いいなり彼女はクラスの女王

暁貴々

第1話 女王様と不服従ボッチ

「ちょー、キモ武者。あーしあんたにいわなかった? 学校に『エロ本』持ってくんなって。そういうのが視界にはいっちゃって不快だと思うコも中にはいるわけ。ここはあんただけの教室じゃないしみんなで使う場所なんだからさー、もうちょい節度とかTPОをわきまえてくんない?」


 教室のドア側一番後ろの席で話題のライトノベルを読んでいた俺こと武者小路むしゃのこうじあゆむは……ちょうど開いていた『ラッキースケベの挿絵』のページをパタリと閉じて、ゆっくりと、されどパチパチと高速でまばたきをしながら、このクラスの女王様とその取り巻きに向けて、顔を上げた――てか、こいつ今、TPOって言った?


 ブラウスのボタンだとかスカートの短さだとか、なんかもう、どんだけ制服着崩せば気が済むのって感じの、限界ギリギリを攻めているその格好で?


 てぃーぴーおー。ぶは。


 メソポタミア文明で流行ったギャグかよ。


「この前のはグラビアの写真集でエロ本じゃない。で、これもエロ本じゃなくて全年齢対象のラノベなんだが」


「あ? なんそれ。じゃ、なんで裸の女のコの絵とか描いてあるわけ?」


「ふぅ。やれやれ」


「ア? なにその態度」


 ミディアムとセミロングの境界線なんてのはファッション業界が作った都合のいい指標であって、鎖骨ぐらいまであるとしか形容できないボブの金髪が、その毛先にまで怒りのオーラを纏い始めた。ちぢれ麺みたいな毛先それはぬらぬらっとしていて、どことなくエロスを感じる。


 二次元だと、ヒッチさんだかビッチさんだか、もみなんちゃらさんだとか、その手のキャラがこういう髪型だったりする。


 枕詞に超(と書いてスーパーと読む)が付くギャル。校内一の美少女にして、その性格のキツさからついたあだ名が


 高校生活始まって、五月だよまだ?

 にもかかわらず二つ名が女王って、どんだけ恐れられてんの、このヒト。


如月きさらぎ姫乃ひめの。さてはお前、本を読まないタイプだな? 物語の都合上そういうシーンがあるってだけで、時にはそういう絵も必要なんだ。いやむしろ、これぐらい攻めていかないと昨今のラノベ業界では生き残れないっていうか──」


「ラノベだかなんだか知んないけど、あんたがキモいにやけヅラでエロ本読んでるのには変わりねーから」


 ブルームーンのような淡い光を放つカラコン入りの瞳が、俺を容赦なく睨みつけてくる。

 顔がよすぎるだけに、その眼力たるやものすごい。


 中途半端で不完全。性格さえよければ完璧。

 そういう意味ではやはりなまじとしか言いようがないが、見ためだけなら校内一の美少女なのは間違いないのだ。


 睫毛は長く、唇も瑞々しくて、肌は雪のように白い。


 乳もケツも成熟しており、ターコイズブルーのカーディガンを巻いた腰まわりも、キュッと引き締まっていている。


 そんな高校生離れした如月の抜群のプロポーションは、同世代どころか大人びた大学生の色気をも凌駕している――のだが、いかんせん性格がキツすぎる。


 つまりはさっさと視界から消えて欲しい。


 セクシーな胸の谷間はもう満足だ。

 頼むからスカートを翻してパンチラでもサービスしながら黒板の方に向かってくれ。


「俺がどんな面で何を読もうがお前とその他には関係ないだろ。先日のグラビア写真集に関しては……まぁ、お前の言うことも一理あったとは思うが、これはラノベだ。ライトノベル。れっきとした小説なんだ」


 そう。俺ってば女王に目つけられて、もはやクラスでは浮いた存在。

 まあボッチなのは中学の頃からだったし、高校デビューは諦めてる。


「あッ?」


 ガンッ、と。

 如月が勢いよく机を叩いた衝撃で、その胸に実る二つの巨峰もバインッと揺れた。ブラウスからこぼれそうなその大きさは、まさに圧巻の一言。


「おい、物に当たるな。俺の机が使い物にならなくなったらどうしてくれんだ」


「あんたマジなんなわけ? あーしの神経逆撫ですんの趣味なわけ? なにさっきから偉そうに命令してくれちゃってんの?」


「別に命令したつもりはねーよ。ただ事実を述べただけだ――って、おい……やめろ、ぼ、暴力に訴えるな。ひ、非暴力、不服従、が、ガンジー」


 いつの間にか目と鼻の先まで距離を詰めてきた如月が、俺の制服の胸ぐらをグワシッと掴んでくる。


 ぎろり、と睨みつける目はまさに鬼の形相。


 ま、マジギレだ。超こえーんだけど……。やっぱこいつダメだツエー、俺の手に負えない。


 らしい理屈をこねて話をうやむやにするという、俺の、三十六計逃げるに如かずが通用しない。


「ガンジーてかまんじだから、あーし。いまマジ卍だから」


 な、なんだよ、その日本語。わっかんねえよ。


 お前、寺の娘かなんかなの?


 なんて、口が裂けても言える雰囲気じゃない。

 火に油を注げばグーパンが飛んでくるかもしれない。


「こ、こっエー……やっぱ如月ってハンパねえ」

「可愛いのにもったいねえよなぁ。てか武者小路もよく言い返すよな」

「なにげあいつ応援してる。関わりたくはないけど」

「俺らまで目つけられそうだしな……」


 クラスメイトたちのひそひそとささやく声が聞こえてくる。応援するなら加勢してくれ。


「そこ。聞こえてる。黙ってて」


 男子のひそひそ話にぬらっと反応した如月の右腕、黒髪ロングストレートの新垣あらがき紗綾さあやが、スマホ片手にポチポチゲームをしながら、淡々と、無表情で、オートスレッを開始。


 こいつは何考えてるかわからないタイプのギャルで、如月とはまた違ったベクトルの危険度がある。


 女王様一行の逆鱗に触れてしまった哀れな下僕たちが、ビシッと背筋を伸ばす。


 ここ城内? 

 教室だよな。


 なんて、そんな俺のどうでもいい疑問を余所に、如月もまた胸ぐらを掴んだまま俺から視線を離しちゃいない。


 取り巻きと有象無象の男子どものことなど、もはや眼中にない。

 俺という敵だけを見据えて、俺の喉笛を食いちぎらんばかりの勢いで睨みつけてくるのだ。


「おいキモ武者。あーしがいってること理解わかんねえわけ? むずかしーこといってねーから」


 武者小路です。


「と、……とりあえず落ち着け如月、サマ。そ、その、暴力はよくないといいますか、はひ」


「いいからそれこっちによこせっつってんだけど」


「こ、断」


「没収」


「は、はひ。どうぞお納めください、女王様」


 俺は素直にライトノベルを手渡す。


 ガンジーはすごい。俺に不服従は無理。


 とん、と俺の胸を突き放すようにして手を離した如月は、くるりと踵を返し、取り巻きを引き連れて自分の席へと戻っていく。


 パンチラはなし。なんだよ……渡し損じゃねえか。

 なーんて、実はちょっとだけホッとしていたりする俺。


 いや、だって、怖いじゃん? あいつ。

 ちょっとエッチな表紙のラノベ読んでるだけで胸ぐら掴んでくんだよ。


「あ、ありがと~、如月さん」


 女子の一人が如月に礼を述べる。確かな名前は横山。


「またキモ武者がなんかしでかしたら、あーしにいいなよ。シメといてやっから」


「あ、うん! ありがと」


 如月はお節介なギャルなのだ。

 その見た目の派手さから誤解されやすいのだが、困っている人(女子限定)がいればつい手を差し伸べてしまうという、いわゆるヒーロー気質の持ち主。


 いや女だし、いちおーヒロインと言い換えよう。

 誰の、ってのは迷宮入り。


 あんな、ぶちギレたら大事なところ噛みちぎってきそうな女と誰がラブコメしたいって思うんだよ。


 いやほんと、容姿だけなら文句なしの美少女なんだけどな……。


 俺みたいな陰キャボッチやクラスの有象無象の男子と恋が始まることは一ニ〇パーセントないだろう。


 ああいう気の強い女にお似合いなのは、ゴリゴリマッチョでピアスやら刺青やらを全身に埋め込んでるようないかつい年上男あんちゃん


 学校では女王様な如月がコワモテの彼氏の前では猫なで声ですり寄り、ことがおっぱじまればアへアヘでヨガリまくる――うんうん、これこそまさにエロ漫画の鉄則。


 てか、横山よ。

 ラノベ読んでるときの俺の顔そんなに気持ち悪かったわけ……?


 大方。


 陰口で盛り上がってたところに如月が通りかかって、あーしがなんとかするから、とか持ちかけてきたんだろうけど。


 とばっちりもいいとこだよ、ったく。

 ちょっと前もお気にのグラビア写真集没収されたし。没収されたのに返ってこないってもうこれ略奪だろ。


 征服王ならぬ改造制服征服女王だ。


 とまあそんな具合に。

 こうして、今日もまた。


 如月姫乃という女王様は、俺の頭を悩ませるのである――

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