第15話 エリオットの苦しみ

 

 エリオットは、亡くなった兄とティナの間に赤ちゃんができていたことを嬉しく思う反面、もうどうやっても手の届かないところにティナがいることにショックを受けていた。


「ひどいよ兄さん…僕からティナを奪って、その上ずっと僕を苦しめるんだ…」


 エリオットは初めて兄をうらんだ。しかもその恨む相手はもうこの世にいないのだ。


 エリオットはドノヴァンを自室に呼んで言った。


「ドノヴァン、今ティナから聞いたんだが、彼女はこの家の後継こうけいをおなかに宿しているそうだ。大事な跡取あととりりだ、良くしてやってくれ」


「はい、エリオット様、それはおめでとうございます。ディラン様もさぞ天国で喜んでおられることでしょう」


「それから、この間のエルガー叔父の書状のことだが、弁護士から連絡はあったのかな?」

「はい、翌日にはエルガー様が弁護士の事務所にいらっしゃったそうです。只今、過去の書状の写しを調査中とのことです」


「そうか、ありがとう。進展があったら教えてくれ」

「かしこまりました」


「それと…そろそろ僕はタウンハウスに戻るよ。ティナも元気になって来たことだし。あとはお前たちに任せて大丈夫だろう?」

「そ、それは…エリオット様、できればもう少し落ち着くまでいていただければ、大変心強いのですが…ご懐妊かいにんの初期は大変気持ちも不安定になると申します。そういった時に我々だけでは、なんとも…」


「そうか…」

「今回のことも、はなはだだ私どもの力不足でございますが、エリオット様がおられなければ、奥様をお救いできなかったのではないか、という気がいたします」


(うーん、そこまで言われてはね、立ち去ることはできないか…)


「それに…」

「それに?」

「申し上げにくいのですが、ディラン様亡き今は所領しょりょうの管理や、当家の運営等、やらなくてはならないことは山積み…と申しますか…」


 ドノヴァンは言葉をにごしたが、それもそうだ。


 今までは兄が屋敷や所領を引き継いでうまくやって来たが、跡取りが生まれる予定とはいえ、それまではティナかエリオットが引き継いでいくしかないのだ。


(身重で病み上がりのティナはそんなことできないだろうし、生まれたとしても子育てとか大変だろうし、結局、僕が勝手にこの家を出ていくなんて、できそうもないと言う訳だ…)


 エリオットは覚悟を決めて、ドノヴァンに言った。


「…わかった。早急にマルコム家の財務状況を把握はあくしたい。財務をてもらっている会計事務所との打ち合わせをセッティングしてもらえるかな?」

「坊っちゃま、ありがとうございます!早速手配いたします」


「あ、それはそうと、もうその坊っちゃまという呼び方はやめてくれよ。もういい大人なんだから」

「かしこまりました、エリオット様」


 気のせいか、ドノヴァンがニンマリした気がした。



 * * *



 メイドがしらのアネット・ロンド夫人は、今朝も薄暗いうちからそっと自室を抜け出し、本邸裏にある物置小屋に急ぐ。手には何やらバスケットを抱えている。


 物置小屋の鍵を鍵束の中から取り出し、鍵を開けて静かに中に入った。

 手前の背の高い道具棚の横にある木箱をどけて進むと、奥にベッドが置かれていて、その上に一人の男が眠っていた。


 主人の家系の男は遺伝的に黒髪が多いのだが、そんな中でもエルガーは異例の金髪だった。容貌ようぼうすぐれたマルコム家は皆、美男美女が多くこの男の容貌も例外ではない。


 歳を重ねて少し渋い雰囲気がかもし出されて来て、ロンド夫人はひそかにときめきを覚える。


 傍まで行って『おはよう』のキスをしようとかがみ込むと、男がうなされていることに気がついた。ひたいに汗が浮き髪が張り付いている。


(何かいやな夢でも見ているのかしら?)


「エルガー、起きて。エルガー…」


「…う、ハァ、ハァ、ハァ…」

 エルガーが額を抑えながら起き上がると、

「あ、アネットかい…」


「そうよ、どうしたの?うなされていたみたい…」

「ゆ、夢を見ていた…」

 そう言うとエルガーは怯えた様子で、ブルっと身を震わせた。


「あいつが…ディランが毎日夢に現れて、脅すんだ…」

「な、なんですって?」

「あの偽の書状のことを責めて、タウンハウスを諦めろって…」


「そんなのただの夢よ! 何言ってるの…」

「君も、私も呪い殺す…って言うんだ」


 ロンド夫人はエルガーのおびええように戸惑とまどいを感じながら、昨夜の夢を思い出していた。


 彼女の夢にも、ディランが現れたのだ。

 それは恐ろしい光景ゆめだった。顔の半分が黒く焼けただれれ、魔法師の焼け焦げたローブのそでから骨だけになった手が伸びて来て、腕をつかまれた。


「お前とエルガーのやったことはわかっている…今のうちにやめないと、二人とも呪い殺す…」

 そう言われたのだ。


 ロンド夫人は気味の悪さを覚えながらも “そんなのただの夢だわ” とばかり忘れようとしていたが、二人とも同じ夢を見るとは…


「いいえ!私たち二人の幸せのためには、あのタウンハウスが必要なのよ!

 夢なんかに邪魔させないわ。エルガー、頑張りましょう!」


 「さあ、元気になるためには食べないと! 朝食を持って来たわ」

 「ああ、アネット、君は強いね。ありがとう、食べるよ」


 その様子を部屋の梁のあたりで見ていたディランは、


(もう少し頑張らないとダメか…)


 とため息をついた。

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