王室付き魔法師ゴーストになる 〜ゴーストだからって何もできないわけじゃない

銀黒

第1話 王室付き魔法師ディラン・オーギュスト・マルコム

 深夜、王都の中心からわずかに奥まった屋敷のドアが、静かに開かれた。

 長い黒髪に、金の縁取りがされた紫のローブを纏った長身の男が、ドアを開けて入って来た。男はローブをコート掛けにかけると、急いで寝室に向かう。


 王室付き魔法師ディラン・オーギュスト・マルコムは、最近頻出している王都付近の森の魔物の出現対策のため、今日も帰りが深夜になった。



 広い寝室のベッドの上には一人の女が眠っている。

 ふわりとした淡い色の金髪に、同じ色の長い睫毛が閉じた瞳を縁取っている。小ぶりで形の良い鼻、薔薇色の唇が少しだけ開いている。半年前に結婚したばかりの妻のティナは微睡まどろみの中にあった。


 寝室のベッドの帷が上げられ、ベッドの上に男の膝の重みが掛かった。

 眠りかけていたティナの上にふわりと男の髪が触る。ティナは微睡の中から薄く瞼を開き、翠色の瞳を男に向けた。


「ん…おかえりなさい…」

「ただいま、ティナ」

 男はそう言うとティナの頬に軽く口付けした。男の双眸は海の底のような深い藍色で、その目には優しい光が宿っている。


「汗を流して来る」

「ん、わかった」

 ティナはもう少し微睡みながら、男が戻るのを待った。


 水浴をして戻って来た男は、魔法で一気に髪を乾かすと裸のままティナの隣に躰を滑り込ませた。

「おかえり、ディラン。淋しかったわ…」

 薄い夜着を着た妻が、腕を伸ばして来る。

「私もだ」


 ディランは妻の体をそっとその腕で抱き寄せると、大きな体でティナを包み込むように抱きしめた。

 男の香りがティナの全身を包み込む。まるでもう絶対に逃さないとでも言うように、腕と足を絡めて来る。

「抱くよ」

 ディランはそう言うと、ティナの唇にちゅっと口付けした。



 それから何度も何度もお互いの身体をむさぼり合い、それは陽が昇る直前まで続き、最後は疲れ切って二人とも寝台に伏した。



 朝日が昇って、館の中も慌ただしくなって来た。使用人たちが朝食の支度やら、掃除で動き回っているのが聞こえる。


 ディランはカーテン越しの薄明かりの中、自分に背を向けて寝息を立てている美しい妻を見やる。乱れた髪が柔らかな白い肩に掛かって、その肩にキスしたくなった。また心に中に火が着いて再び妻を抱きしめた。まだ半分眠っているティナは、ディランにされるままになっている。



 やがて欲望の火がようやく消えると、ディランはそのまま寝台に起き上がり、髪を掻き上げた。

 ティナはぐったりしている。

『ちょっと無理をさせたかな』申し訳なく思い、そっと彼女を覗き込んだ。


「ごめん…大丈夫?」

 目元が赤い。抱き寄せてその赤い目元にチュッとキスを落とした。

 乱れた淡い色の金髪を指ですくくしけずる。


 その髪にもキスを落として、『おっと、いけない…』とつぶやくと、立ち上がって浴室に向かった。


 さっと水浴を済ませ魔法で髪を乾かすと、長い髪を後ろで一つに結える。



 今日は王都の北に広がる通称『黒い森』へ出掛けることになっている。最近そこで『黒竜』を見たという目撃情報がちらほら寄せられているからだ。


 今日はその目撃情報の真偽を確かめるための偵察ということで、数人の騎兵を伴って、自分を含め三人の魔法師が向かう予定だ。

(帰りはまた遅くなってしまうな…)


 魔法師の紫の制服に身を包み、ディランは寝台に膝をつき、彼の妻に言葉を掛ける。


「ティナはまだ寝ておいで。今日は北の森の探索で遅くなると思うから、先に休んでいていいからね」


 ティナの手がディランの袖口をつかむ。

「わかったわ。ディラン帰って来たら話したいことがあるの…」

「何だい?」


「ふふ、それは帰って来てからのお楽しみ…だから、待ってるわ」

「わかった、楽しみにする。待っててくれ」


「ねえ…、ディラン…」

「なに?」

「愛してる…」

「私もさ、誰よりも君を愛してる」

 そう言うと、ディランは眠そうな翠色の目を見つめて、額にチュッとキスを落とした。


 これが生きているディランを、ティナが見た最後だった。

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