第13話 墓守の老人

 

 エリオットは朝に夜に、ティナの食事の世話をした。

 ティナを自分のベッドに寝かせ、自分はカウチに丸くなって寝た。


 他の誰が何と言おうと『絶対にティナを元気にする』と心に誓って、面倒を見続けた。


 朝起きて

「おはよう」

 と言い、うっすらと開いた緑色の目にニッコリと笑いかけて、朝食を食べさせた。

 さながらヒナに餌を与える親鳥のように、根気よく少しずつ食べさせた。


 その後、あわただしく自分の食事を済ませると仕事に行く。



 王宮では『黒い森』への竜の討伐とうばつの話が進んでいた。


 みんなには悪いが、兄に次いで自分まで死ぬのは困るので、討伐隊のメンバーに入れないで欲しいと嘆願たんがんした。たとえ『腰抜け』と思われたっていい。

 今はティナを助けるのが先決だ。


 エレン団長は鼻息も荒く『絶対討伐!』と皆を鼓舞こぶしている。

 エリオットは夢の中で見た、黒竜を思い出していた。


(あの優秀な兄さんが、何の反撃もできずやられたんだ…とても討伐できるとは思えない。今思えば、兄さんが僕に伝えに来てくれたのかもしれない)


 夕方は、夕食に間に合うように急いで帰り、またティナに夕食を食べさせる。


 そんな生活が1週間ほど続いたある日、ティナがエリオットに言葉を掛けた。


「エリオット…」

「何だい、ティナ」

「…ありがとう…」

 エリオットは、その言葉に思わず胸の中に熱い思いが拡がった。


「気にするなよ。立場が逆だったら、君だって同じことをしたさ」


 ティナはふんわりと花のように微笑ほほえんだ。

 エリオットはその笑顔に胸がキュンとした。



 * * *



 ディランは『ティナを見守りたい』という、自分の我儘わがままが結局はティナ自身を苦しめ、死に近づけていたことに、激しく動揺どうようしていた。


(私はもうここにいてはいけない存在なのだ。そうだ、出て行こう)


 ディランは天井から屋根へと抜けて、屋敷を後にした。


(だが、どこへ行ったら良いのだろう?)

 光の方へ行くのが正しいのだとわかっているけれど、まだ迷っていた。


(黒竜のところ…即座に光の中へ送られてしまうだろう。そうだ、葬儀の時会ったあの老人はどうだろう?…何か困ったら来いと言ってくれたではないか?)


 そう考えたら、もう墓地に来ていた。


 墓守はかもりの小屋の前に来ると、

「どうぞ、お入りください」

 と中から声がした。

 その声にすがるような気持ちで、ドアを通り抜けて中に入る。


 初老の男はギデオンと名乗った。彼の魂の色は本当に変わっている。

 その胸の中にホワホワと輝く魂は、銀色だった。悲しみも、激しい感情の色もない純粋な銀色なのだ。


彼方あちらの世界へ行く覚悟ができましたか?」

 と聞かれ、ディランは言いよどんだ。


「…それが、まだ覚悟ができないのです」


「ほう…それでは何かお話ししたいことがあっていらしたのですね?」


「…はい。私は、黒い森の中で『黒竜』に殺されてしまったのですが、“まだ、心残りがある”と言って猶予ゆうよをもらったのです。その時に “夢の中に入る力”と “魂の色が見える力” をもらいました。その力で妻の夢の中に入り、一緒に過ごしていたのです」


「…それは大変な力を頂きましたね。それで?」


「私は妻を慰めるつもりでいたのですが、実は私が妻とまだ一緒にいたかっただけなのです…それで、気がついた時には、妻は食事もらずに衰弱すいじゃくしてしまっていて…」

「そうですか…それでこちらへ来られたのですね」


「全部、私のせいなんです。かえって妻を苦しめてしまいました…」

「それで、奥様は大丈夫なのですか?」


「今は、弟が介抱してくれています…」

「そうですか、それはお辛かったことでしょう」


 ギデオンは決してディランを責めることもなく、ただ優しく話を聞いてくれて、彼の心はだんだんと静かに落ち着いていった。


「あなたの心が決まるまで、私はお待ちしますよ。それまでこちらで過ごしていただいても構いません」


 ディランは温かい言葉に感謝して、少しゆっくり考えることにした。

 そもそも自分は、何故もう少しだけこの世界にとどまろうと思ったのだったか?


 彼は自分が亡くなった日のことを、朝までさかのぼって思い出していた。


 朝ベッドで目を覚まして、それからティナとまた抱き合って…仕事の時間ギリギリになってしまって、慌てて…


(そうだ、思い出した! ティナが『帰って来たら話したいことがある』って言ったんだった!)


 そう言えばその話をまだ聞いていない。

 あんなに何回も夢の中で会って話した気になっていたのに、肝心なことは何も聞いていない…!

 ディランは自分にあきれれながら、ギデオンに打ち明けた。


「私がこの世界に残った理由を思い出しました。すみません、もう一度行って来ます。ギデオンさん、私の話を聞いてくださってありがとうございます」


 そう伝えてディランは墓守の小屋を離れた。

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