第5話 アンドワネット島森林部:深度1%
「行くぞ!」
「おう!」
「はい!」
「……行くぞ!」
「……おう!」
「……はい!」
「…………行くぞ!」
「…………おう!」
「…………はい!」
何度も何度も意を決して、私たちはようやく森の中へと突入した。無駄だと分かっているけど、一応口元を腕で覆って。
木々の間を抜け、森の中へと入ると――――――そこは、地獄だ。
熟して落ちた果肉で地面がドロドロになっているのは砂浜と同じだが、その程度が砂浜の比ではない。落ちた果肉の元々の匂いに加え、熟れを通り越して腐ってしまった果肉も、猛烈な腐敗臭を放っている。
驚くべきは、砂浜ではなく元々の大地だった部分が、腐敗した果肉により溶けてしまっていることだ。
その結果、何が起こるか。
「――――――えっ!?」
私たちが森の中へと飛び込んだ瞬間、身体が沈む感覚に陥った。それは――――――まるで、底なし沼に踏み込んだような恐怖。
「きゃっ……!」
「……木に捕まるんだっ!!」
私の場合は、反射と言ってもいいだろう。勇者として様々な場所を冒険してきた経験から、すぐに近くにあった木の枝に手を伸ばす。掴んだと同時に、2人も叫び、ヴァネッサとヒカリも沈まずに済んだ。
「……こ、これって……臭っ……!?」
「……多分、土壌がめちゃくちゃ柔らかくなってる。予想だにしてなかったから咄嗟に捕まったけど……」
恐る恐る、地面に体重をかけてみる。ずぶずぶと腰まで足首が沈むが、そこまでだ。ひとまず、安堵のため息が漏れる。
「良かった……島全体が底なし沼みたいになってたら、どうしようかと思ったぞ……しっかし臭いな、くそう……!」
「でも、ゆっくり進むしかなさそうですね……足を取られそうですし……」
思っていた森の進み方は、できそうにない。例えるなら、それこそ沼地や、雪の中を、足を取られないように慎重に進むしかなさそうだ。
そう。慎重に進むしかない。……こんなとんでもなく臭い森の中を。
「――――――う、うぅ……!!」
呻く声が聞こえてちらりと見やれば、ヴァネッサの目から、ボロボロと大粒の涙があふれている。
まだ上陸して森に入っただけだったが、彼女をはじめ、私たちはすでに、限界を迎えていた。肉体もそうだが、主に精神的にだ。
「――――――も、もう、い……」
「ヴァネッサぁ!」
嗚咽を漏らすヴァネッサの肩を、私は力強く掴む。
そこから先の言葉は、絶対に言わせない。というか、聞きたくない。聞いたら最後、こちらも呑まれてしまいそうな気がする。
「ミリスが待ってるんだ! この森のどこかにある【マリィ・アン・ドワネット】が必要なんだ! 持ってこれるのは誰だ!?」
「う、うう、ひっぐ……! うえええっ……!」
泣き出すヴァネッサを抱きしめて、ちらりとヒカリの方を見やる。
「うう、ぐす……臭い、臭いよぉ……おえっ」
彼女も見る限り、相当危うい。泣きじゃくりながら、匂いに
(……これが、【未踏領域】か……! 臭っ……)
くどいかもしれないが、まだこの島には来たばっかりなのだ。それだというのに、心が折れる寸前にまで追いつめられている。魔物の襲来なども一切なく、純粋にただただ【この島が臭い
ぶっちゃけ、この島が仮に無臭、いや、最悪この悪臭さえなければ、この島は難なく攻略できると思う。足場がぬかるんでいるくらい、別に大した問題にはならないのだ。
それらすべてを最悪の要因としている「臭さ」。最初こそ「臭い? それくらいで【未踏領域】になるの?」とちょっと思っていたが、とんでもない。
こんなの人間が攻略できる環境じゃない。いや、世界中の生物でも、この島の匂いをひとたび嗅げば、攻略する気など失せてしまうだろう。
それほどまでに、匂いと言うのは恐ろしい環境要因となりうるのだ。
そんな恐ろしい【未踏領域】の洗礼を受けて、私たちは森の入り口あたりで立ち往生となりかけていた。
「――――――進もう、ここで泣くくらいなら。どのみち引き返したところで、臭いのは消えないから……」
「ルシア……うん。くそ、臭いんだよ、この森……」
「はい……臭い……臭い……」
ヴァネッサとヒカリはぐす、ぐすと泣きながら、ゆっくりと森の腐った大地に足を置く。その感触に、2人はぶるぶると身を震わせていた。
「……さぁ、行こう。【マリィ】のところに……」
2人の手を取って、私は森の中へと一歩ずつ進んでいく。
この島の恐ろしさを実感した上で、なおかつ心を折らずに、一歩一歩不快な感触を踏みしめながら。
――――――私は、勇者だから。私の心が折れてしまえば、それこそこのパーティは本当に全滅してしまうだろうから……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます