、アレが……! 【アンドワネット島】……! 臭っ!」


 鼻をつまみ、がっくりとうなだれながら、私は呟いた。


【未踏領域:アンドワネット島】。すべての【未踏領域】の中で最も入りやすく、そして最も行きたくない場所。


 ――――――あの島は、【世界で1番臭い島】なのだ。

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