第4話 その悪臭は地獄のごとし

「――――――うおげええええええええっ!」


【アンドワネット島】の砂浜に到着してから、すでに3時間が経過している。そうして何をしているかと言えば、ひたすらに砂浜の周りを、ぐるぐると回っていた。


「……ダメですね。ここからも、入れそうにありません……おえっ」

「臭っ! ……すぎるんだよな……どこもかしこも、【ドリィ・アン・ドワネット】だらけだ」


 というのも、あまりに臭すぎて森の中に入ることができないのである。森の入り口から生えている木々にぶら下がっている果実の、それはもう臭いこと臭いこと。この島に入る前の近海から数回、そして浜に上陸してから十数回、私たちは留まることなく嘔吐を続けていた。


 え? なら、「魔法で焼き払うなり何なりすればいいじゃないか」って? ところが、そうもいかないんだな、これが。


 そもそも何千、何万年もの間発され続け、島全体に染みついたこの強烈な匂い。今更「汚物は消毒だ~!」と言わんばかりに火を放ったところで、匂いは到底なくならない。


 おまけに【ドリィ・アン・ドワネット】は、加熱すると発する匂いの性質が変わってしまう。ただ臭いだけの果実が、正真正銘本物の毒ガスになるのだ。それも致死率100%、超即効性かつ最悪の悪臭で、兵器として使われた際には多くの人々が苦しみ死んだと言われている。


「……しかもそれ、人工で作ったものですからね。天然ものでそんなことしたら、どうなるか……!」


 歴史に詳しいヒカリから、くれぐれも火気厳禁であると、この島に入る前から固く言われている。だから下手に焼き払ったりもできないのである。


「……しかし、うええええ……これじゃどこからも入れないぞ……臭っ!?」

「もう、覚悟を決めて……臭い、中に入るしかないだろうな……臭いけど」

「く、臭いって……ただでさえ今でもこんなに臭いのに、あんなに実がぎっしり生っているところに入ったら……ひえええ、想像しただけでもう臭い!」

「というか、臭っ、死ぬって! この匂いは!」


 ヴァネッサもヒカリもそう言うが、かと言ってこのままじゃ何にもならないのも事実。だってまだ、島の中央どころか沿岸部だもの。


「私だって、臭い、こんな島は早く出てミリスを助けに行きたいと思ってる! だから、こうなったらもう……臭っ、意を決して突入するしかないと思うんだ」

「……そ、それは……臭っ、そうだけれど……」

「でも、この匂いは魔法でも軽減できないですよ……【匂いを軽減する魔法】は、もうずっと使ってますけど」


 さすがに【世界一臭い島】は伊達じゃないということか。なんだか、一周回ってどんどんやる気が満ち溢れてきた。


「魔法で耐えられないなら、もう気合しかないだろ!? 大丈夫、所詮は臭いだけなんだ! 今までもっとヤバいことなんて、いっぱいあったろう」


 そう、私たち3人は今まで、色んな困難を乗り越えてきた。


 1番身体を張るヴァネッサは身体に穴が空くことなんて日常茶飯事だったし、酷い時には四肢が欠損することだってある。出血多量や全身大やけどで死にかけたことは1度や2度じゃない。そのたびにヒカリが必死に治療してくれたおかげで、綺麗な身体を保ててはいるけど。


 そしてヒカリだって、極寒のブレスをもろに浴びて氷漬けになったり、悪魔の呪いを受けて3日3晩激痛に苦しみ続けたり。並みの冒険者じゃ経験しないような危機を何度も乗り越えている。


 そして私も。ドラゴンにはらわたを食いちぎられたり、巨大ゴーレムに踏みつぶされて全身骨折したり。ついこの間なんて、魔王との戦いで首から上を吹き飛ばされて1度マジで死んだからね。女神さまの加護で蘇って、魔王は倒せたけどさ。


 ――――――そう。それに比べれば、たかが臭いだけなのだ。この島は。


「……入れる! 幾多の危機を乗り越えてきた私たちなら!」

「……ああ、入れる! 臭いくらいなんだ、ミリスのためだ!」

「入れます、私たちは、入れます! 森の中に!」


 沿岸で円陣を組み、私たちは越えの限り叫んだ。幸いここは誰も近寄らない島、聞いている人は誰もいない。


「入れる、入れる……臭い……できる! できるぞ!」

「ああ、臭っ……、できる!」

「できます……臭い……けど、できます! できますよ!」


 ぐっと力を入れると、私たちはガバっと状態を起こした。その瞬間に匂いが入り、やっぱり私たちの顔が大きく歪む。


「……く、臭い……けど、それが何よ! 私たちは、やれる!」

「ああ、やれる! やれる! 臭い、やれる!」

「やれます! やれます! 私たちなら、やれます! ……臭っ」


 そうして、意を決するように、私たちはきっと森を睨みつける。


 森からも、まるで私たちを睨み返すかのように果実がのぞいて――――――ごう、と風が吹いた。果実の強烈な匂いを含んだ風が。


「「「――――――うげえええええええええええええええええええっ!!!」」」


 私たちは、あまりの匂いにたまらずまた嘔吐する。


 せっかく奮い立てた勇気も、吐き出してしまいそうだった。



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