003 いいなり彼女はわからせたい①

 ――過去と現在を行ったり来たりして、あっちこっち忙しくてすまんが許してくれ。

 姫乃といちゃコラしてる最中に女王様の右腕がクイーンハウスに凸してきたので、しばらく現実逃避をしていたのたが、なんというかそれももう限界。


「帰らねえの?」


「お邪魔しちゃってごめん。ちょっと姫乃に話があってさ」


「後日じゃダメなのか?」


「そんなに居心地が悪いならキモ武者が帰ればいい」


「あーそう。そういうスタンス。お前なんか凄いのな。ふつー居座らねえよ、この状況で」


「どうでもいい。キモ武者がどう思ってるかなんて興味ない」


 新垣紗綾は俺の隣でそう呟くと、このベッドからどいてと言わんばかりにくつろぎ始めた。


 生気を失った人形のような相貌。黒髪のロング。制服だがブレザーは着用しておらず、ブラウスの上からグレーのカーディガンを羽織っている。


 乳もデカイ。

 姫乃に比べればやや劣るが、それでもEカップはありそう。


 ……とまあ、そんな見た目の新垣なのだが、こんなリアクションの薄そうなやつが女王の右腕してるってことは、つまりはそういうことなのだろう。


 変人だということはわかる。

 普通は帰る。


 ちなみに女王様は今、シャワーを浴びている最中だ。

 うぎゃあ、とか、もう死ぬぅ、とかさんざん叫び倒していたので、一旦頭を冷やす意味も込めてシャワーを浴びている。


 まあそりゃ、親友にカレシとフュージョンしてる場面を見られたら、そうなるわな。


 そんなわけで、全然話したこともないクラスメイトと、恋人がシャワーを浴びてる音を聞きながら待っている……なんだこのシチュエーション。


「あの、俺のことは……その、姫乃にもメンツが……あるから、その。できれば黙っててもらえると助かる」


「キモ武者と姫乃が付き合ってること? 別に、誰にも言わないけど」


「ああ、そうか。助かる。あと俺はキモ武者じゃない。武者小路だ」


「てか、多分。多かれ少なかれ気付いている人はいると思う」


「え、マジで?」


「うん。だって姫乃。好き好きってオーラすごいから。気付く人はやっぱり気付く」


「そうか? あいつ学校では俺にゴリゴリ女王様ムーブかましてきてると思うんだけど」


 そう。学校での姫乃は女王様モードで、プライベートでのドMの片鱗なんて一切見せてこない。


 常に気高く、誰にでも威風堂々としている。


「昔に比べたらだいぶ棘が取れた。一年の最初の頃は姫乃が武者小路のこといびってたし。でも次第にいびりではなく嫉妬とか、そういう感情なんだな、って薄々察しが付くようになった。だからみんなもなんとなく察してると思う」


「そ、そうか……」


 端から見たらそう映るのか。


「でもまさかプライベートでは立場が逆転してるとは思わなかった。あんな姫乃は見たことがない」


「あんな姫乃は見たことないってことは、お前まさか前にも行為中に乱入したことがあるのか?」


「うん。私は別に、そういうの気にしないし。姫乃も昔は気にしてなかった。姫乃は変わった。昔は姫乃と私と遥で男を三人呼んで6Pとかしてた」


「ぶーっ! げほっ、ごほっ……。な、なんだ、その6Pって……ゲームの話か?」


 思わずむせてしまった。

 ギャルこえー……っていうか、なんで俺は恋人の親友に間接的にNTRみたいな話をされてるんだよ。


 俺、今カレなのに。

 過去の男どもに殺意が湧くわ。


「ゲームみたいなノリではあったかも」


「コントローラ六つ用意するってわけじゃなさそうだな」


「そりゃそう。そのまんまの意味。ローテで軽くイチャイチャして、誰がよかったか指名しあう。フィーリングしたら部屋を移動して合体」


 エロすぎる遊びだ。エロすぎる遊びだ。


 てかそれいつの話だよ。

 まさかJC?


 今どきのギャルってそんなに性欲つよつよなの?


 やべえ、ついていけねえ……とは別に思わないわけで、まあ、そんなもんなんだろうな、というくらいにはリア充の文化に理解はある。


 あるというより、そういった手合いはそういうことしてるんだろうな、ってぐらいは、陰キャは陰キャなりに想像することができるという意味だ。


「で、なに。お前の知ってるあいつはやっぱ女王様なわけ?」


「女王様。口癖は『おめーの雑なセックスぜんぜん気持ちよくねーんだよ。殺すぞ』とか『あ? なんであーしが四つん這いになんなきゃいけねーわけ』とか」


「お、おう……なんかイメージ通りだな」


「でも今は違う。武者小路の話をする姫乃は、なんかこう、恋する乙女って感じ。セックスの時もそういう感じなんだって、ちょっと驚いた。あんな風に恥ずかしがることだって昔はなかった」


「……お前、俺にそういう話をしたってこと姫乃に言うなよ。あいつそういうのはけっこう隠したがるっていうか、俺も無理には聞き出さないようにしてるんだから」


「なんで? 堂々としてればいい。隠し事なんてする方がよっぽどダサいと思う。武者小路が気にすることじゃない」


「そういうわけにはいかんだろ」


「武者小路は姫乃のことを知ろうとしてないだけ。そういう自分の理想を女に押し付ける男って、私あんまり好きじゃない。女子には誰にだってそういう一面がある。見ようとせず、あの子はきっとこうだからとか勝手に思って、理解しようとしない男は嫌い。そんな男と一緒になっても女は幸せにならない」


「新垣。お前、やっぱ変だわ。なんか、ちょっとズレてる」


「そう? ズレてる、のかな。初めて言われたかも。私のせいで姫乃のイメージが下がってるならごめん。でも、それこそ男の理想の押し付け。武者小路と姫乃が別れるならそれまでの関係だった、ただそれだけ。二人にとっては自然なことだと思う」


「いやだから、ズレてんだってば。色々と。もう前提から何から何まで」


 新垣は無表情のまま、こてんと首を傾げる。

 その動作がまたなんかズレてるっていうか、天然っぽい感じがして、こいつも姫乃と同じでやっぱりちょっと変だなと思った。


 ずっとリア充の空気の中にいるから、逆にちょっとズレてしまっているのかもしれない。


 そういういかがわしい遊びも当然で、そういう刺激を求める日常が当たり前。


 理解できないのは俺が格下だから、下々だから、陰キャだから、とでも言いたげに、さもそれが当然という素振りでぐいぐいと押してくる。


 押し付けという意味ではこいつも同じ。


 ギャルの中のギャルが考えてることなんか、根が陰キャの俺には理解できっこない。


 だが、理解できないからこそ、理解したいとも思う。

 こいつじゃない。別に新垣のことはどうだっていい。


 俺はなんだかんだああだこうだ理由をつけながら女王様に、姫乃に惚れてしまっている。


 だから姫乃のことならなんだって知りたい。

 でも知らなくていいこともあるということを知っている。


 こいつはそれを知らないのだ。


 親友のくせに。ぶはっ。なんかちょっと優越感。


「俺はな新垣。あいつが6Pしてようが、元カレと変態チックなプレイしてようが何とも思わねえし、むしろご褒美。想像力豊かだから、むしろ色々捗る。だから昔のあいつがみだらだったとか、そういうのは割とどうでもいい。でもな、あいつが俺に知られたくないって思ってるってことは、俺に寄り添ってくれてるってことだ。その気持ちは蔑ろにできねえよ。親友なら察してやれ。つか、ちょっとはあいつの気持ちになって考えてやれ」


 少し強めにそう返すと、新垣は少しだけ俯いた。

 表情は変わらない。相変わらず人形みたいに無表情なままだけど、なんか雰囲気がしょんぼりした感じになったのがわかる。


「いいな。姫乃は。武者小路みたいな理解者がいて」


「ほん?」


「私はそういうこと隠すの苦手だから基本的に聞かれたら全部答えちゃう。それで、さっきカレシと喧嘩してきた。で、うざいから別れてきた」


「……あー、あー、それはそれは……なんていうか、ご愁傷様」


「別に悲しくない。恋愛なんてその程度のもの。向こうも多分そう。姫乃が最近付き合い悪いから私も暇をつぶすためにカレシを作っただけ。たまに性欲を発散したいときはあるけど、基本的にゲームをしてる方がよっぽど有意義」


 なにこいつ重度のゲームオタクなの?

 怪物ハンターの新作が出るから一緒にやらない? って誘い受けしてくる系の女子なの?


 そのくせカレシはどうせ見た目パリピみたいなやつなんだろ。


 オタク君ならお前が過去打ち明けたところで、いちいち重く受け止めたりしねえよ。つか、むしろ寄り添ってくれるはず。美人でゲーム好きの恋人とか絶対に大切にする自信がある。


 なのにこいつらリア充は、需要と需要で付き合っちゃってるから、供給されたい非モテはいつだって不遇……。


 中学時代の俺を思い出してちょっと切なくなる。


「それはそれは……なんていうか、お前の親友の時間を奪ってしまってすまんな」


「武者小路のくせに生意気」


「おい、いちいち下に見てくんな。お前が上で俺が下なんて事実はこの世のどこにもない。そもそも暇な時間をつぶすとか、そういう理由で恋人を作るのはなんか違うだろ。お前やっぱりズレてるわ。俺からすればイタイ。アイタタタタな性格してる」


「うざ。いらつく、そういうの。私さ、いまけっこうむしゃくしゃしてるから。ストレス発散したいんだよね。させてあげるって言ったら、武者小路はどうする?」


 姫乃もそうだが、こいつも相当話を脱線させるタイプだな。


「いやしないが。しかもなんで上から目線。ここお前の親友の家。で、俺、お前の親友のカレシ。で、その提案、浮気。とんでもねえなお前。もういいから帰れよ」


「浮気じゃない。これは武者小路と私のヒミツの遊び。だから姫乃は知らない。そういう体なら問題ないんじゃない? 姫乃、シャワーも長いからまだ出てこないし、ちょっとぐらいならバレないと思う」


「いやいやいやいや、だからそういう問題じゃないだろ。俺はあいつに誠実でいたいの。わかる? この俺の高潔な想い」


「――ちょっと紗綾、あんたなにやってるワケ? 誰の男に色目使ってんだっつの。ア?」


 長シャワー説は秒で霧散。


 わかわかんない理由で発情し始めた新垣に俺がプチ抵抗しているところで、シャワーを浴び終わったっぽい姫乃がリビングに戻ってきた。

 

 バスタオルを一枚巻いただけのあられもない姿。あられもない、っていうか見慣れた姿ではあるんだけど、やっぱり何度見てもエロい。


 拭き残しの水滴が濡れたちぢれた金髪を伝ってしたたる様、水が跳ねてわずかに透けた肌の色。


 そして……なんといってもやはりタオルでは隠し切れないあの凶悪なおっぱいは犯罪的だ。


 その暴力的なエロさに思わず見惚れてしまう俺だが、姫乃は新垣をギロッと睨みつけると、ずかずか歩み寄っていく。


 すかさず俺はベッドの隅っこに退避。


「こんなのただのゲームじゃん。暇つぶし。姫乃、なにマジになってんの? ウケる」


「あーしさ、そういうノリはもう卒業したわけ。いまは歩一筋だから、許可なくちょっかい出すのやめてくんない?」


 おいおい、俺を無視してバチバチやり合うなよ。いや、巻き込まれるのもごめんだけど。


 てかこれ、どう収拾つければいいんだよ。

 俺は必死に頭を回転させてこの状況の最善策を探すが……ダメだ! なんも思いつかん。


 タイミングを見計らって口を挟もう。そうしよう。


「私と姫乃は竿姉妹じゃん。一人でなに勝手に本気で恋愛してるの? 私だってそんなこと姫乃に許可してない」


 さ、竿姉妹。

 あれか穴兄弟的な。


 おいなんか響きが卑猥だぞ。


「なんで紗綾に許可とらなきゃいけないワケ? これは歩とあーしのふたりの問題じゃん。部外者は黙っててくんない?」


「友達より男選ぶのはダサいって言ってたのは姫乃でしょ。男なんてそんなもの。マジになってる姫乃の方がダサい。私は自分本位な姫乃の方が好き」


「だ、か、ら、あーしはいまも自分本位で生きてんだっつの。あんたのダサいダサくないは聞いてねーし、あーしがマジになってっからマジになってる。それだけの話じゃん。マジになっちゃ悪いワケ?」


「姫乃らしくない。武者小路が裏切らないんなんて保証はどこにもない。人はいつ変わるかわからない。やっぱり男を信じるなんてダサいよ。姫乃」


 ぎりり、と歯ぎしりをする姫乃。

 新垣は無表情で淡々と、でもどこか寂しそうにそう呟く。


 ……この空気、なんかヤダな。

 あれだ、新垣は多分寂しいのだ。


 カレシと別れたって理由まで引っ提げて、姫乃に会いに来たんだ。姫乃が最近俺とばかりハッスルしてるから。


 なにそれ会いたい理由が俺よりもなんか恋人っぽい。


 しかし、それにしたってこれじゃあ仲裁するにもしづらい。


 だって俺、姫乃と新垣がどういう関係なのか全然知らないし。

 なんかよくわからんけど、俺のせいで仲違いしてるっぽいし。


 まあでも、だからこそ、ここはあえて俺の出番なのかもしれない。


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