004 いいなり彼女はわからせたい②
「とりあえず落ち着こうぜ、お二人さん。姫乃もちょっと冷静になれ。新垣はカレシと別れたらしくてな、それでちょっと今苛立ってるらしい。話ぐらいい聞いてやれよ。お前ら親友なんだろ?」
俺がそう仲裁に入ると、二人は一瞬睨み合ったあと、ふいっと顔を背けた……。
「ま、歩がそうゆうなら……」
「ほんとにいいなりなんだ。姫乃らしくない」
「ア? あーしがいいなりってなに?」
「だってそうじゃん。武者小路に弱みでも握られてるの? それってダサい」
握ってないぞ。握ってない。むしろ俺の弱みだとかコイツと添い遂げられないならもう一生恋人できないんだろうなーとか、そういうもん全部まとめて、とっくの昔に主導権を握られてる。
これが非モテの現実。だから真剣にもなるさ。惚れた相手のことばっか考えるようになる。姫乃には、親友だって大切にして欲しい。とかな。
「はい喧嘩は終わり。新垣もかみつくな。うざいうざい。お前はここに何をしに来たわけ? 姫乃に話を聞いてもらいたかったんだろ。ちゃんと聞いてもらえよ」
「ゲームをしに来ただけ」
「帰ってやれよ」
「帰らない」
「……ああそう。ふーん。ああそう。好きにしてくれ」
「ちょっと歩、あーしのときとなんか態度違うくね? あーし、あんたにひゃっぺん以上帰れっていわれた記憶があるんですけど」
「なにお前、覚えてるの? 聞こえてたの? なのにスルーして居座ってたの? どんだけメンタル女王様なんだよ。てかお前ももう帰れよ」
「あん? ここあーしんちなんですけど?」
「あーそう。じゃあ俺が自分の家に帰るわ。後のことは親友同士で話し合え。じゃあな」
よし戦線離脱。
水入らずの時間も必要だろ。
そそくさとソファーから立ち上がり、玄関に向かおうとするが……。
「姫乃。武者小路のこと貸してよ。姫乃にふさわしい男なのか、私が見極めたい」
は?
「は? なんで紗綾に歩を貸さなきゃいけないわけ?」
「私の方がずっと姫乃のこと知ってるから。だから武者小路が本当に姫乃にふさわしい男なのかどうか、私が判断する」
「あーしのことわかってんなら、あーしがじぶんのモノに手ぇ出されんのが嫌いなこともわかってんでしょ?」
おいさっきから俺を物みたいに言うな。
てか、どうしよ、帰るに帰りづらいので、とりあえずソファーに座り直す。
「逃げるんだ。別にいいけど。姫乃はカレシができたらいつも自慢してきてた。スペックがどうとか、センスがどうとか。でも武者小路のことはみんなに隠してる。それは武者小路のスペックが低いってことを暗に示してるようなものでしょ」
やめろ。ありのままの事実を突きつけるな。
「あんた喧嘩売ってるワケ?」
「最初から売ってる。姫乃が買わないだけ。本当は武者小路のいいところ知らないんじゃない? 今まで付き合ってきた男と違う。ただそれだけの理由で本当の恋だと勘違いしてる、とか」
やめろ。姫乃を現実に引き戻すな。スペックとかそういうもんで他の男と比較されると、もうそこで勝負は終わり。
恋が終わってしまうだろ。
「はーん、あっそ。あんたがいいたいのはそれだけ? どーでもいいし、理由とか。あーしは歩がいい。いいところとかちょっとしかないけど、そんな歩があーしは好きなの。文句ある?」
おい、ちょっとしかないはただのディスだぞ。
てか、あるのかよ。ちょっとキュンときちゃうだろ。
「文句はない。けど私は親友に隠し事されるのは嫌。口で説明できないのがその証拠でしょ」
「……口でって、あー……なんかそうゆうのはムズイ。歩に関しては特に……てか、あーしが口下手なの知ってんでしょ。あーもういい……そんなに知りたいんなら、貸したほうが手っ取り早いわ。好きにしたらいいんじゃね?」
おい、勝手に決めるな。俺はモノじゃないぞ。
「だってさ、武者小路」
「だってさ、じゃない。人の貸し借りとかお金よりタチ悪いぞ。てかレンタルされて俺は何をどうすればいいわけ? お前らの謎な取引に俺を巻き込むな」
「レンタル彼氏。期間を設けて私のカレシ役をやってってこと」
「なんで? どうして? おい姫乃、お前はそれでいいのか」
「よくない、けど……歩のことなめられたまんまなのも腹立つし。なめられっぱなしはあーしのプライドが許さねーから……あんたは紗綾に下に見られっぱなしでいいワケ? それってあーしのカレシとしてどうなのって話じゃん」
「……俺が好きなのはお前だけなんだが。その気持ちはどうでもいいのか?」
「ぅぅんぅぅ……いいわけない」
おい、そこで照れてうつむくな。可愛いだろが。
いやそうじゃなくて、俺の気持ちがわかってんなら、なおのとこ新垣の挑発にのるのは間違いだろ。
「お前が自分のプライド守りたいってなら、俺はいくらでも協力する。協力はするが、やっぱりムカつく。惚れた女に浮気しろって言われてるみたいで。それを肯定されるのも許されるのも、俺はやっぱりムカつく」
「あ、あーしは……別にあーしのことを一番に想ってくれるなら、歩が浮気してもいいと思ってるし、あーしのカレシなら……それぐらいの器量持ってて欲しい、とも思ってる。でもそれはあーしがそう望んでるってだけで……歩はやっぱそういうの嫌?」
「当たり前だろ」
「……ぅぅぅん」
「けど、言いたいことはわかった。要は新垣にわからせたいわけだ。自分のカレシは最高だってことを。だが一つ懸念というか……まあ、その、情けない話なんだが……俺、スペックうんぬんで見てくる女にわからせられるほどスペック高くない」
いや、本当に情けない話なんだが。
でもこれは事実だ。
「大丈夫。私、スペックで男を見ないから。どっちかって言うと素性とステータス。武者小路は素性はクリア。スタータスはからっきし」
新垣がなんかゲーム脳っぽいこと言ってる。
こいつギャルのくせにゲーマーなの? もうすでに知ってるけどここまでゲームに脳みそやられてんの?
「……おい、なんだよその自分ルール。てかお前、姫乃を焚きつけて何がしたいんだよ。この一連の流れの目的が見えてこないんだが。あれか、寂しくて、かまってちゃんか? ダサいのはお前の方だな、新垣。親友と一緒にいたい理由を曲解して、俺にどうたらこうたら難癖つけて、ちょっとでも姫乃の気を引こうとしてるんだろ。ガキかお前は」
もう最初っからわかっていたけど、俺もちょっと言わずにはいられない。
多分、新垣からしてみれば一番触れられたくないところだと思う。
「え、そうなん? 紗綾、もしかしてあんた、あーしが最近ぜんぜん構ってあげないから拗ねてたん?」
お前はもうちょっとオブラートに包んでやれよ。
ほら、ちょっと新垣が涙目になってるだろ……。
「……別に、そういうわけじゃない。ただ、私は親友として姫乃が心配なだけ。武者小路のいいところも言えない。でも武者小路にいいようにされてる。そんな姫乃は見たくない。だから私が武者小路を査定してあげようって、そう思っただけ。親友として」
「ほら歩、紗綾はこういってんじゃん。やっぱ喧嘩売られてるんだってば」
「お前マジか? どんだけ人の機微に鈍感なんだよ。なんで俺のこと好きになったんだよ。いや、まあそれはいいんだ……おい新垣。ただお前の手のひらの上で踊らされるのも癪だ。そもそもこのよくわからん勝負は俺が圧倒的に分が悪い。なぜなら俺もお前もお互いのことなんてなんも知らん。そんな状態でいいところだのなんだの、わかるはずがない。だから条件を加える」
「ちょ、歩、そこまでマジにならなくていいんだって。あーし……紗綾があんたにガチ惚れするとか、そこまではさすがに認めらんない。てかそれ浮気だし、あーしが絶対許さねー」
「……は、はあ? お前がなめられたくないって言いだしたんだろ。ただ恋人ごっこするだけじゃ、新垣になめられて終わりなんだが。やるなら真剣にやる。お前のプライドを守るのが俺のプライドだ」
「きゅー……ぅ」
だからなんなんだよ、そのきゅーって。
付き合う前から思ってたけど、顔真っ赤にしてきゅぅって声出すのやめてくれません?
可愛いの暴力反対。非暴力。不服従。ガンジー。
「夫婦漫才はおしまい? 武者小路の提案にのってもいいけど、条件次第。ゲームはフェアでないと。そっちだけチートコードを使うのは卑怯」
「まだ夫婦じゃねえ。嫁にもらうがまだ嫁じゃない」
「きゅぅぅぅ…………いく。あーし、絶対……歩の嫁にいく」
だからそれ反則だからやめろ。
「なに、簡単な条件だ。俺は姫乃のカレシだ。だから姫乃が嫌がりそうなことはしたくない。お前のカレシ役を引き受けるのも全部姫乃のためだ。それを踏まえて、キスやらセックスやらそういう類いのイチャイチャ行為は全部無しだ。もちろん手を繋ぐのもハグもお預け」
「縛りプレイ? スキンシップを封じたら武者小路の方が分が悪くなると、私は思うけど?」
「それって多分あれだろ、お前の主観ってやつだよな。多分、お前、俺がただ姫乃と相性いいだけとか、ちょっと今までの男より理解力あるだけとか、そんなレベルに見てるだろ。まあいい、語るに落ちるってやつは嫌いでな。この条件でお前に俺がいい男だってことをわからせてやる」
「ちょ、歩……なにか秘策でもあるわけ? あーしもなんか、あんたがヤケクソになってるようにしか見えないんだけど」
「それは内緒だ。手の内は明かさない。どうする新垣? びびって逃げるなら今の内だぞ?」
「やる。そこまで言うからには私からも一つ条件」
「お、なんだ?」
「簡単。期間内にいいところが一つも見当たらなければ、姫乃と別れて。これは絶対条件。逃げるなら今の内。やっぱり武者小路も他の男と変わらないって私が勝手に思うだけだから。私との勝負から逃げて、姫乃と恋人ごっこを続けるのも一興。ただそれだけのお話。武者小路には選択肢がある」
わっかりやすい挑発だ。
「ちょ、ちょちょちょ、なんであーしが歩と別れなきゃなんないの? 意味わかんねーんだけど」
「姫乃はわかってないようだけど、武者小路はきっとわかってる。だからこの勝負をふっかけて来た。そうでしょ?」
「いやわからん。わからんが、その条件をのんでやる。えーっと、期間はどれぐらいだ? 一ヵ月とかマジ勘弁してくれ。そのあいだ姫乃と会えないなんて、それこそ無理ゲーだ」
「きゅうぅぅぅ」
……。もうツッコミ疲れたわ。
「じゃあ一週間にしよ。明日から一週間でどう?」
「おっけーだ。受けて立つ。姫乃、お前はそれでいいか?」
「あ、あーしは……うん。歩がいいなら……」
「決まり。じゃあ武者小路のスマホ貸して。私の連絡先登録するから」
「おう」
「一応、期間中はお互いにカレシとカノジョって関係だから、連絡をしたり呼び出したりするのは自由。あえて応じないって手もある。でもそれをしてしまうと、私の器量の狭さを証明するだけになるから、呼び出しにはできるだけ応じるようにする。武者小路もそれでいい?」
まあ、妥当な落としどころか。
俺は明日から一週間だけ、新垣のカレシになる。
だからその期間中は、カノジョ役の新垣も俺のことを尊重する。
そういう取り決めだな。
「お前の方から俺を呼び出してくれてもいいんだぜ」
「歩? ちょっとそれ浮気っぽいんですけどー」
「もし私が武者小路を呼び出すようなことがあれば、それは私が武者小路に本気だと判断したと思って。じゃあ……はい、スマホ返す」
新垣から俺のスマホを受け取る。
へえ。つまり呼び出しを食らったら俺の勝利は確定なわけだ。
ゲーマーのくせに勝利条件をべらべらとしゃべるとか、やっぱこいつアホだな。
俺はお前を尊重するとはまだ一言も言ってないってのに。
――そのプライド、粉々にへし折ってやるよ。
女王様のためにもな。
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