第4話 歩と姫乃の急接近1

 ここ数日、如月きさらぎ姫乃ひめの武者小路むしゃのこうじあゆむのことばかりを考えていた。


 姫乃は惚れっぽい。

 言い換えれば、チョロい。

 だが、心の奥底から異性のことを好きになったことはない。


 ブランド品と同じで、なんかあれよさげじゃね? くらいのノリで、男と付き合ってしまう。


 そのくせ、すぐ飽きて別の男に乗り換える。

 とにかく姫乃は惚れっぽく、飽きっぽいのだ。


 故に男運には恵まれないし、DVのような行為で束縛されたりもする。


 しかし、今回の『恋』と呼んでいいのか、わからない想いは、いままでとは違う。

 

 如月姫乃は初めて、男のことを知りたいと思っていた。

 今までと違う感情が芽生えていることを、自覚していた。


(いや、ありえねっしょ、あんなキモいの。でも……でも……あーしのこと、助けてくれたし……)


 姫乃は自室のベッドの上で枕に預けていた頭をもたげ、床でRPGゲームにいそしむ親友の新垣紗綾を見つめる。


「ねえ紗綾、あんた武者小路のことどう思う?」


「誰それ」


 ロングストレートの黒髪を一ミリも動かすことなく、紗綾はゲーム画面から目を離さないまま答える。


「誰ってキモ武者」


「あー。いつも姫乃に楯突いてるやつ。面白いやつだとは思う」


「は? おもしろい? どのへんが?」


「ゲームの主人公みたい。弱いけど威勢だけはいっちょまえ。育ててみたら面白そう」

 

 紗綾はゲーム機をにぎる手を休めることなく、淡々と答える。


「育ててみたいって、ちょ紗綾、あんたあんなキモいのがタイプなわけ?」


「別に。レベルを上げて装備を変えれば面白いやつになりそうってだけ。あ、やば、毒矢くらった。回復回復」


「……あんたが気にするほどの男じゃないって。あーし、あんたとあいつだけはぜってーうまあわないと思ってっから」


「それは、私が決めること。それと、私がキモ武者のこと好きって体で話を進めないで。話したこともない。もしかして姫乃、キモ武者と何かあった?」


「な、なんもねーから。なんもねーけど……なんつーか……」


 姫乃はばふっと枕に顔をうずめ、モゴモゴとつぶやく。


「あーし、つい最近あいつに助けられたっつうかさ、恭一のヤローがまだあーしに未練があって、あーしのことストーカーしてて、それをあいつが助けてくれて。でさ、昨日、あいつんちに見舞いに行ったんだけど……」


「ごめん。展開が早すぎて脳の処理が追いつかない」


 ゲームを中断し、紗綾が体ごと姫乃に向き直る。


「好きになったの?」


「ちっ、げーし、そんなんじゃ、ねーし。なんつーか、あいつに助けてもらって、なんかこう……胸がきゅーってなったっつーか」


 紗綾は枕から顔を上げる姫乃の目をまっすぐ見つめる。


「きゅーっは恋な気がする。私も実際にきゅーってなったことはないけど」


「いや、きゅーっつうか、きゅぅぅ、って感じで」


「胃痛かも。姫乃はプライドが高いから。いつもいびってるキモ武者に助けられて、プライドがズタズタにされて、きゅーってなった。違う?」


「い、いびってはないから。あいつがバカみたいに突っかかってくっからあーしもそうなっちゃうってゆーか……」


「あれがいびりじゃないならこの世にいびりはないと思う」


「いびってねーっつの」

 

 姫乃はがばちょと飛び起き、ベッドの上にどがっと座り込んで紗綾をにらむ。


「紗綾、あんたあーしに喧嘩売ってるわけ?」


「売ってないし、売る理由がない。姫乃、マジでキレてるじゃん。そんなに認めたくない事実なんだ」


「んぅぅ……あーし、やっぱあいつにめちゃ嫌われてんのかな……」


「さあ。これ以上嫌われたくないなら、接し方を変えてみれば? 男はギャップに弱いでしょ」


「ギャップねー、あーしには無理じゃね? あいつに好かれるためにキャラ変えるとか……なんつーか……キモい。反吐が出る」


「姫乃。それもう恋。多分」


「だーかーら、助けてもらってきゅーってなっただけで、別に好きじゃねーし! あーしがあんなキモいのに惚れるとかありえねーから!」


「なるほど。罪悪感なのかも。いつもいびってたキモ武者がいい人だったから。姫乃は素直にお礼を言わなくちゃいけないんだけど、プライドが高いからお礼が言えなくて困ってる。それでキモ武者のことばかり考えて、胸がきゅーってなってるんだと思う」


「……うげ、そういえば、あーし、あいつにありがとうのヒトコトもいってねーわ……」


 姫乃は頭を抱える。


「ただいま~。あれ~姫乃~? ね~紗綾、姫乃どうしちゃったの~? なんか、頭抱えてうんうんうなってるけど」


 そこへコンビニから戻ってきた如月一派のひとり、万木ゆるぎはるかが割って入ってきた。


 経験人数四〇人以上の正真正銘のビッチである遥は、外面も内面もゆるっゆるの天然系巨乳ギャルで、ミルクティーブラウンのロングヘアにメロンのようなバストを持つ。


「キモ武者に助けられて罪悪感にさいなまれてるっぽい」


「え~、キモ武者って、武者小路君のこと~? 聞きたい聞きたい」


「あれ、遥って武者小路興味あったの?」


 紗綾が意外そうに首をひねる。

 遥は気分屋で、その日その日のフィーリングで男漁りをしているビッチなので、その質問はある種、火を生むような類いのものであった――


「え~あるよ、超あるよ~。姫乃とバチバチやってる子でしょ~。ああいう、ちょっとひねくれた感じの男の子が、セックスしてるときは超素直になるとか想像すると、いいよね~。なんかこう、歪ませるみたいな? みたいなのがたまんな~い」


 ――おもに、姫乃の怒りの火に油を注ぐ類のものであった。


「……紗綾も遥も、あいつに手ぇ出したらマジ許さねえから。あ、あーしの獲物って意味ね」


「あ、あれ~? もしかして、わたし地雷踏んじゃった的な感じかんじ? えへ」


「今日はずっとこんな感じ。姫乃は生理。そう思った方がいい」


「あーうっさいうっさい、あんたらもう帰れっての。あーしいま、むちゃくちゃ機嫌わりーから」


 紗綾と遥は顔を見合わせる。

 二人は同時に肩をすくめた。


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