第19話 明るみに出た悪事

「ロンド夫人、ちょっといいかな?」


「はい。エリオット様、なんでございましょう?」

「ちょっと一緒に来てくれ」

 エリオットの横には鍵束かぎたばを手にドノヴァンが立っている。


 ロンド夫人は怪しく思いながらも二人の後を追って行った。屋敷の裏口から出ると、物置がある方に向かっていく。

 途中黒猫のマーリンが

「みゃーぅ」

 と鳴いてついて来た。


 物置小屋の前で止まると、

「君が最近、頻繁ひんぱんに物置小屋に出入りしていると聞いてね…」


 エリオットが振り向いてそう言うと、ロンド夫人は

「さ、最近物置小屋の中を片付けておりまして、まだ、片付けが終わっていませんので、足元にいろいろ危ない物も転がっておりますし、お入りにならない方がよろしいかと…」


 それをさえぎるるようにエリオットがドノヴァンに指示した。

かぎを開けて」

 ドノヴァンが鍵束の中から鍵をり出すと、カチャリとドアを開けた。


 ドアの隙間から、さっとマーリンが中へ入って行く。


 大きくドアを開け放ち、中を覗き込むと『散らかっている』と言う言葉とは裏腹うらはらに、使っていない道具や様々な工具が棚の上の箱にキチンと納められ、整理整頓されているという印象だった。


「みゃーぅ」

 姿が見えないが、マーリンの鳴き声がする。


 すると奥の方で、

「ヒ、ヒックション!」

 とくしゃみが聞こえた。


「おや、誰か先客が居るようですね」

 ドノヴァンが足元の箱をどけて奥へ進んでいく。

 ロンド夫人が慌てて後を追った。

「そ、その奥は…!」


 膝の上に黒猫を乗せた叔父のエルガーが、立て続けにくしゃみをしながら、狭い寝台の上に座っていた。


 エリオットは、『やっぱり』と言う表情を浮かべて、ロンド夫人とエルガー叔父の顔を見比べた。

「これはどういうことか、誰か説明してくれるかな?」

 エリオットがそう言うと、ロンド夫人が口を開いた。


「エルガー様は、エリオット様をビックリさせるという、サプライズでいらっしゃったのです!…ただ、そのタイミングが掴めなくて困っていらしたので、私がお食事などのお世話をしておりました…」


「ほう…、ですか?」


「ええと、そうなんだ…エリオットの誕生日はもうすぐじゃなかったかな?…クションッ」

「…僕の誕生日を覚えていると?」


 エリオットが切り返すと、ドノヴァンがすかさずツッコミを入れた。

「エリオット様のお誕生日は三月です、あと五ヶ月先です。それまでお待ちになるおつもりでしたか?」


 エリオットはこのつまらぬ茶番に終止符を打つべく、皆をさえぎった。


「もういい!いい加減にしてもらおうか!」


 滅多めったに声を荒げることなどないエリオットの声に、全員が黙り込む。

 マーリンもあまりの勢いに『ニャッ』っと鳴いて出て行ってしまった。


「叔父さん、ここから出ていってください。…ロンド夫人、あなたは今日限りで解雇です」


 エリオットの冷静な声が響き、ロンド夫人がその場にしゃがみ込んだ。


「そんな!これまで長いことこちらにお仕えしておりましたのに!…解雇だなんて…」

「そうだよ、エリオット。彼女は私の世話をしてくれただけなんだ。何も悪くない」


 エルガーがロンド夫人をかばって言うが、エリオットはその冷徹れいてつな表情を崩さない。


「昨日、弁護士事務所から連絡がありました。

 エルガー叔父さん、あの書状は『偽造ぎぞう』ですね。


 まず、さかのぼってあの書類と同じ年代に書かれたディランの署名サインを調べましたが、署名の形が違っている。

 しかも『控え』や第三者の立会人の署名もない。正式な書類にはそのようなことはあり得ない。

 そして、強力な『復元魔法』によってわかったことだが、ロンド夫人、あなたが廃棄はいきされた兄の書き損じの書状を盗んだ、という事実だ。

 これは、明らかに解雇の理由になると思うが、何か申し開きはあるかな?」


 ロンド夫人は床に手をついて泣き崩れた。

 叔父のエルガーも真っ青になって、下を向いている。


「本来ならば、官警かんけいに引き渡すところだが、猶予ゆうよをやろう。二人とも明日の朝までに出ていってくれ」


 エリオットはそう言い渡すと、二人を残して小屋を出た。


 屋敷の中に戻ってドアを閉めると、エリオットは

「ハア~ッ」

 と息を吐き出した。


「エリオット様、ご立派でした」

 ドノヴァンが声を掛ける。その顔は満足そうだ。

「時には厳しくしませんと、規律が保てません。仕方なかったと思いますよ」


「そうだね。時には厳しい決断をしなきゃならない時があるね。すまないがドノヴァン、あの二人の動向を見ていてくれ」

「かしこまりました」


 エリオットはそう言うと、魔法師のローブをまとい、王宮に向かった。

 今朝早く、王宮から呼び出しがかかったのだ。


 昨日の『黒竜討伐』の件らしい。



 * * *



 一方ディランは、まだ葡萄園にいた。


 ワイン蔵を一日ひがな観察したり、人の出入りや人間関係、帳簿の中身などを丹念に観察していった。

 その上で夜は彼らの夢の中に入り、少しずつ求める方向へ誘導ゆうどうする言葉を繰り返し吹き込んでいった。


 仲間内にみたそねみを吹き込み、それを大きく育てて、裏切りが起こるようにし向け、いずれ内側から崩壊ほうかいするよう仕組んでいく。


 最終的には仲間の誰かが、役人に密告して自らの罪をあばくように誘導して行った。


 この地の税吏ぜいりが、葡萄園の仲間の一人の密告を受けて、ワイナリーの地下から納税を逃れた大量のワインとブランデーが見つかり、大掛かりな隠蔽いんぺいが明るみに出た。


 二重帳簿にじゅうちょうぼが発覚し、脱税の嫌疑けんぎで関係者が逮捕された。そしてその顛末てんまつは、葡萄園の地主であるエリオットの元にも届けられた。



 ディランはようやく一つ、弟やマルコム家に役立つことができて満足していた。

 王都に戻ると、マルコム家の弁護士と会計士をまわり、その仕事具合を確認した。


「…で、今度のマルコム家の若当主はどうだ?」

「ええ、まあ前の党首に比べると鋭さは負けますが、まあまあしっかりした方じゃないですかね」

 エリオットの評判はまあまあのようだ。


「前当主は黒竜に襲われて亡くなったんだったか? 今回の討伐でも、魔法師団のトップが行方知れずになっているんだろう?」

「そうらしいですね。歴代団長の中でも5本の指に入るほどの魔法師だったそうですが、恐ろしいですね…」


 聞き捨てならないことを聞いた…とディランは思った。


(あの圧倒的魔力量を誇るエレンが、行方不明…まさか)


 ディランは急いで王宮に飛んだ。

 王宮の魔法師団の会議室に入り込むと、エリオットが他のメンバーと話し合っていた。


「エレン団長は確かに “凍結魔法”をかけたんですね?」


「そうだ。それは騎士や剣士も何人も確認している。確実に氷漬けにしたと言っている」

「それが、夜中のうちに拘束したはずの黒竜も、団長もいなくなったと?」


「そうだ。それに…」

「それに?」

「目撃したものがいる」


「何を、ですか?」

「黒竜が飛び去るのを見た者がいる」


「森から出て行った、と言うことですか?」

「そうらしい。…見たものによると、黒竜の背にエレンが乗っていたと…」


「…何ですか、それ…」

「我々にもわからんが、そう証言している者がいるんだ」


「…そんなこと、公表できませんよ」

「無論だ。我々にとっても、今回の討伐がまた失敗だったなどとは公表できん。幸い黒竜が黒い森から出て行ったということなら『討伐は成功した』と発表するべきだ」


「そんな…また、戻って来たらどうするんですか?」

「…その時は、その時だ」

「…いいんですか、そんなことで」

 エリオットがあきれ顔になった。


 ディランは黒竜が居なくなったと言う話を聞いて、黒い森に行ってみることにした。


 行ってみると確かに森の様子は違って見えた。黒竜が居た時のような重苦しい、あたりを圧するように濃い魔力を感じない。


(本当にいなくなったのか…)


 じゃあ、私との約束はどうなるんだとも思ったが、いざとなれば墓地の墓守を訪ねればいい。


 ちょうど小物の魔獣、鬼リスが出て来たので聞いてみた。


「おまえ、黒竜は本当に居なくなったのか、知ってる?」

「こくりゅうさま、でていった」


「どこへ行ったか知らないか」

「しらない」


「人間の女を連れていたか?」

「こくりゅうさま、つがいみつけた。それででていった」


つがいって?」

「にんげんのおんな」


「そうなの?」

「そう」

「わかった。ありがとう」


 ディランは少し複雑な気がした。


(黒竜、オスだったんだ。しかもエレンをつがいにって…どんなだよ…)


 変な想像をしてしまいそうで怖い。


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