第3話 歩と姫乃のなれ初め2

「はー……いてえ」


 死ねる。

 後からやってきやがったこの痛み、マジで死ねる。


 ペインストーカーとでも名付けよう。


 痛すぎて何もできないし、学校もバイトもしばらく休んでやろうかと思ったが、外傷以外は特に異常がなかったので、結局俺は入院もせず、数日だけ自宅で様子をみることになった。


 いやあ、自宅療養最高。

 平日の昼間っからソファーで寝転んでゲームできるとかマジ天国。


 勉強? 知らない子ですね。

 如月がどうなったかも知ったこっちゃないし、俺は俺のことだけ考えるのだ。


 男たるもの、そうあるべきだと思うし、こうしてればいつか痛みも引いていくさって――



 暇だ。

 暇すぎる。



 こんな俺にも一緒にゲームをやってくれる妹なんかがいて、やっぱ怪物ハンターは一人だと村クエぐらいしか進める気になれなくて、でも、どうせなら、二人プレイで集会所で強いの狩って、強い装備手に入れてから、楽々村クエを達成するってのが、なんか王道でいいじゃん?


 でも妹は学校だ。

 あいつはバスケットウーマンだから帰ってくる時間も遅い。


 気付けば、十六時。

 朝っぱらからゲームして、昼は上機嫌で、もう夕方だ。


 なんか腹減ったな……でも今冷蔵庫になんもないんだよな。

 カップ麺の買い置きもないし。


 親父も母ちゃんも俺のこと餓死させる気かよ。


 コンビニでも行くかぁ、とゲーム機を置いて、のそっとソファーから立ち上がると――ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴らされた。


 はて……なんかネットで買ったっけかな。

 いや、宅配便とか頼んでないはずなんだが。


 親父も母ちゃんも妹もジャングルとかあんま使わないし、なんならプライム入ってんの俺なのに、映画とかだけはちゃっかり観てるし。


 昨今のサブスクは、一人を不幸に、みんなを幸せにするツールなんじゃないかと疑うまである。


 まあいいや。たまには俺もおもてなしの精神ってやつを発揮するとしよう。

 はーいはいはい今行きますよーっと。


 と重い足取りで玄関へと向かい、ドアをがちゃっと開けると――そこにはエロ乳金髪ギャルがいた。


 制服姿の如月姫乃がいた。


 ……は? なんでこいつがうちに……?

 俺は思わず目をごしごし擦ったが、やっぱり目の前に立っている女は、如月だった。


「家、間違えてないか?」


「ここだっつうの! あんたがその……休んでたから、あーしがプリント届ける係になってやったつうか……」


 金髪ボブのちぢれた毛先をくるくるいじりながら、如月は口をもごもごさせる。

 その指どうなってんだ、なんか人コロセそうなぐらいキラキラ光ってる爪が生えてるけど。


「プリント届ける係ってお前、そんな係は学校にないぞ。ボキャブラリーが貧困だからって、らしいこと言ってごまかそうとするのはよくない。そういうのやめような」


「ああうっさい! とにかくこれ……渡しに来ただけだから」


 如月は、俺に押し付けるようにしてプリントの束を強引に手渡すと、そのままくるりと踵を返して立ち去ろうとする。


「おう。じゃあな」


「――……なんか、いったらどうなん?」


 またもやくるりと振り返った如月が、不機嫌そうに俺に問いかけてくる。


 いやお前もう帰れよ。


「なんかって、なんだよ」


「……だから、助けてくれたこと。あんた、あーしのこと嫌いでしょ……?」


「ああ嫌いだ」


「っ、だったらなんで……あんな無茶なことしたわけ……? キモ武者にはカンケーないこと……だったでしょ」


 如月は下唇を噛んで、なにかを耐えてる様子だった。


 なんでって言われてもなあ……。


「知らん。身体が勝手に動いたんだ。女がボコされそうな現場に遭遇して、何もしないってのも、なんか……あれだろ。その、男としてどうなんだって感じでさ。後、俺、武者小路な。キモ武者じゃない」


「……は、ア? そんだけ……? 体格差とか……あったじゃん。あんた、殴られて、それで病院に運ばれてんじゃん……」


 スルーすんなよ。


「俺も一つ聞きたいんだけど、あのチンパンジー、お前の元カレ? なんであんなのと付き合ってたわけ?」


「はぁ。なんか、あんたと話してたらちょーし狂うんだけど……」


 その言葉、百倍にして返してやりてえ……。


「てか、いつまであーしのこと立たせる気なん? そんなに、あーしのこと知りたいなら、家入れろよ」


「なんでだよ。俺んちになんの用があんだよ。お前のことなんかこれっぽっちも知りたくねえよ。もう帰れよ」


 俺がそう吐き捨てると、如月はいきなりむっとした顔になって、ずかずかと玄関に上がり込んできた。そのままローファーを乱暴に脱いで――


「お、おお、おい、お前、それ不法侵入。犯罪、不法侵入」


 あまりにも自然な動作で俺の傍らを横切るもんだから、一瞬、何が起きたかわからなかった。


「……親御さん、いつ帰ってくるん? あーしのせいで、あんたにケガさせちゃったから、せめて直接、謝りたいんだけど」


 親御さんって……。

 女王にしては、丁寧な言い回しだな。


「いや……うちの両親共働きだから二人とも夜まで帰ってこねえけど。てか、帰れよ」


「は? じゃあ、あんたとあーしの二人きりってこと……?」


「いや帰れよ。なんで二人きりってテイで話が進んでいくんだよ。部活終わったら妹が帰ってくんだよ。んで、俺はこれからコンビニ行くんだよ、だから帰れ」


 プリントの束を抱えながら空いた手でしっしっと追い払うように手を振ると、如月はくいっと顎でリビングの方を指し示した。


 いいからお茶ぐらい出せ、とでも言いたげな仕草だった。


 ギャルの好きそうなリポトンの紅茶とかうちにねーぞ。

 まったく、女王様は何考えてるかわかんねえな。



 *



 俺は、如月に言われるがままにリビングのソファーで二人並んで座って、茶を啜っていた。


 なんだこのシチュエーション。

 どうしてこうなった。


 如月はさっきからずっと無言で、俺の隣でちびちびと緑茶の入ったコップを傾けている。

 沈黙がしんどいので、俺は無理矢理に口を開くことにした。


「わかった。もう帰れとは言わない。だがお前の行動が謎すぎて俺は困惑している。だから質問するから答えてほしい。お前の目的はなんだ? さては俺んちを征服に来たのか! 戦うぞ、俺は! 逃げないぞ!」


「ちげーっつの! さっき、あんた言ってたじゃん……なんで、あーしがあんなのと付き合ってたかって……」


「聞いてない。いや聞いたか。ああ、それで」


「あいつ恭一っていってさ……中学んとき付き合ってて、まぁ、あーしの十人目ぐらいのカレシなんだけど、一番長続きしたやつでさ」


「おいどうして急に惚気話を始めるんだよ。ここじゃないどこかでしてくれよ」


「あんたはなしのコニシキ折りすぎ……!」


「なんだよ力士を折るって。折れねえよ。だから力士なんだ。腰だろ。俺がギャルの造語を翻訳できる男に見えるか? 悪いがお前みたいな人種とは別世界で生きてる人種でな。わかったら、もう帰ってくれ」


 如月は、コップをテーブルに置いて、俺の目をじっと覗き込んできた。


「そんで、あーし……あいつと付き合ってたときに、あいつにめっちゃ殴られたり蹴られたりシてたんだけど」


「え、続くのそれ?」


「そんで、ちょっとおかしくなっちゃった時期あって」


「おい聞けよ。お前は今もおかしいんだってば」


「そんで、なんか、あいつのいうことゼンブ正しいって思っちゃったりしてさ……それで、その」


 重いし、長いし、この話マジでまだ続ける気なん? 


 と俺は戦慄したが、如月は構わず続けた。


 ずずっと鼻水をすすりながら。

 目に少しだけ涙を浮かべながら。

 唇をぷるんと震わせながら。


 そうしていないと死んでしまうみたいに……。


「でも、なんかこれは違うなって……思って、別れよっていったらキレられて、殴られて。なんかそれの繰り返しでさ……」


「あ、ああ……」


「でも、あーしはもう殴られんのとかヤだったし、ぜんぶ拒否してて……そしたら今度は他の男が寄ってくるようになったから、ちょっとヤンチャな年上の男子とかと付き合って……あいつ牽制してたりしてたわけ」


 あのやべえの牽制できる年上ってどこのゴリラだよ。


 熊か? 象か? 

 それ絶対、ちょっとヤンチャってレベルじゃねーぞ。ゾオン系DQNだぞ。


「まあ、お前美人だからな。うん? てことは十一番目とか十二番目のカレシもいるわけ?」


「ま、そだけど……」


 人様んちのティッシュを断りもなく何枚か抜き取り、ちーんと鼻をかんだ如月は、そのままずずっと緑茶を啜った。


「クソビッチなんですね」


「ぁア? あーしがクソビッチならあんたはクソボッチでしょうが」


「ごもっともで」


 ヤマダクン、座布団一枚。


「……ま、あーしが経験人数多いってのは否定しねーけど」


「しないんじゃなくてできないんだ。お前はもうちょっと日本語を勉強した方がいい」


「……む、か、つ……く」


「お、落ち着け。その顔ちょっと怖い。んで、それで、結局何が言いたいんだよ。オチは?」


 女は過程を話したがるもの。

 オチとか聞いちゃう男はモテないとかいう動画を観たことあるけど、早く会話を終わらせたい相手にはこれ超有効。


「だから……その、そゆときも、やっぱ身体のカンケーは求められるわけじゃん? 男って基本そだし、あーしも……なめられたくないってのがあるから、やっぱ付き合うなら強い男がいいって思ってたし、恭一のこともあったし、その年上の男子とかとも、まあそれなりにやったんだけど、なんかさ……無償で、なんかしてくれた男ってあんたが初めてだったから……」


「な、なんの話してんだ。元カレの話はどこいった」


「いや……だ、か、ら……あんたにお礼がしたいって思ったの……なんでここまでいわなきゃわかんないわけ? あんたドーテー?」


「童貞は否定しないが、お前の話の進め方が下手すぎるんだよ」


 やっぱギャルってよくわかんねえな。

 話が長い上に脱線しまくるから、相手してて疲れるだけだ。


 ちら、と如月の顔を覗くと、その顔はなんだかちょっと赤くなっていた。

 おいマジか、照れてんのかよ。なんかこれイケちゃうんじゃね。


「悪いな如月。俺はお前とのラブコメなんてお断りだ。それに、俺は初めてを処女に捧げると決めている」


「は、はア!? 武者小路の分際でうぬぼれてんじゃねーっつうの! ま、マジだるいんですけど。……あーしだって、あんたみたいなキモキモドーテーにキョーミとかねーから」


「俺もお前に興味なんてねえ。だからもう帰れ」


「あ、そ……ならいいケド……」


 如月はぷいっと俺から顔を背けると、くるくると髪の毛先をいじりながら、ぼそっと呟いた。


「あ、あんたが学校これるようにーなったら、お礼だけはすっから。……考えといて」


「……そういうのはちょっと」


「いいから……もし考えてこなかったら、あんたのことマジで詰めるから。じゃ」


 如月はばたばたと立ち上がって、玄関から出て行った。


 な、なんでお礼されるのを断ったら詰められるんだよ……

 これじゃあ助け損じゃねえか。


 お礼ねぇ……なんでもお願いしていいってなら、あいつ見た目だけは最高にいいから……って、いやいや。


 なに考えてんだ俺は。


 相手はあの女王様だぞ。


 パンツ見せてとか、おっぱい揉ませてとか言ってみろ。


 爪銃ネイルガンで眼球殺されるまである。


 俺は、リビングのテーブルに残されたコップやらティッシュ(如月の鼻水付き)やらを片しながら、はあ。とため息をついたのだった。


 *


 とまあこんな感じで、俺と姫乃ひめののなれ初めと呼んでもいいのかわからない……でもやっぱりこれがなれ初めだったんだろうな、を紹介したところで――いや告白に至るまでの話だとかまだまだ振り返りたい思い出はいっぱいあるのだが、とりあえず回想は一旦ここまで。チャンネルはそのままで。


 お楽しみはこっからだ。

 俺はまだ、裸エプロンを堪能しきってないからな……さーて、いいなり女王様にイタズラをしにまいりますか。

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