第9話 叔父の思惑

 

 エリオットはいつもと違う朝の喧騒けんそうに目を覚ました。

 タウンハウスでは、朝早くからバタバタと起き出す人はいない。


 昨日あんなことがあったばかりなので、静かにしていたい気持ちはあったが、実際はそうはいかないようだ。親戚縁者しんせきえんじゃへ知らせたり、葬儀の準備などやることは山積みに違いない。

 エリオットはベッドの上に起き上がって周りを見渡す。


(僕が出て行った時と、何も変わっていない…)


 両親が不慮ふりょの事故で亡くなったあと、兄のディランとエリオットはこの屋敷で助け合って生きて来た。だがそれも兄が結婚して、ティナが一緒に住むようになってから、なんとなく居づらくなってタウンハウスに引っ越したのだ。


 タウンハウスは両親の持ち物で、僕らも祖父母が亡くなってこの本邸に移り住むまで住んでいた住居だったが、コンパクトな作りで、一人暮らしをするには十分すぎる広さがある。


 起き上がって着替え始めると、執事のドノヴァンが迎えに来た。


「おはようございます。坊っちゃま、大変申し訳ございません。…どこで聞きつけたのか、叔父君おじぎみのエルガー様が、朝早くからお越しで、エリオット坊っちゃまに一言お悔やみを申し上げたいと、お待ちでございます」


(叔父のエルガーが、こんなに早く?)


「わかった、すぐ行く」


 先日も兄に、『タウンハウスを狙ってエルガー叔父さんがやって来た。お前も気を付けろよ』と言われたのだった。

 この軽薄な遊び人の叔父は、よく我が家にやって来ては隙を見ていろいろな物をかすめ取っていく、油断のならない男なのだ。

 ただ愛想だけはいいので、みんな丸め込まれてしまう。


 急いで支度をして、応接間に行くと叔父は盛んにくしゃみをしていた。


 我が家の猫マーリンが、叔父の足許あしもとをするするとさわりながら、歩き回っている。


(グッジョブ、マーリン!)


 心の中で親指を立てる。エルガーは猫アレルギーなのだ。


 ちょっと笑いそうになるが、そこはぐっと表情を引き締めて、

「これは、叔父上殿。こんな早い時間にお越し頂かなくても、よろしかったのですが…」


 エリオットが皮肉を込めて言うと、

「ヒックション!な、何を言っているんだいエリオット!…クション、可愛いおい非業ひごうの最後をげたと聞いて、…クション、放っておけるわけがないだろう?」


「まだディランのことは、家族以外当事者しか知らない話です。叔父上はどなたから聞かれたのですか?」


「それはその…クション、わ、私はこう見えても王室関係に知り合いが多くてね…クション、それで知ったのだよ。あまりにも悲しくて、朝食を食べるのも忘れて…クション、来てしまった」


 早くも朝食の催促さいそくか…と思いながらも、執事に頼むことにした。


「そうですか、それはどうも。ドノヴァン、叔父上の朝食も用意してあげてくれるかい?」


「かしこまりました、坊っちゃま」


 足元をうろついていたマーリンが、エルガーの足で爪研ぎを始めた。


 爪で、バリバリバリッとすねを上から下へがれて、エルガーが悲鳴を上げた。

「なんだ、この猫!ギャーッ!…ファッ、ファックション!」


 マーリンが爪を立てたまま、エルガーのあしにぶら下がったので、たまらずエルガーが叫ぶ。


「だ、誰か、この猫を外に出してくれっ!ぶわっクション!」


 慌ててメイド頭のロンド夫人がマーリンを捕まえようとするが、マーリンはヒラリヒラリと身を交わして逃げて行く。



 ディランはこの様子を部屋の上空から見下ろしていた。


 他でもない彼が猫のマーリンをこの部屋に呼んだのだ。


 エルガー叔父が早い時間にあの安宿を引き払って来るのを見ていた。

 酒の匂いを魔法で消し、一張羅いっちょうらを着て寝るのも惜しんでやって来たのだ。


 部屋の中を見渡して、皆の様子を探る。使用人たちの魂の色も少し落ち着いて来たようだ。薄いブルーの中にグリーンの部分が多くなって来ている。


 それと対照的なのが、この叔父のエルガーの色だ。どす黒い中に濃い紫や、黄色が混じって来て気色が悪い。同じようにメイド頭のロンド夫人の色も、赤色が混じった紫で、嫌な感じだ。


 弟のエリオットは色はブルーのままだが、少しグリーンが混じって来るようになっている。賢い子だから、状況を判断して今は感情を出さないようしているのだろう。



「エリオット、優しい兄君を亡くされてさぞかし心細いであろう。ぜひ、このエルガーに力にならせてくれ!君と奥方の心がえるまで、ここに留まって私が支えになろう」


 エルガーが猫撫ねこなで声で歩み寄って来て、エリオットの心の中で警報が鳴った。


「叔父上、お心遣いありがとうございます。ですが、そこまでしていただかなくとも結構です。葬儀が終わるまでなら滞在していただいて構いませんが、それまでで充分です」


 そう言い切って、エリオットはドノヴァンにエルガーのための客室の用意を頼んだ。


「エリオット様、お食事の後、王宮からの使者が参ります。その後、葬儀の打ち合わせでございます」


 ドノヴァンが着々と次の手筈を伝えてくれる。


「わかった。それから親戚・縁者への一報はこれからか?」

「はい。書状はすでに準備しておりますので、これから順次発送いたします」

「ありがとう。しばらく大変だと思うがお前が頼りだ。頼んだぞ」


 エリオットは用意された朝食を取りながら、これからのことを考えていく。

「ドノヴァン、奥方の様子はどうだ?」


 ティーカップにお茶を注ぎながら、ドノヴァンが答える。

「次女のメイがついておりますが、もう少しお時間が掛かるかと…」

「…そうだよな…」


 朝食を口に運びながら、ティナのことを思いため息をついた。


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