第4話 残酷な知らせ

 ディランの弟で同じく魔法師のエリオットは、兄たちと別れ騎士のブランドンと黒い森の北側を探索していた。


(なんだか、嫌な予感がする…)

 森の中は、暗く重い静寂せいじゃくに満ちていた。これだけの森ならば、たとえ小さな魔物でも何かしらいてもおかしくない筈…なのに、静かすぎるのだ。


「なんか、静かすぎませんか?」


 エリオットは今回の探索チームの隊長を務めるブランドンに問いかけた。


「ああ、俺も同じことを考えていた。…一旦戻るか」

「そうしましょう!なんかこの静けさは不気味ですよ」


 エリオットとブランドンは来た道を引き返して、今朝到着した転移陣があるところまで戻った。


「まだ彼らは戻っていないですね…」


「エリオット、追跡魔法を発動してくれ。あちらが戻って来るにしても、途中で落ち合えるだろう」

「そうですね。ただ待っているのも手持ち無沙汰ですし」


 エリオットが追跡の魔法陣を描くと、そこから人の足跡がうっすら黄色に光って、点々と森の奥へ続く。

 二人はその光る足跡を頼りに進んで行った。


 暗い大木の森を過ぎ、急斜面を下りやぶを突き抜けたところで崖に出た。


「おっと!危いところだったな。…あいつらは本当にここを通ったのか?」


 二人は崖の淵から下をのぞき込んだ。はるか下の滝壺に水飛沫みずしぶきが上がっているのが見える。


「もしや、落ちたのかもしれませんね…または、わざと飛び込んだか…」


 兄のディランが付いていていながら、うっかり落ちたとは考えにくい。仮に落ちそうになったとしても、浮遊魔法で落下を防ぐに違いない。

 そうなると、滝の中に飛び込まざるを得ない何かが起こったと考えられる。


 エリオットは背中に何かゾクゾクするような寒気を感じて、少し後ずさった。


「いずれにせよ何かあった、と考えるべきだな…」

 ブランドンが思案顔しあんがおつぶやく。


「よし、追うぞ!浮遊魔法で静かに岸辺に降ろしてくれ」


「やっぱり、行くんですか?」

「当たり前だろ。あいつらを放って帰れるか?」


 無事にせよ、何かあったにせよ、事実を確かめないままでは帰れない。


「…エリオット、短距離でいいからすぐ転移できるようにしておいてくれ」

 ブランドンの声が重苦しくのしかかって来た。


 二人は浮遊魔法でゆっくりと崖の上から浮かんで、静かに滝の横を下降し、岸辺に降り立った。



「何か、焦げ臭くないですか…?」

 エリオットが鼻をひくつかせながら匂いを嗅ぐ仕草をする。


「…そうだな。何か肉を焼いたような匂いだな…」


 森の木々に近い岸辺に、何か真っ黒なかたまりが転がっている。かなり大きな塊だ。


 嫌な匂いはそこから来ているようだった。

 恐る恐る近づいて、二人は戦慄せんりつした。



「人間…?」

「まさか、魔獣か何かでは…?」


「………!」

「…ハッ…⁉︎」


 近づいて、二人はそのむごたらしさに絶句する。


 衣類らしきものは残骸ざんがいも無く、肉まで全て真っ黒に焼け焦げて、ところどころ骨がのぞいている。

 倒れ込んだ時の輪郭りんかくが、岸辺の砂利じゃりに黒い痕となって残っている。

 その手のような形の先に『不変の魔法』がかけられた金色の指輪がかろうじて残っていた。


「…兄さん…」

 エリオットの喉から、声が絞り出された。


(ただのこげた肉と骨の塊が…生き物?人間?)

 頭の中が真っ白になった…


 だが、光っているその指輪が間違いなく兄のものだと示している。

 兄が “永遠の愛のあかし” に』普遍の魔法』を掛けたのだ。



(まさか、この黒い塊が兄さん?)


「ヴッ…!」


 腹と胸の底から内臓が絞り出される感じがして、エリオットは嘔吐した。


 吐いて吐いて吐き続けて、もう吐くものがないのに、吐き気だけが込み上げて来る。


 辺りを観察していたブランドンが、レオンともう一人の剣士の遺体を発見する。

 彼はじっとエリオットが落ち着くのを待っていたが、そうのんびりもしていられない。



「エリオット、悪いがここは危険だ。戻らなければ…」


 岸辺に這いつくばっているエリオットの肩を抱えるように支えて立たせると、静かな声でエリオットに告げた。


「俺は皆の遺体を集めて来る。取り敢えずここから出発点に転移しよう」


「…は…い…」


 ブランドンは手早く、皆の遺体を傍まで引きずって来ると一箇所に集める。焼け焦げた遺体はすぐバラバラになってしまうので、身につけていたマントに包み込んで背負った。


 蒼白な顔で、噛み締めて過ぎて血のにじんだ唇で、エリオットが転移の詠唱をする。


 一人の騎士と魔法使い、3人分の遺体が出発点へ転移する。そして出発点から更に王城へと転移陣が輝いた。



 * * *


 その日のうちに、調査隊隊長のブランドンから『黒い森』での調査報告がなされた。事実上、調査報告というより事故報告なのだが、その事実は変わらない。調査に行った先で何か異変が起こり、3人が亡くなったという事実だ。


 この日、3人の被害を出した『黒い森』の噂はまたたく間に広がって行った。



 調査隊隊長のブランドンとディランの弟エリオットは、ディランの屋敷に向かう馬車の中で、何の言葉も発することができずに下を向いていた。


 思うことは二人同じだった。


(残されたディランの妻に何と伝えたら良いのだろう…)


 馬車が止まって、屋敷に到着したことを御者が告げる。


 エリオットはのろのろと馬車を降りた。続いてブランドンが降りる。

 ここはかつてエリオットとディランが育った屋敷だ。


 兄弟の生家マルコム家は永らく続く魔法師の家系で、両親とも王立魔法師団のメンバーだった。

 両親が亡くなってからは長男のディランが跡を継ぎ、エリオットは王宮に近いタウンハウスで暮らしている。この家に来るのも久しぶりだ。


 その懐かしい家に久しぶりに訪れるのが、まさかこんな理由だなんて、エリオットはため息をついた。


「大丈夫か?」

 ブランドンが声を掛けてくれる。


「……」

 正直、大丈夫とは言い難い…

 自分でもまだ、兄が亡くなったということが信じられないのだ…


「俺が言おうか…?」

「…お願い…できますか?」

「…わかった」


 高い重厚な扉をノックすると、執事のドノヴァンが出て来た。

 夜もそれほど遅い時間ではなかったが、急用でなければ人が急に訪れることなどない時間だ。


「はい。これはブランドン様、いらっしゃいませ。おや、エリオット坊っちゃま、お久しぶりでございます」

「こんな時間に申し訳ないが、奥方様はご在宅か?」


「はい、ご在宅です。失礼ですが、本日主人のディラン様がまだお戻りになっておりませんが、そのことでお話があるということでございますか?」


「ああ、そうだ。ディラン殿のことで奥方に伝えねばならぬことがある」


「…かしこまりました。それではどうぞ、こちらに。上着をお預かりいたします」

「すまんな…」

 ブランドンとエリオットは奥の応接間に通された。


 少しののち、執事のドノヴァンがディランの妻のティナを伴って部屋に入って来た。


「お待たせしました。ごきげんよう、ブランドン様、エリオット」


「これは奥方、いやティナ。遅い時間にすまないね」


「どうしたんですお二人とも、こんな急なご訪問とは。今日はディランと一緒だったのではないのですか?」

 ティナが少しいぶかしげな表情になった。


 ブランドンが言いにくそうに口を開いた。


「そうなのだ。…ティナ、落ち着いて聞いてくれ。…実は今日『黒い森』での探索中、ディラン殿は…事故に遭われた…」


「…事故?…大丈夫なのですか?それでディランは今どこに?どこの治療院にいるのですか?」


「…ディラン殿は…ディランは、身罷みまかられた…」


 ブランドンが絞り出すように言葉を漏らす。


「…え?」


 ティナはブランドンが何を言っているのか、言葉が全く入ってこない…


 ただ、嫌な予感と訳のわからないことを言われている不快感が心の中に膨らんできて、気分が悪くなった。


「み、みまかった…って?なに、言ってるの…?」


「ごめん、ティナ!兄さんを助けられなくて…!」

 エリオットがたまらなくなってティナに頭を下げて叫んだ。


「エリオット、あなた…何を…?」


(気持ちが悪い、頭がグラグラする…)


 ティナは目の前が黒くおおわわれて視界がせまくなり、手足のちからが抜けて落ちて、その場に倒れた。

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