第5話 歩と姫乃の急接近2

「ちょー武者小路。あんたいまヒマ? あーしにちょっと付き合いなさいよ。拒否権はねーから」


 三日ぶりに学校に登校したらこれだ。

 ここ数日、さんざん俺の時間を食いつぶしてくれた顔パンクイーンが、ヒマだの、付き合えだの、挙句の果てには拒否権はないなどとバカげたことをぬかしてきた。


 暇かどうか聞いたなら、暇じゃないと答える余地を残せばいいのに、この女はどうしても俺を困らせたいらしい。


 あれ、てか今、苗字で呼ばれた?


 俺はしぶしぶ席を立つと、「付き合いなさいよ」と言ったくせに俺を置いてずんずんと歩いていく如月の後を、三歩下がって追いかけた。


 こいつは一体全体、俺になんの恨みがあるんだ?


「……ついに呼び出しか」

「南無三。武者小路」

「な、どんな顔して戻ってくると思う?」

「ハチの巣になってるに一票」

 

 如月が教室を出て行った瞬間、クラスメイトの男子たちが俺の背中に次々と怖いセリフを投げかけてくる。


 廊下が長い。


 他のクラスの連中にも「わ……」とか「先生呼んできた方がいいんじゃない?」とか「やめときなって。関わったらうちらまで」とか、さんざんな言われようだ。


 だから、俺がいったいなにをやったってんだ。

 渡り廊下を渡って別棟の三階に上がると、如月は迷わずその一室の扉を開けた。


 空き教室。いや拷問部屋。


 鉄の処女がどこかに隠されていそうな部屋だ。


 如月はつかつかと殺風景な教室に踏み入ると、雑に並べられた机のひとつにドカッと座った。


「んで、あんたはどーしたいわけ?」


 ん、は? 


 おいおい俺の聞き違いか。

 お前が俺を呼び出したんだろうが。


 まさかこいつ変なクスリでもやってんじゃないだろうな。


「オーケー。オーケー。何が目的か知らんが、如月姫乃よ。やるならさっさとやれ。俺はもう腹は括った」


 如月親衛隊みたいなのが出てきて、リンチでもされてしまうんだろうか。

 ちょっと怖い。こんな誰も来ないとこで、ヤンキー漫画みたいにボコられるのはいやだ。

 

 如月は拳を顎先に当てたまま、なにやら考え込んでいる。


「やるならさっさとやれ? はん、それがあんたの望みってわけ? 男ってマジワンパターン。ヤりたいのはあんたでしょ。んなら、ずべこべいわずあんたの方からヤればいいでしょうが。なんか一気に冷めたわ」


「お、お前……今日はほんとどうした。話が通じないやつだとは思ってたが、まさかここまでとは思ってなかったぞ。俺をやるのがお前の望みなんだろ?」


「はア? なんであーしがあんたとヤりたいって思うワケ? あーしのこと助けたぐらいで勘違いしてんじゃねーよ! 自意識過剰キモ武者!」


 わ、わからん。

 会話が通じているようで通じてない。


 俺をボコしたいわけじゃないのか? まあ、それもそうか。キレられる理由が思いつかない。だからこんなに困惑してるわけで。


「つーか、その気ならさっさと脱げっての。あーし、時間ないの。早くして」


 如月がスカートの中に手を突っ込み、ゴソゴソとなにかをまさぐり始めた。

 机の上に座った状態で、足をピンと伸ばし、するりとそれを引き抜く。


「ちょ、おま、なにやって……」


 俺は顔をそらしながら、慌てて後ずさる。


 と、同時に、ポイっと如月が床にそれを投げ捨てた。

 それは、いわゆるショーツとかおパンツというやつで、レースのついたエロいやつだ。


 でもなぜ? どうして下着を脱いだ?


 なあぜえ。


「びょ、病院。いや警察か」


「は、ちょ、あんたどこに電話かけようとしてるわけ?」


「き、如月。落ち着いて聞け。病名はわからんが、お前は多分病気だ。じゃなけりゃ変なクスリをやってるかのどっちかだ。お、俺はお前を救いたい」


「ア? 意味わかんねーこといってねーで、だすもんだしな。あんたがださなきゃ始まんないでしょうが」


 お、お金? それとも命? なにを?


「か、金か。なら、財布は教室だ。と、とってくるから待ってろ」


「は、はあ……? なんであーしがあんたから金とんなきゃいけないわけ……?」


「いやだってこれ。買えってことだろ。高値で」


 俺は床に脱ぎ捨てられたショーツを指さす。


「んなわけあるかっての……ちょ、なんなんあんた、あーしとシたいんかシたくないんか、どっちなわけ?」


「し、たい? お前、俺に死体を処理させる気か!」


「ち、がう! だ、から……あーしと、その……セックス、する気あんのかって聞いてんの! なんでここまでいわなきゃいわけないわけ、あんたドーテー?」


「童貞なのは否定しないがお前が何を言ってるのかさっぱりわからん!」


「は、はァ? あんたからヤれっていってきたんでしょうが」


 だからなんで、それがセックスやるって話になんだよ。

 やる=セックスってお前どんだけビッチ脳なんだよ。

 なんで俺がお前と一線越えなきゃいけないんだよ。

 ちょっと越えてみたい感はあるけど興味ねーよ。


「え? あーいや俺はてっきりリンチでもされるものかと思って……」


 俺は如月にことのあらましを説明した。

 説明し終わった後、教室は沈黙に包まれる。


 如月は顔を真っ赤に染め上げ、唇をわなわなと震わせている。なんかやばい。


「……じゃあなに? あーしが勘違いして、ひとりで下着脱ぎだしたってこと……? あーしがあんたとヤりたくてひとりで暴走したって、あんたはそういいたいわけ……?」


「いやいや、こんなものは単なるボタンのかけ違えというか、すまん、お前の言い方が悪かった」


「そこはあんたがじぶんで悪いっつうところでしょうが!」


 ……こ、こえー。

 なんつう顔しやがる。


 表情筋ってそんなミミズみたいに動くもんなのか……


「いや、だから……まあそれはいい。一旦置いておこう。で、お前が俺を呼び出した理由ってのはなんなんだ」


「は? あんたんち行ったとき、あーしいったっしょ? お礼がシたいって。だから考えとけって」


「あー」


 やっべ、すっかり忘れてた。

 なんかそんなこと言ってたような。これあれだ、なんも考えてなかったとか正直に言ったら、もっとキレられるパターンのやつだ。


「あ、ああ。それね。うん、いろいろ思い出したわ」


「は? あんた忘れてたわけ?」


「ち、ちげっての。そうじゃなくてだな、色々と考えてたんだ。いやほんとに」


「い、色々ってあーしのこと?」


「まあそうだが」


「ふーん」


 如月が不機嫌そうに、ぷいっとそっぽを向く。

 俺は内心ほっとした。よかった。なんかよくわからんけど、どうやらうまくごまかせたっぽいぞ。


「んで、あんたはあーしになにして欲しいワケ?」


「あー……それはだな、色々考えてみたんだが、ぐ、グラビアの写真集返してくれ。あれ、お気になんだわ」


「ぐらびあ? グラビア? ……んんんぅぅぅ……ぎぎ」


 こめかみをぐりぐりと指で押しながら、如月が唸る。

 いや俺めちゃくちゃ軽い要求しかしてないと思うけど。なんならお前に没収されたグラビア写真集は元はと言えば俺の物なんだけど。な、なのに、なんでこいつ……こんな不機嫌になってんの?


「あんた、あーしのこと考えてたっていわなかった?」


「いやだから、お前にどんなお礼してもらおうかって……」


「ちがくて、あーしのこと考えてたって」


 大事なことなので二回言いましたってやつか。

 そうかそうか、そりゃそうだよな。


 あんなことがあったんだ。

 男の俺がちょっと心配してやらないでどうするって話だよな。


 いや、なんでこいつの心配しなきゃいけねーの、って思うけど、ここはそういう流れだろう。


 俺は、小さく咳払いしてから口を開いた。


「……まあ、そりゃ。うち来たときもちょっとまだ顔腫れてただろ。だから……その、腫れは引いたんかな、とか。それぐらいのことは、その……考えました」


 俺はぼそぼそと口にする。


 如月は、というと……下唇を嚙みながらなんか天井を仰いでいた。


「んぅぅぅぅぅぅ?? んぅぅぅぅぅ?? また、きゅーって……した! あんた、あーしになにがしたいワケ?」


「俺が聞きてえわ! なんだそのきゅーって!」


「るっさい、このキモドーテー! あんたなんか、あんたのことなんか――ひゃ」


 机の上に座った状態でめいっぱい動くもんだから、ガタガタグラグラと机が揺れて、如月がバランスを崩してしまう。


 おいおい。

 おいおい。


 あ、ダメだこりゃ。


 まにあわん。


 机ごと後ろにずっこけた如月はそれはそれは見事な大股開きで、床にひっくり返った。ぶは。はいザーコ。その拍子に、スカートがべろんとめくれ上がって……


 ま、マテ、こ、こいつ、さっきショーツを――


 ダメだ、本当の意味でまにあわん……


 く、クールベの、世界の起源がア……!


「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「のわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 二人分の悲鳴が教室に響く。


「な、なんであんたが叫んでるワケ!? み、見られたのはあーしなんだけどオッ!」


 すかさずベガッとスカートの裾を手で押さえながら、如月が顔を真っ赤にして猛抗議してくる。 

 俺はというと……頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまった。


「……が、画像と違いすぎる。クソクソクソ……なんだなんだなんだ、その立体感は、いつも見てる平面が立体になって、立体が蠢いて……ああああ……うわあああ!」


 俺は、頭を抱えて床にうずくまる。


「か、解説すんな! あ、あんた……さ、さいっしょから、これが狙いだったワケ? あ、あーしの……あーしのあそ……」


「やめろお解説すんな! 俺はなにも見てねえ。お前のあれが黒じゃなくて、……まっピ●クだったなんて知らねえ!」


「ぎィィィィィアアアアアアア! いうな! いうなあ!」


「うるせえ! なんでビッチのくせに見られたぐらいで動揺してたんだ……! 見たくねえもん見せられた俺の気持ちを考えろ……!」


 俺は立ち上がり、抗議する。

 如月もカンカンというか、赤鬼の如く顔を真っ赤っかにして立ち上がった。


「――だァれが見たくねーって……このクソドーテー!」


 如月が俺の股間を蹴り上げる。


「ごぉ……!! ぉぉぉ……ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

 俺はそのまま床に倒れこんだ。


 こ、こいつ……このシチュエーションで蹴るとかマジ鬼畜か。


 股間に走る激痛。

 でも悲鳴はあげない。あげてなるものか。


 俺はうめき声ひとつあげず、うずくまり続ける。


 あ、泡をふいちゃいそうだぜ……


 如月も気まずいのか、それ以上蹴りを入れることはせず、「ご、ごめんってば」と口にしながら、じっと俺を見下ろし続けた。




 ……はは、はははははははは。


 いいこと思いついた。

 まだお礼とやらをしてもらってない。


 俺が目覚めたとき……そのときは…………


 今一度、お前にお礼してもらってもいいんだよな……? な? 女王様よ。

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