第6話 女王様を家に招待する1

「はぁ。お母さんは歩が心配だわ。ねぇ、千代ちゃん」


「だよね! お兄ちゃんって高校生になっても友達ひとりも作れてないし、いつもひとりだもんね」


「こら千代ちゃん。お兄ちゃんに向かってなんて口の利き方なの。いくら本当のことでも、言っていいことと悪いことがあるでしょう?」


「いや母ちゃんも千代も俺の心抉るのやめてくれません? そろそろ泣くよ? 泣いちゃうよ?」


 リビングで家族会議。

 議題は、俺について。

 いやまあ、俺がクラスで浮いてるのは事実だ。友達いないし。

 だがしかし、それを親と妹に言われるのは……なんかこう、くるものがある。


「まあ、心配すんな。友達はいなくても、孤独とかじゃないから。むしろ俺は孤高だから」


「はぁ。そういう見栄を張っちゃうところ、お母さん心配だわ」


「お兄ちゃん、さすがにそれはちょっとないと思うよ?」


 うっせえわい!

 女どもに男の苦労がわかってたまるか。男ってのはな、虚勢を張り続けなきゃ生きていけない悲しい生き物なんだよ。

 女と違って、きゃー、○○ちゃんかわいい、○○くんかっこいい、とか愛想を振りまいても、キショがられるだけだしな。


 社会はいつだって世知辛いのさ。ハバネロなんだぜ。

 まあ、そんな俺の悲哀はともかく。


「まぁ、あれだ。実は俺にも最近、友達……みたいな、まあそういうやつができたんだよ」


「お母さん心配だわ。歩が妄想を語り始めたわ。この子ったら、妄想と現実の区別もつけられないの?」


「お兄ちゃん、さすがにそれはちょっとないと思うよ?」


「おたくら息子と兄が明日この世からいなくなるとしても、そういうこと言っちゃう?」


 女どもの口撃はとどまるところをまるで知らない。

 俺の鋼のハートもさすがにボコボコだよ。


 だがしかし、そこで折れる俺ではない。


 カッと反抗しろ。あんたには立派な口がついてるじゃないか。


「心配性な母ちゃんと千代に朗報だ。今回はマジだ。中二病とかじゃない。ガチのやつ」


「友達がいることを『ガチ』って言い出したら、それはもう末期なんじゃないかしら。お母さん心配だわ」


「お兄ちゃん、さすがにそれはちょっとないと思うよ?」


「……ッ! もうやだこの家族! 助けて誰か!」


 これ以上は俺の精神に良くない。マジ泣きしそう。


「こほん……まあ、冗談はその辺にしといてくれると助かる。……ほんと、ガチだから」


「あら、お母さん嬉しいわ。見栄じゃなくて本当だったのね」


 そう言っとる。


「ついにお兄ちゃんにも春が来たんだねー。で、その友達って誰? どんな人?」


「まあ、あれだ。金髪のちぢれ……っていうか、ギャルっぽいやつ。結構美人だな。性格は割とキツめっていうか、まあ女王様タイプ」


「それは歩の妄想?」


「お兄ちゃん、この流れからさすがにそれはちょっとないと思うよ?」


 ……妄想じゃねえやい。

 いや、まあ真実でもないけど。


「歩は昔から空想癖がある子だったものねえ……お母さん心配だわ」


「お兄ちゃん、さすがにそれはちょっとないと思うよ?」


 ボットかおのれらは。


 ……まあ、確かに俺の説明も悪かったが、なにもそこまで否定せんでもよくね?


 なんかこう、俺って信用ねえなあ。


 いやまあ、確かにあの女王様は俺の友達でもなんでもない。


 如月姫乃。意味不明な理由で人様を呼び出しておいて、挙句の果てに俺の股間を蹴り上げるような、女版ジャイアンみたいなやつだ。あんなやつと友情の絆を深められる気はしないが、なぜか、あの女は俺にお礼をしたがってる。先日、あいつの元カレから救ってやったことが要因なのは間違いない。


 恩着せがましいのはあまり好きじゃない。

 そんなのはクールじゃない。


 が、まあ、使えるものは女王だろうがなんだろうが使うのが俺という人間である。


 あいつに友達のフリをしてもらって、家族の好感度を稼ぐ。

 その作戦は今のところ、かなりいい線いってると思うのだ。


 これだけ伏線を張ったのだ。母ちゃんと千代のびっくらこいた目を、しかと目に焼き付けておきたい。

 そしてあわよくば、俺の株を爆上げしてもらおうじゃないか。


 ……しかしまあ、ここまで信用がないとはな。


 女どもの俺に対する信頼度が底辺すぎる件について。



 *



 あくる日の昼休み。

 俺は如月姫乃を校舎裏に呼び出した。


 ついに決闘か、殺し合いか、なんてクラスの連中がひそひそと噂してやがったが、どうでもいい。


 俺はただ、俺の株を少しでも上げるために、如月姫乃に友達のフリをしてもらう。

 それだけの簡単なお仕事だ。


 ……まあ、如月は俺なんかと友達になっちまうことになんのメリットも感じねえだろうがな。


 そこは俺の話術でカバーだ。


 ……なんて考えてるうちに、如月がやって来た。


 今日も今日とて、その美貌とエロい乳は健在である。

 こいつを隣に侍らせていれば、俺もリア充の仲間入りってわけだ。


 いやまあ女王様を侍らせるって現実的に考えてめっちゃハードプレイだが。


「武者小路、あんたの方からあーしを呼び出すなんて、いい度胸してんじゃない」


 如月がふんぞり返って言う。

 毛先がちぢれた金髪ボブ。この学校の中で、もっとも華美な制服の着こなし。

 耳にはゴテゴテとしたピアスの数々。

 目力の半端ない、メイクで武装された双眸。


 ……まあ、こてこてのギャルだ。女王様だ。


「いや、そのな? ちょっとお前に話があってよ。ほら、お礼してくれるって言ってたやつ、なんか有耶無耶になってただろ?」


「……はぁ。グラビアの写真集を返せって、あれのこと?」


「もうあれはいいんだ。お前にやる」


「いらんちゅっうの!」


「お、おう、そうか……。……で、だな。その件とは別に、お前に頼みたいことがあるんだ」


「はー? どうせあーしと一発シたいとかそんなんでしょ?」


「お前ほんとにビッチ脳なのな。お前の意外にピ●クなアレなんかにゃ興味ねえよ……」


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!! ああ! あああ!! あんた、絶対殺す!!」


「まあ待て、落ち着け。……とりあえず話を聞け。どうして女ってやつは男の話を最後まで聞いてくれないんだ」


 俺はコホンと咳払いをひとつ。

 そして、本題に入ることにする。


 如月は如月でふんがふんがと怒っている様子だが、そこはキニシナイ。


「お前、今日の放課後時間あるか?」


 母ちゃんは今日も仕事が休みだ。で、明日は仕事。

 つまり紹介するなら今日しかない。


「はーん? まぁ、ないこともないけど。バイトも休みだし、暇っちゃあ暇だけど、なに?」


「そうか、ならよかった。じゃあ俺に付き合え。それでお前のお礼ってやつをチャラにしてやる」


「は、はァ? はぁ? つ、付き合えって、つまりそういうことなワケ? なに、じゃあ放課後あーしとデートしたいってこと? あんた、そんなキャラだっけ?」


 如月が目を白黒させて言う。

 俺はその問いには答えず、話を続けることにした。


「まあ、デートかどうかはわからないが、家族にお前のことを紹介したいって思ってな……いや、まあ、その、なんだ。俺、友達ひとりもいないから家族に超心配されてて、俺の見栄に付き合って欲しいんだ」


「かっかかか、かかか、家族? む、武者小路、あ、あんた……家族にあーしを紹介するって……そ、それってつまり……」


「ああ、まあそういうことだ」


「……ちょ、ちょっと待ち。展開早すぎ……あーしそういう男らしいのキライじゃないけど、心の準備ってものがあるっていうか、あーし、あんたとはもう少し段階踏んで仲良くなりた……」


「とにかく今日の放課後、空いてるか? 家族の度肝を抜かしてやりたいんだよ」


 俺がそう言うと、如月は顔を真っ赤にして黙り込んだ。

 悪いが如月。お前の事情なんて、どうだっていいんだ。

 今は俺の株を上げるためにお前の力が必要だ。

 お前の女王様パワーを俺に貸してくれ。


「な、なんかそれお願いが三つも四つも出てきてない? あんた、どんだけ図々しいワケ?」


「わ、悪い。お願いするのはこれっきりにするよ。今日だけでいいんだ。な、頼むよ」


「はア? あんた一日であーしのことポイってするってこと?!」


「なんだよ、ポイって。ただのフリだろ。フリをしてくれってそう言ってるんだ」


「フリであーしの将来を縛る気なワケ?!」


 な、なんの話だよ。

 なんでお前に友達のフリをしてもらうって話が、お前の将来を縛ることになるんだよ。


「……お前、なんか勘違いしてない? けっこうでかい勘違いをしてると思うんだけど」


「してないっつうの!」


「え、ああ。そうか」


 まあこれだけ断言するなら、多分俺の勘違いだったんだろう。


 ……いや、ほんとか?

 なんかこいつの言動、さっきから微妙におかしいぞ?

 いやまあでも、今はそんな些末な問題、どうだっていいんだ。

 とりあえず俺の株を上げるためにお前を利用させてもらうぜ。


「なら紹介されてくれよ」


「そこはべつに問題じゃねーし……あーしが言ってんのは、あんたの家族にまで紹介されんのに、そのカンケーを一日で終わらせるってのが……その、納得いかないっていうか……」


「まあ、そこは……なんていうか、お前さえよければ今後とも何卒よろしくお願いいたします、ってなもんだ」


「……今後ともよろしくって……そ、それ、ぷ、プ……ポー……ズなワケ?」


「え、なんだって? ポーズって言った? ポーズなわけねえだろ。俺は真剣だ」


「む……ぅぅぅぅ……」


 如月は俯いて黙り込む。

 表情はよく見えないが、それでもわかるほど、その顔は真っ赤に染まっている。


 おいこいつ病気か。いきなりこんな顔真っ赤にするとか、やばいだろ。

 照れる要素はどこにもなかったし、熱があるって解釈でいいんだよな?


 どうしよう。保健室に連れてった方がいいかな。


「お前、体調悪いのか? きついなら無理する必要ねえからな。この話はまた今度に……」


「か、勘違いすんなっつの! あーしは絶好調だっての!」


「……えー」


 なんかよくわからんが、確かにゲームの不調とか好調の顔のマーク、絶好調はピンク色だった気がする。如月もそれと同じなんだろうか。いや、そんなことはどうでもいいか。


「ならしっかり頼んだぞ。くれぐれも俺の家族に俺の意地汚いところだとか偏屈なところだとか、そういうイメージを植え付けないでくれよ」


「なんか急に冷めるんですけど……? 武者小路、あんたどんだけ自分のイメージ上げたいワケ?」


「お前が思ってる100倍くらいは上げたいね。だからほら、頼むぜ」


 俺が言うと、如月ははぁとため息をついて、


「……わーった、わーった。んじゃ、とりまあんたの下の名前教えてよ」


「は? なんで?」


「あーしがあんたのこと下の名前で呼んだら、なんかそれっぽいじゃん。ほら、早く教えなってば」


「いや、まあ、そうかもしれんが……。……歩だ。武者小路歩」


「……あゆむ。……うん、覚えた。んじゃ、歩はあーしのこと、姫乃って呼ぶこと。いい?」


「え? いや、なんでだよ」


 俺がツッコむと、如月はあからさまに不機嫌になった。


「なんか文句あンの? あんたのこと下の名前で呼ぶんだから、あんたもあーしのこと下の名前で呼べってことなんだけど」


「……あ、ああ。そういうものか。すまんな、こういうことに疎くて」


「か、彼女とかは、今までいたことないん?」


「お前喧嘩売ってんの? 俺に恋人なんてできるわけねえだろ。友達もできたことねえんだから」


「じゃ、じゃあ、あーしが一人目ってワケ?」


「まあ、そういうことになるわな」


「……ふーん、あっそ。まあ、いいんじゃない。あーしもあんたみたいなタイプの男と付き合ったことないし。おあいこってことで」


「付き合うって……俺とお前は恋人ってわけじゃないだろ」


「ちょ、だから……! あんた先を急ぎすぎだって! か、家族に紹介するからって、あーしのこと一生縛り付けられると思ったら大間違いだから!」


「いや、俺はお前のことを縛り付けたりするつもりはない……なに言ってんださっきから」


「お、男は最初みんなそういうんだっつうの!」


 なんていうか、解釈に微妙にズレがある気もするが、まあいい。

 女ってやつはなに考えてるかわからんからな。


 こいつに俺の株を上げてもらおう、なんて考え自体がそもそもおこがましいのかもしれん。



 ま、なるようになれだ。


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いいなり彼女はクラスの女王 暁貴々 @kiki-ki

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