001 いいなり彼女の裸エプロン①

 ――あのライトノベル未だに返ってきてないんだが。



 ちょうど一年前の、姫乃との一連のやり取りを思い出しながら、俺はベッドの上で激しい運動に勤しんでいた。


「あん、や……! やぁ……そこ、だ、め!」


 二年に進級して、すでに五月の中旬。

 LHRが終わったタイミングで、恋人からお誘いのLINEがきたのだ。

 

 そりゃ期待をせずにはいられない。

 もちろん俺は家に帰らず恋人の家に直行した。


 部屋の床は散らかっている。制服とかブラジャーだとか丸まったTバックのショーツだとかが散乱している。


 とはいえ、そこは一人暮らしの女子の家、全体的に派手すぎる気もするが整然とはしている。


 春の桜のように淡い色のシーツをぎゅっと握りしめる、威厳の欠片もない女王様は、四つん這いで、俺にケツを向けていた。


「――あ、ま、待って――や、ヤダ……ひゃめ、ひゃめへぇ……あーしィイイイイッ! もお……イひまぐッてるからぁ……ァア!」


 激しい運動によって体力を使い果たした女王様が、ぐったりとした様子でシーツに突っ伏す。


 その背中は汗でしっとりと濡れていた。


 後ろからの眺めはいつ見ても絶景で、ちぢれた金毛が首筋やら肩やら背中にぺったりと貼りついている。


「姫乃、大丈夫か?」


「はっ……はひ……う……ん」


「ならこっち向け。キスできないだろ」


 俺がそう命令すると、姫乃は緩慢な動作でむくりと起き上がって身体を反転させる。


 その拍子にまた金色の髪がぬらりと揺れた。

 ついでにけしからん乳もぶるんと揺れた。


 金髪と肌白さとボインが相まって、その姿はまるで異世界ものの森の妖精さんのようだ。


 俺と向かい合う形になった女王様は、なかば焦点が合っていないとろけた目で俺を見つめると――ん、と唇を突き出して、キスをねだってくる。


 ねだったのは俺の方だけど。


 俺はそれに応じるようにして、姫乃の柔らかくてふっくらした唇へそっと口づけをする。


「……んふ……ちゅる……うふふ♡」


「どうした?」


「んー? いやさぁ、あーしあゆむと付き合えてよかったなって」


 下の名前で呼ばれるのはまだ慣れない。嬉しいは嬉しい。


「……あ、そっすか。急にどした」


「あア? 急にじゃねーし、あーしはいっつもそう思ってっけど?」


 急に女王様モードになるなよ、怖いから。


 だ、誰だコイツは……如月姫乃の皮を被った天使か。


 などと思ってしまいそうなこの美少女ギャルは、正真正銘、如月姫乃である。


 一年前までは犬猿の仲だったが、どういうわけか、いやまあそれなりに理由はあるにはあるが、とにかく今現在、俺と姫乃は恋人同士。


 しかも、あの気の強い女王様がプライベートでは俺の言うことをそこそこなんでも聞いてくれるそこそこ従順なカノジョというのだから、驚きだ。


 カレシの俺が驚いてどうすんだって話。そして、そんな俺たちの今現在の関係を知るものは、学校には誰一人としていない。


「の割には……まだ学校で突っかかって来るだろ。あれ、そろそろやめて欲しいんだが」


「はア? あーしの愛情表現じゃん」


「でもお前、学校だとキャラが違うっていうか、なんか怖いっつうか」


「んなん……今さら変えられねーし、学校じゃあーし女王様とか呼ばれてっから、やめると地味に調子狂う。てか、なめられんのキライだから」


 不良漫画の番長みたいな理屈をこねる女王様。

 いやまあ確かに、三年としうえの男子相手でも『ア、なにガンつけてんの?』とか言い出すタイプの女だけど。


「てか、んなん、どうだっていいっしょ? 重要なのはいまこうしてることじゃね? 歩にだけはほんとのあーしのこと知ってて欲しいっていうか」


「ああはいはい。でも昨日の調理実習のアレはやりすぎだろ」


「あーし、なんかしたっけ?」


「いや、だから……その……俺が同じ班の女子にだし巻き玉子の作り方を教えてたら、いきなり突っかかって来ただろ。『なにそのへたくそな巻き方、キッモ』って」


「だ、だって……歩があーし以外の女にデレってっから……」


「だからって巻き方にケチつけんなよ。俺のだし巻きは芸術だぞ。孤独の時間を料理の研究に費やしていたからな」


「なんそれキッモ。きしょい」


「やめろ。ダサいキモいウザいは男子が地味に傷つくワーストスリーのワードだぞ。そこはウケるとか言っておくのが、女の優しさというものじゃないのか?」


「あーし、歩のそういうキモかわいいとこも好きだから」


「お、おう」


「てかさー、んなことどだっていいから、あーしにも卵焼きのつくりかた……教えてよ。あーし……料理とか得意じゃないし、ちゃんとできるよーになって歩のお弁当とか、つくってあげたいし……」


 ふてくされたように唇を尖らせる姫乃。


 よし、決めた。

 俺はお前を必ず嫁にもらう。


 しかしなんだこの状況……性格キツめの全裸ギャルにそんなアホみたいな可愛いおねだりをされると、なんかこっちのマニアックな要求まで通ってしまうような錯覚に陥ってしまう。


 言うはタダ。なら、言ってしまおう。


「裸エプロンで手を打つ。うん」


「ア? なに裸エプロンって。アニメ? マンガ? あーしそういうの詳しくないから略されてもイミフなんですけど」


 無駄に略したがるのはギャルの専売特許だと思うが。


「裸にエプロンだけを身に着けて料理してくれ。これ男のロマン」


「そんだけ? べつにいーけど」


「おいマジか。お前、裸にエプロンだぞ? わかってるのか?」


 めちゃくちゃマニアックな要求をしたつもりの俺は、姫乃の二つ返事に度肝を抜かれる。


 さてはこいつ、俺のいいなりだな。

 好感度マックスだな。


「歩のお願いだし、いまマッパじゃん。逆にエプロンつけたほうが魅力半減しねーかな、とか思ってんだけど」


「裸は見飽きる。これ真理」


「あ? なんそれもうあーしに飽きたってこと?」


 ぎろり、と鋭い眼光で俺を睨む姫乃。俺は慌てて否定する。


「い、いや、そうじゃなくてだな。お、お前の……私服とか、下着とか……いつもと違うなってとき、新鮮に感じるっていうか。裸エプロンもそうで、定期的に新しい刺激がないと飽きが来るっていうか」


「あ、そゆこと♡ 色んなあーしを見たいって思ってくれてんだ、ふふ♡ ちょー嬉しんだけど」


 姫乃はにこっと笑って、俺の腕に抱きついてくる。

 ボインがむにゅんでもう最高。


「かわいいエプロン好きだし、爆買いしちゃったときあってさ。めっちゃ種類あんだけど、どれがいいか歩が選んでくんね?」


 こいつ最高かよ。


「……お前、料理しないんじゃないの? なんでエプロンだけ爆買いしてるわけ?」


「なんか文句あるわけ? あーしカタチからはいるタイプだから」


「へー。あーそう」


「その返しなんかムカつくんだけど。もうエプロン着てやんねーから」


「悪かった、土下座する。だからお前の裸エプロンを拝ませてくれ。頼む、この通りだ」


 ベッドの上で即座に姿勢を正し、綺麗な土下座を決める俺。

 姫乃は「うっわア……」とドン引きしながらも、「わ、わかったから。もう顔上げてってば」と俺の肩を掴んで起こしてきた。


 裸エプロンの契りは守られた。


 思わず、にやぁ~と顔がだらしなく緩む。


「き、キッモ……」


「そんな俺も好きなんだろ。俺もお前のことを愛している」


「あ、あーしも……歩んことめっちゃ愛してる♡」


 今度は姫乃がにたー、といやらしく笑う番だった。

 やばい俺、こいつのことめちゃくちゃ好きになってしまってる。


 洗脳? 催眠? 


 なんでもいいけど、もう姫乃のことしか考えられない。

 このあとめちゃくちゃ裸エプロンした。



 *



 さて。俺と女王様が交際を始めたきっかけ――というのも少々、いきなりすぎるので、まずはまともにお話するようになった経緯から振り返ってみようと思う。


 あれはそう、一年前。

 ライトノベルを没収されたあの日の、バイト帰りの夜のことだ――



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