第3話 夢の中で
王都のディラン・オーギュスト・マルコムの自宅では、妻のティナがまだ寝室で眠っていた。
昨日の夜も今朝も、夫のディランとの閨ごとせいであまり眠れていない。そのため、夫が出掛けてから午前中は眠っていることが多い。
ディランの魂はゆっくりと家の壁をすり抜けて、寝ている妻のそばにやって来た。スヤスヤと安らかに眠っているティナの姿を見ていると心が和む。
だが、これから妻の身に起こることを考えると、胸が
これから半日も経たないうちに、彼女は『夫の死』を知るのだ。
そしておそらく、絶望する。
それを思うと激しい怒りと悲しみが湧き上がって来るのだ。
“愛しい妻を残して先に死んでしまった自分への怒り” と
“夫が死んでしまったことを知った時の妻の悲しみ” を思うと胸が張り裂けそうだった。
そんなことを思いながら妻の上をふわふわ飛んでいると、妻の胸の辺りに淡いピンク色の魂が光っていることに気づいた。
ピンクの光は幸せそうで、柔らかく温かな光だった。その光に思わず触れると、ディランはいつの間にか、ティナの夢の中に入っていた。
* * *
「ディラン」
「何?」
優しいティナの柔らかな唇がディランの頬に触れる。
頬に触れた唇は、彼の唇に重なって来る。その柔らかな感触がまるで昨日の情事のようにディランの体に火をつける。
夢の中のディランはいつの間にかティナと抱き合っていた。
そのあまりに現実味のある感覚に、ディランは自分がもう死んでいることを忘れそうになった。
その夢の中で激しくティナを求めながら、
(あれ?)
と思った。
(私は死んでいるはず?なのに、何故気持ち良いと感じているんだろう?)
何故かわからないが、気持ちがいいものはいい、今は考えるのをやめよう。
* * *
「うぅん…ディラン…」
妻の寝言にディランは『ハッ』として、夢の世界から抜け出していた。
妻の長いまつ毛に縁取られた
ディランは眠っていても、夢の中でまで自分を愛してくれる可愛い妻に感動していた。
(離れられる筈がない…例え死んでいても…)
ティナの体がモゾモゾ動き始めた。昨朝から眠っていた彼女はベッドの上で起き上がると、カーテン越しの光に目を凝らす。
そろそろお昼頃だろうか。
起き上げるとベッドを降りて、お風呂に歩いて行った。
ティナは湯船に水を入れると、熱魔法で心地よい温度まで温め、ゆっくりと湯船に浸かる。
ディランの香りがまだする気がして、ちょっと嬉しくなる。
彼の肌に触れ、あの腕に包まれているととんでもなく幸せで、
ディランとの出会いは、彼女が “見習い魔法師” として彼が副団長を務める『王室付き魔法師団』に入った時だ。
魔法学校で優秀な成績を納め、意気揚々と王室付き魔法師団に入団を許されたのだが、現実は厳しかった。
魔法師団の団長はエレンという当代切っての魔法師で、その横を固めているのが副団長のディランだった。
エレン団長が
ティナはと言えば、ひらめきを大事にし思いつきで魔法を使う言わば『天才』タイプだった。
そんなティナは冷静なディランから見れば “危なっかしい” と見えたようで、何かと言えばディランに
『よく考えろ、その頭は帽子掛けか?』
『思いつきで行動するな、周りをよく見ろ』
と注意されていたのだ。
「それなのに…ふふっ」
ティナは湯船の中でひとり、笑いを漏らした。
今は深く愛されて、この身の中にはもう一つの……
浴室の外に誰かの足音がした。
「奥さま、お起きになられましたか?」
侍女のメイが様子を見に来てくれたようだ。
「待ってー。今お風呂なの」
「お背中、お流ししましょうか?」
「大丈夫、今出るわー」
ティナは湯船から出ると、タオルを髪と身体に巻き付けて浴室を出た。
「はい、こちらが着替えです」
「ありがとう」
「お食事はこちらにお持ちいたしますね」
「お願い。あ、それから食後の紅茶はしばらくやめて、ミルクにするわね」
「かしこまりました」
侍女のメイはにっこり笑って部屋を出て行った。
彼女の秘密は、この侍女だけが知っているのだ。
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