第8話 三度、夢の中

 ディランはしばらく叔父のエルガーのところに留まって様子をうかがっていたが、なかなか眠る気配がない。


 ひとり酒を飲みながら、ブツブツと独り言を言っている。

「オレだって長男だったら…」とか、

「今に見てろよ…」

 とか、怪しいことばかり言っているので、屋敷に戻ることにした。


 特に眠る必要性も感じないので、夜のあいだ中あちこちを見て周る。


 執事のドノヴァンは遅くまで、我が家の親戚縁者宛の手紙を書いていた。

 おそらく、私の急死を知らせる手紙だろう。


 ティナのメイドのメイも、妻が泣き疲れて眠るまで辛抱強く、彼女に付き添ってくれていた。


 ディランは妻の周りをふわふわ漂って、妻が眠るのを待った。

 可愛い寝顔に見入っていたが、気がつくとまた夢の中に入り込んでいた。



 * * *



「ディラン、どこなの?」


「ここにいるよ」


「いたのね」


 ティナが体をすり寄せて来て、それを受け止めると真っ白な世界で二人とも身を寄せ合っていた。


「ディラン、寂しかったわ……もう私をおいていかないで」

「もちろんさ、君が呼んだらどこにいてもすぐ駆けつけるよ」


 そしてまた二人は夢の中で愛し合った。

 不思議なことに、触れている感覚、触れられている感覚が本当に生きていた時のままなのだ。

 ディランとティナは何度も相手を求め合った。

 現実ではもう二度と触れ合うことも、話すこともできないのに……



 * * *



 ティナの頬を一筋の涙がつたった。


「ディラン…」


 つぶやいて目が覚めた。

 朝の光がカーテン越しに明るさを増している。


(ああ、あの人は本当に死んでしまったの……なんで、なんで? こんなに愛しているのに…!)


 こんなに人を愛したのは初めてだった。


 心だけでなく、その瞳の中に宿る強さ、その洞察力、素晴らしく回転の良い頭。その力強い腕、なめらかな胸、そしてどこまでも彼女を求めて来る激しい情熱。笑った時の目の横の笑いじわまでも。


 その全てを愛している。


 だけれども、もう彼女を抱き締めてくれるその腕は、この世のどこにもない。



 絶望で吐き気がする。


 吐く物など無いのに、吐き気だけが込み上げて来る。


 泣きながら、嗚咽を漏らし、鼻水が垂れるのも構わずにまた泣いていた。

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