006 不服従ボッチもわからせたい②

「おい泣くなよ。たかがゲームだろゲーム。たかが、たかが」


「うるさい……もう一戦」


「いや、でもほら、もうこんな時間だし。お前のお母さんが作ってくれてる晩飯食ったら俺もう帰るつもりなんだが」


「そんなの関係ない。武者小路のそのにやけ顔、絶対許せない」


 新垣は負けたら半泣きになるタイプらしい。てかこいつ、姫乃の家でも言い負かされて、ちょっと涙目になってた気がする。しかし、あれだな。三角座りでバカの一つ覚えみたいにもう一戦、もう一戦とせがまれると、なんか斜め上の要求でも通っちゃうんじゃないのと錯覚してしまいそうになる。


 二十戦やって、途中からハンデなくして、俺が二十連勝。

 俺は女帝で統一してたけど、新垣は女帝に相性のいいキャラに変更したりだとか、まあ色々工夫を凝らしてはいたが、それでも勝てなかったのは単純にこいつの下手さ加減。


「別にファミコロじゃなくてもいいぞ。お前、。じゃあお前が一番得意なゲームを選んでくれて構わない。俺は逃げないし、負けない」


「うるさい……ゲームは変えない。ムカつく。絶対勝つ」


 変えれば、勝てる可能性がグッと伸びるのにな。俺だってプレイしたことないゲームの一つや二つは絶対あるし。


「二人ともー! おりてらっしゃい、ご飯できたわよー」


 一階から、新垣のお母さんが俺たちを呼ぶ声がする。

 もう二十時とか、けっこういい時間。


「言ってる間に時間がきちまったな。飯食ったら帰るわ」


「……ダメ。絶対ダメ。ご飯とかいいからもう一戦」


「いやでもほら、お前のお母さんのご厚意を無下にするわけにもいかないし」


「じゃあ……食べ終わったらもう一戦。帰さない」


「えー。どんだけ俺のこと好きなの?」


「武者小路なんて嫌い」


「じゃあもう俺の負けでいいよ。お前の勝ちだ。はい、これでいいだろ」


「どこまでもバカにして……。そんな決着で私が納得すると思う?」


 しないでしょうね。くふふ。


「まあ、食い終わってからもう一戦ってのもいいけど……あ、いや、別に何戦やっても構わないが。その代わり、もし本気でやるってなら条件を一つ追加するぞ」


「条件?」


「食べ終わってから話す。ほら、行くぞ」


 俺は一階へ降り、新垣のお母さんが作ってくれた晩飯に舌鼓を打つ。

 新垣は無表情にむすっという擬音でも乗っけてそうな面で、箸を口へ運んでいる。


 俺は新垣のお母さんに、にこにこ愛想を向け、美味しいですと賛辞を述べる。

 新垣は無言でもくもくと咀嚼を続けている。


 ゲームで敗北したことも、この空気感も、何もかもが気に食わないのだろう。挨拶がわりのジャブがストレートに変わる瞬間だ。新垣ママンにご飯を用意してもらったのも全ては作戦。すんません。人んちの食費を。お母様のご厚意を。だが、そのおかげで、新垣はいま冷静な判断力を失っている。


 飯を食いながら、どう俺を負かすか、そればかりを考えている。


 俺はその逆だ。

 どうこいつに勝つか、それだけを考えている。


 もちろん、ゲームの話じゃない。


 飯を食い終え、二階の部屋に戻った俺は新垣に条件を提示した。


「さっきの条件だけどな。普通にやるだけじゃ、お前は負けを認めないだろ。お前の気持ちはわかる。敗北を認めなければ敗北はない。その考え方はわかる。だけど、それじゃ俺は何も面白くない。だから、一戦負けたら服を脱ぐって条件を追加する。どうだ? 別に大したことないだろ?」


「……」


 新垣は、それは想定外の条件だとばかりに、口を半開きにして俺を見る。


「最初からそれが狙い……? 姫乃のことが大事だから私には手を出さないって、そう宣言したのは武者小路。なのに……そんな条件」


「おいおい曲解するな。お前に手を出すつもりなんて毛頭ない。お前はただ負けたら服を脱ぐだけ。俺はお前に一ミリも触れない。恥ずかしさとプライドすら天秤にかけられないなら、もう負けが見えてる勝負なんてやめとけ」


「……負けない。私が勝つ」


「いやいや強がらなくていい。お前は俺に勝てないし、俺はお前に勝つつもりでやる。手加減はしない。で、お前は負けたら服を脱ぐんだ。好きでもない男に裸を晒すなんてそんなのバカらしいだろ? なあ、潔く負けを認めろよ」


「なら私も条件をつける」


「おいおいマジか……」


 こいつ俺との戦力差にまだ気づいてないのか?

 挑発に乗ってくれたことは素直にありがとちょんまげだが、ここまでくるとバカを通り越した何かだぞ。


 ぶはっ。超バカがいる。スーパーバカがいますよ、ここに。


「よしわかった。のもうその条件」


「まだ何も言ってない。なめプも大概にして。武者小路が負けたら私とハメ撮りする」


「ん? ハメ、なんだって? ハメ技って言った?」


「私とハメ撮りする」


「……は? え、なにお前。俺とハメ撮りがしたいの? な、なんで?」


「私とやってるとこを武者小路が自分のスマホで自分で撮影する。それを姫乃に送ってもらう。そうすれば姫乃は武者小路に愛想を尽かす。逃げるなら今の内。武者小路は私に勝てない」


 ああ……そういう。

 にしたって、ちょっとぶっ飛びすぎな提案ジャマイカ。


「ああ、おけおけ。じゃあその条件で」


「…………本気で言ってる?」


「うーん、わりと本気」


「……ほんとに? ……ほんとに、ほんとに、本気?」


 しつこいな。

 間を空けて確認とるってことはってことだろ。


「無茶苦茶な条件つけて俺を動揺させる作戦ってんなら、そんなのは効かない。俺、煽り耐性9999だから。お前は煽り耐性マイナスだな。常時デバフでもかかってんのか?」


「武者小路がキモいから」


 今日三度目のかっちーん。 


「やっきゅうう、するなら、こーゆーぐあいに、しやしゃんせ、ははい! あうと! せーふ! よよいのよい!!」


「……」


「おい早くコントローラー持てよ。お前、いちいち行動がのろいんだわ。女帝ほど攻撃力も高くないくせに、動きがのろま。よくそんなんで短気な姫乃の親友やれてんな」


「……」


 こんだけ煽れば引くに引けなくなんだろ。

 案の定、新垣は普段の無表情な顔からは想像できない、怒りに満ちた形相でゲームコントローラーを握りしめた。


 俺はちょっと冷や汗を垂らしつつ、女帝を選択。

 右手にフォークとかライトセーバー持ってたら、絶対俺を刺してきてる。そういう顔してる。


 こいつ絶対、地雷だ。

 地雷ファッションとかそういう系の地雷じゃない。


 なんというか、自分の中でこれと決めたらそれ以外の考えは全部捨てるタイプの地雷だ。


 悪いが、新垣。

 俺はお前のその地雷臭いプライドをズタボロになるまでへし折る。俺がいい男だのどうだのお前が査定できないぐらい、お前を最底辺まで叩き落とす。徹底的に潰す。幕引きはもう考えてある。お前と姫乃が仲違いしないよう、俺は俺で、筋書きを練ってある。


「いくぞ」


「いつでもいい」


 俺が選択したキャラは、女帝。新垣が選んだのはスイング。剣と盾と弓の、攻守が噛み合ってるバランスキャラだ。


「お。やられた」


「あと二機。確実に仕留める」


「じゃあ一機にしてやるよ」


 俺は女帝をステージの端まで移動させて、そのまま落っこちる。これで残機一。自ら背水の陣を敷くことで、新垣を挑発する。


「武者小路……ちょっとなめすぎ。私に負けたらどうなるか、わかってる?」


「お前だって残り二機しかないんだぞ。で、俺が一機。おわかり?」


「私の圧勝。武者小路の惨敗。どんな手を使っても無駄」


「あまり強い言葉を使うなよ。弱く見えるぜ?」


「うるさい」


 そして新垣は――また俺に負けた。


「はい、はい、はい、はい。やっきゅうう、するなら、こーゆーぐあいに、しやしゃんせ、ははい! あうと! せーふ! よよいのよい!!」


 俺は勝利の舞で新垣を煽る。


「おい早く脱げよ、こののろま。あれお前……靴下は? 俺なら靴下は履き忘れないけどね、もしものために。そんな紙装甲の薄着で、脳みそまでがばがばなのか? え、おい。新垣さんよ」


「……」


 新垣は無言でタンクトップを脱ぎ始めた。


 黒いレースのブラがあらわになる。姫乃には劣るが、いい乳だ。相当熱がこもっているのだろう、谷間には汗粒が光っている。


「コ○す……絶対」


「おい。泣くなよ。俺がいじめてるみたいだろ。たかがゲームになに熱くなってんだよ」


「武者小路みたいなサイテーなやつ、絶対許せない……。姫乃にもそうやって……毒牙をかけたに違いない。絶対コ○す」


「毒牙を、じゃなくて、毒牙に、な。なんで俺が毒牙振り回すんだよ。毒牙まで誘導すんのが罠だろ。てか毒牙振り回しそうなのお前だろ。おい早く、キャラ選択しろよ。いつまで自分が格上だって思ってんだお前は。姫乃とつるんでなきゃお前なんて――」


「……ぐす」


 ……ああいや、これ以上はちょっとかわいそうだな。

 なんか俺、本当に最低なやつになっちゃいそう。


 姫乃の気が強いもんで、てか女王様気質なもんで、あいつといつもわーぎゃーやり合ってるから、すんなり真に受けてしまう新垣はなんというか張り合いがない。


 姫乃に今の指摘をしたら、「じゃあ、あーしの毒牙でぶっ刺してやるから、そこ動くんじゃねー」と爪銃ネイルガンで応戦してきそうなものだが、新垣はなんというか、その、うん。


 俺は新垣のキャラ選択を待つ。


「次は負けない……」


「お、おう。頑張ってくれ」


「同情するな……武者小路のくせに」


「じゃあ、泣かないでくれよ。も、もう……ここらで勝負は終わりにしてもいいんだぞ? お前このままだと本当に裸になっちゃうぞ……?」


「いい。勝つまでする……」


 いやいや、あと……ブラとショートパンツとショーツだけだろ。挑戦権は三回しかないぞ。まあ、いいか。どのみちひん剝いて第一の壁ファーストプライドを粉々にするのが目的だったわけだし。


「んじゃ、気を引き締めて再開ってことで」


 俺は新垣にそう告げて、コントローラーを握りしめた。


 そしてまた、新垣が負けた。

 泣きながらショートパンツを脱いだ。


 そしてまた、再戦。

 もう予定調和な気もするが、新垣が負けた。

 ぼろぼろ泣きながらブラジャーを脱いだ。


 ぶるんとでっかい乳が揺れる。なんとまあ、乳首はちょっと澄んだピンク色をしている。なんで黒じゃないんだよ。


「……こっち見るな」


「へいへい。ビッチのくせに……あー、やっぱ今のなし。悪かった。俺が全面的に悪かった」


「……男にこんなにバカにされたのは、はじめて。今まで付き合ってきた……どんなクズな男にだってこんな仕打ちは受けてない」


「なに、お前、女版アムロ? 俺は女はぶたないってかぶてない主義だから、甘ったれたことを言うなとか、厳しい指摘はしてやれないぞ」


 あの艦長なら男女平等ビンタを放ちそうだが。いや、やっぱ戦争のさなかにいる十代って俺らと全然違うわ。


「……次で決める」


「……ああ、うん。ファイト」


 ここらが潮時か。


 こいつがパンツ脱ぐとこなんか見たくないし、いや、ガンガン突っかかってくるならそれもありって考えてたけど、泣かれるとどうもな……。


「……あと一機」


「お……うわ、うわ……うわー、やーらーれーたー」


 女帝が場外に。

 と同時に、ガン、っと新垣はコントローラーを床に叩き付けた。


「ふざけんな……! 絶対コ○してやる! 武者小路、そこに座れ……!」


「え……あ、はい。もう座ってます」


「正座……」


 俺は新垣に言われた通り床に正座する。

 そして新垣は、ショーツだけという乳丸出しの格好のまま俺の前で仁王立ちした。


「……わざと負けた。絶対わざと負けた。最後の勝負、絶対にわざと負けた……」


「あ、ああ。なんていうか、悪かったな。お前のせいで俺もちょっと悪ノリが過ぎたというか、なんつーか……調子乗ったのは謝る。ごめん」


「そこは……自分のせいって言い切るとこ。私のせい……って何?」


「なんでお前も姫乃もそこだけちゃんと聞き取るんだよ……。まあいいや。とりあえずごめん」


「口だけ謝るな……! 土下座しろ……今すぐ……!」


「へいへい」


 俺は黙って床に手を付き、新垣に頭を下げる。


「誠意が見えない……」


「あ、そっか……俺が負けたらハメ撮りするんだっけ? ちょうど、お前服着てないし、今からおっぱじめるか?」


「するわけない……ふざけんな!」


「おし、じゃあ放棄ってことで決定な。吐いた唾は飲めねぇし、もう飲まさねえ」


「……謝れ。私に謝れ」


「いや、無理。てか俺、反論していい? それともお前が俺に謝るか? 選べよ、新垣。顔上げたらもう容赦はしないぞ。プライドから始まった勝負だ。男だとか女だとか陰キャだとか陽キャだとかゲームがうまいとか下手だとか、お前もお前で俺に価値観押しつけてきたんだから、こっからはマジで容赦しないからな」


「……武者小路に何ができるの?」


 新垣は、俺の言葉の真意を測りかねている。

 俺はゆっくりと頭を上げ、新垣に向き直る。


「俺に反論の権利を譲るか謝罪するか真剣に選ぶべきだったな。容赦しないって前置きしたぜ。――お前にこれ以上付き合ってやらねえ、ってそう言ってんだ。帰るわ。じゃあな」


「ま、待っ――」


「おーこわ……お前そのまま追っかけてくんなよ。自分の格好見てみ。パンツ一丁で外まで追っかけてこられたら、俺が変態一族の仲間だと思われるから勘弁してくれ。じゃあな」


 俺はそのまま、新垣の家を出る。

 ……二階から何かが盛大に崩れ落ちる音がした。


 勝負はついた。完全勝利だ。というより、これはまだ仕込みの段階。


 こっから六日。俺はあいつの連絡を全て無視する。


 勝利条件はなんだったっけ? あいつの方から俺を呼び出したら、本気になってくれたと思っていいだっけ? まあその本気が恋愛感情じゃないにせよ、俺のことばっか考えて、俺をどう呼び出すか悩み出したら俺の勝ち。呼び出しに応じて、姫乃の前で俺のいいところ一つだけあいつに言わせて俺の勝ち。


 もうその算段までついてる。


 もちろん姫乃がそこからあいつのアフターケアをするってところまで織り込み済み。


 もともとこの勝負、はなから俺に負けはないんだよ、新垣。

 だってお前、姫乃と別れろとしか条件出してないし。別れたら別れたで、秒で付き合い直せばいい。


 その事実を突きつけたらお前はどんな顔をするかね?

 おそらく最後のゲームを挑んでくるんだろうな。


 さて、新垣がふっかけてきそうな最後のゲーム。それについての攻略を残りの六日間、姫乃のためにも、きっちりと練っておこう。


「……ま、そりゃ……俺なんかとなんかしねーわな。プライドが邪魔して、できるわけねーんだ。はなからお前に勝負熱なんかない……それが俺が守りたい日常と、お前が守りたい日常の想いの、差だ」


「ね、ママー、あの人なんかぶつぶついってるよー」


「……危ない人よ。見ちゃダメ」


「……」


 な、なめんじゃねえぞ、女王の側近。属性だか素性だかステータスだかなんだか、人のことをはなから格下に見やがって。

 

 暴力さえなければ、非暴力の世界なら、俺は誰にだって負けない自信がある!


 マジ卍ー、てかガンジー!


「あのすみません……通報だけは勘弁してくれますか」


 住宅街で、お子さん連れの母親の前で、ハメ撮りとか口走って、ほんとすみません。猛省します。


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