第16話 弁護士と会計士

 

 数日後、エリオットはマルコム家の弁護士の事務所を訪れていた。


 以前ここに来たのは両親が亡くなって、屋敷や所領、不動産の譲渡じょうと手続きで来た時だったので、随分ずいぶんと前だ。


 マルコム家の弁護士は代々変わっていない。報酬は高いが誠実な働きで期待を裏切らない。目の前の担当のオスカーは、10年前からマルコム家を担当している。



「この度は兄君あにぎみのディラン様がご逝去せいきょされましたこと、はなはだ遺憾いかんに思います。エリオット様もさぞやお力を落とされていらっしゃること、心中お察し致します」


 さすがは一流事務所だ、儀礼的な挨拶ではあるがちゃんとしている。


 そのわずかな言葉のやり取りで、こちらの今の精神状態や次期当主としてのエリオットの力量まで、おそらく値踏みしているに違いない。

 そして時流の挨拶を二言、三言交わしたのち、本題に入った。


「お預かりしました書状を精査せいさいたしました。それでなのですが、

 ご存知の通り、当事務所で作成されました証書は、必ず『せいふくひかえ』の3通が存在します。それらには制作時に一貫した通し番号が、記録魔法で付与されます。

 これは改変できない強力な術式が込められておりまして、どのような形でもこれを棄損きそん改変かいへん、消去できません。

 今回お預かりいたしました書状は、当事務所で制作されたものではなく、従って『ひかえ』も存在いたしません。また、仮にこの書状が本物であったとしても、日付とディラン様の署名が、それと同じ年代のものと一致しないのです。


 従って、この書状の真偽しんぎは『はなはだだ疑わしい』と言わざるを得ません」


 オスカーはここまでを一気に語ると最後に、

「しかし…」

 と続けた。


 エリオットが

「しかし…何ですか?」

 と尋ねると、意外な答えが返って来た。


「署名だけは本物です。ディラン様の署名に間違いありません。ただ、署名の形が、日付と乖離かいりしているのです」


 オスカーは手許てもとから別の書類を取り出した。

「ご覧ください。この日付の頃のディラン様の署名です。比べると違っておりますでしょう?」


「…本当だ、違う」

「この署名は、ここ二年以内に書かれたものと酷似こくじしております」


「そうだね…だとすると…」

「失礼を承知で申し上げますが、『誰かが書き損じの書状を盗んで偽造した』という可能性が高いと思います」


「…なるほど…」


(そうなると、ディランの部屋に出入りできた使用人をまず調べなければならない…面倒だな…)


 エリオットは心の中でため息をつきつつ、なんとなく犯人の姿が予想できた。


「ありがとうございます。こちらも内々に調査いたしますので、しばらくこのことは内密にお願いできますか?」


「承知しました。エルガー様からの問い合わせには、他の件で手一杯なので遅くなるとでも言っておきましょう」



 エリオットは立ち上がってオスカーと握手を交わすと、ドアに足を向けた。


「エリオット様」


 オスカーに呼び止められ、振り向くと

「こちらは些少さしょうではございますが、ディラン様のお墓に花でも手向たむけて差し上げてくださいませ」

 と何やら包みを渡された。


「お気遣いありがとうございます」

 エリオットはそれを受け取ってふところ仕舞しまった。


(認められた、と受け取ってもいいのかな…?)


 エリオットは弁護士事務所を出て、今度は会計事務所へ向かう。

 そのために1日休みをもらったのだ。


 次に向かった会計事務所では、マルコム家の現在の財務状況を知ることになる。それは、思っていたより大変なことになっていた。


 エリオットが所属する『王立魔法師団』はくらいで言えば “騎士” に匹敵ひってきする。従って、わずかながらも領地も与えられるし、年棒ねんぽうも決まっている。


 ディランは王立魔法師団副団長だったので、団長のエレンの次に年俸も高かった。それでりできていたのだろうが、今後はそうもいかない。


 亡くなった今は頂いた所領も返還しなければならないし、ただの魔法師団員とは年俸も天と地の差がある。自分が補填ほてんするにしても、これからが大変だ。


 国王陛下から兄の見舞金が一時金として支給されるにしても、これから子供も生まれるのだ。

 そして今、一番のお荷物は宗祖父そうそふが残した『葡萄園』だった。


 昔、何度か遊びに行ったことがある。

 南部の広大な丘陵地で葡萄を作って、ワインを醸造じょうぞうしている。


 宗祖父は魔法師団を退任したあと、この葡萄園でのんびり老後を過ごしたらしい。


 今は人に任せているので、よく状況がわからないが、気候の変化などが重なり、不作が続いているらしい。


(一度、見に行ってみるかな。葡萄園…昔行ったときは、葡萄がたわわに|実っていていいところだったんだけどな…)


 エリオットは頭を抱えながら、会計事務所を後にした。


「今のうちにタウンハウスを処分して、補填ほてんした方が良いのではないか」

 という提案を受けた。



 エリオットは今日一日で大分だいぶいろいろなことが分かり、それが彼をとんでもない方向に後押しするきっかけとなった。


 彼は心に決めた。


『ティナと結婚して、この家をぐ』

 と。


 それが、家を守り、ティナを守り、生まれてくる子供たちを守る一番論理的ろんりてきな方法…そう思ったのだ。


 ただ、まだこのことは彼以外の誰も知らない。

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