第6話 あまりに臭くて先に進めない!

 ――――――臭い。とにかく、臭い。


 熟した果実でぬかるんだ足場をゆっくりと歩みながら、私たちは島を、少しでも中央部へ行こうと進んでいる。


 目的の果実【マリィ・アン・ドワネット】があるのは、島の中心部と言われている。そしてこの島の直径は、おおよそ100km。つまり、50kmは進む必要がある。


 そして上陸から5時間。現在の私たちの進捗は――――――海岸線から30m程度であった。


「うううう……! ううううううう……!!」


 ヴァネッサもヒカリも、そして私も。一歩一歩を踏みしめるのに、異様なまでの時間がかかってしまっていた。

 3人とも顔は臭さに歪み、目からは涙がボロボロとこぼれて止まらず、鼻水と涎もダラダラと垂れ流されている。


 別に垂れ流したくて垂れ流してるわけじゃない。乙女がしちゃいけない顔をしているのはわかってるけど、顔が歪むのをやめられないのだ。


「ぐざいぃぃ、ぐざいぃぃぃい……!! ひっぐ、うぐ、ぐえっ……!」

「ぐざいだけじゃないです……暑い……この島……!」


 私たちの進行が著しく遅れている理由は、とにかくひたすらに臭いことが主な原因だが、それだけではない。それに付随する環境の劣悪さが、進もうとする足を止めてしまうのだ。


「……この【アンドワネット島】」は、熱帯の気候にあります。だから、凄くジメジメして、蒸し暑い……それに匂いが混ざって……うえっ!!」


 解説してくれながら、ヒカリはまたも吐いてしまった。……一体、この島に来てから私たちは何度嘔吐しただろう。


「……はぁ……はぁ……」

「うぅ……」


 この嘔吐が問題だ。胃液を吐き出すたびに、私たちの身体からは水分が失われていく。

 加えて、この熱帯の気候。身体からは、ダラダラと汗が流れ出る。おまけに、ドバドバの涙と鼻水。


 ――――――私たちは3人揃って、脱水症状になりかけていた。


「み、水を……水を……」

「……ダメです。魔力が……!」


 極度の脱水で歩くのが精一杯になってしまっている私たち。魔力を練る余裕もない。


「……か、回復薬を……回復薬を飲むんだ……! ヒカリは、魔法薬を……」

「は、はい……おうええええええっ!!」


 魔法薬を飲もうとしたヒカリだったが、薬を口に含んだ途端、より激しい嘔吐で咳き込んでしまう。そして、そのまま彼女は――――――地面に、倒れ込んだ。


「じゃdsjfぱいrjfぱおsjfdぁkshf;あslふぁslkfhぱんg@あpjくぁwせdrftgyふじこlp~~~~~~~っ!!」


 顔面から、熟した【ドリィ・アン・ドワネット】の果実でドロドロの地面に、顔面から突っ込んでしまったヒカリ。言語にならない声で悲痛な叫びをあげながら、バタバタともがく。


 しばらくもがいていたが、やがて――――――彼女は、ピクリとも動かなくなった。


「ひ……ヒカリ――――――っ!?」


 私たちは慌ててヒカリを起こすと、彼女は白目を剥いていた。呼吸も止まっているが、心臓はまだ動いている。どうやら、あまりのショックに気を失ったらしい。


「……そりゃ、こんなところに顔から突っ込んだら死ぬと思うよな……うわ、顔臭い……!!」


 ヴァネッサは地面に出来上がった、ヒカリのデスマスクを見て青ざめた。そして、同じく地面に落ちた瓶を見て、首を横に振った。


「……ダメだ。瓶に、匂いがべっとり着いてる。飲むなら、相当覚悟しないと……」

「……じゃあ、何か食糧でも……」


 私がそう言うも、ヴァネッサはまたも首を横に振る。その意味するところは、私にも分かる。


「……食い物に、匂いが着いてないと思うか? 瓶の水にすらついているんだぞ!?」


 恐る恐る袋に入れていた干し肉などを、出してみれば。


 外に出した瞬間、ジワリと色が変わり、見る見るうちに風化してしまった。


「……は?」

「嘘だろ……!? 臭すぎて食糧が干からびちまったぞ!?」

「いやいや、どういうことだよぉ!?」


 あまりにも不可解な現象すぎる。臭さで食べ物が風化するとか、聞いたことがない。


 というか、あまりの光景に、私たちは目の前の絶望的な状況をまだ認識できずにいた。


 ――――――食べ物も飲み物もない。残り50km弱の臭い道のりを、私たちが進めるとは、到底思えなかった。

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