第10話 葬儀

 

 まさか自分の葬儀を見ることになろうとは、思ってもいなかった。


 一週間後、ディランの葬儀は粛々しゅくしゅくと行われた。


 国王陛下が私の死を悼み、国葬としてくれたお陰で葬儀はとても派手派手しいものになってしまった。


 とは言っても、遺体は全部黒焦げになってしまったので棺桶の中はほぼ空っぽで、棺を運ぶ正装した騎士の列だけが華々しく周りを取り囲んでいる。

 大聖堂で祈りを捧げられ、墓地まで列をなして運ばれた棺は、我が家の墓地まで運ばれ、魔法師団の礼砲れいほうで締めくくられた。


 礼砲を指揮した王室付き魔法師団のエレン団長は、墓の前で『必ずや憎き竜を倒す』という宣誓せんせい朗々ろうろうと述べた。


 ディランは自分の棺が静かに墓穴に降ろされ、土に埋もれて行くのを見ていた。


(うーん、あっけないものだな、人の一生など…)


 妙な感慨かんがいふけっている。


 友人、知人、今まで会ったことのない親戚、私の知らない人たちまでやって来て、私の死を悲しむ。私のことを話し、死んだ理由が謎なことなど、噂話に尾鰭おひれがついてまことしやかにささやかれる。



 墓地の上空に浮かんでいると、時々黒いたましいかたまりが寄って来る。これまでも外で浮遊していると時々出会うことがあるのだが、総じてそれらの魂は暗い色だ。


 話しかけてもまともな返事が返って来ることが無いことから、これが黒竜の言っていた『悪霊あくりょう』かと思う。


(自分もこうなってしまうのか…?)

 と、そら恐ろしいものを感じるが、今は夢の中でティナの支えになってやれることだけが『生き甲斐?』いや『死に甲斐』になっている。


 ディランは死んでから、度々ティナの夢の中で彼女との甘い逢瀬おうせを楽しんでいる。


 何故かわからないが、夢の中では生きていた時のように体の感覚があるのだ。


 今まで忙しくてできなかった彼女とのデートも、想像するだけで一瞬でできてしまうので楽しい。

 昨夜も一面の花畑の中でピクニックをした。ティナの嬉しそうな笑顔が見れて、その後も花畑の中で睦み合ったのだった。



 * * *



「ディラン、今日も来てくれたのね」


「今日は君をピクニックに連れて行きたくてね」

「ディラン、嬉しい!」


 足元に一面の花畑が広がり、その上を爽やかな春の風が駆け抜けて行く。


「ティナは田舎に行きたがっていただろう?」

「…忘れないでいてくれたのね。ありがとう」


 花畑の向こうには草原が広がり、なだらかな丘陵は緑におおわれている。


 花の絨毯の上にブルーのクロスを広げる。

 二人で寝っ転がっても充分な広さだ。


「忙しくしてばかりいて、なかなか連れて来ることができなくて、ごめん」

「いいのよ、気にしないで」

 ティナはそう言ってにっこりと笑う。花が咲いたような美しい微笑みだった。


 二人でクロスの上に横並びに座ると、ディランは持っていたバスケットの中から包みを取り出す。


「君の好きなベイカー街のパン屋から、クイニーアマンを買って来た」

「ありがとう!早速いただくわ」


 ティナが大好物の甘い菓子パンをもくもくと頬張ほおばるさまを見て、ディランも幸せな気持ちになった。


「はい、ディランも」

 ティナがパンを一口ちぎって、ディランの口の前に差し出す。


 餌付けされるようにそれをパクッと手から食べると、甘さが口の中に広がった。


「ふふっ」

 ティナが笑う。


「なに?」

「あなたが可愛くって…」


(こんな、自分より大きな年上の男を捕まえて、可愛いって…ちょっと照れる…ああ、こんな何気ない時間を、もっともっとたくさんティナと過ごしたかったな…)


 ティナの手がディランの方に伸びて来て、その白い指先が彼の唇に触れる。

 熱い眼差しが注がれて、胸が熱くなった。


「お砂糖、ついてるから取ってあげる」


 そう言うと、ティナの唇がディランの唇に重なり、小さな舌がペロリとめ取った。


 そのままティナがの躰が重なって来て、ディランは仰向けに倒れる。


 ティナの柔らかい躰が、ディランの硬い胸板に乗って体温が伝わって来る。


「君の躰は気持ちがいいな…」

「あなたもよ、ディラン」


 ゆっくりと口付けを交わしていく。


「私の躰のどこが好き?」

「え?どこかな…全部…」


「君は?」

「私も全部…」


「ずるいぞ、言って」

「ここが好き…」


 そう言うと。彼女はディランの胸から鎖骨を触った。

「この盛り上がった胸の筋肉から鎖骨のライン…」


「へぇ?」


 生きている時には交わすことのなかった、そんなたわいのない会話を夢の中で交わしていた。



 * * *



 葬儀が終わると、人々は三々五々散会して行く。


 涙をぬぐっている喪服のティナを、エリオットが抱えるように支えて立ち去ると、墓地の中は静寂が訪れた。


 ふとそこに、帽子を被った一人の老人が立っているのに気がついた。

 一体いつからいたのだろうか?

 その様子が普通の人間と違う気がして、ディランは近づいて行った。


 するといきなり、

「あなたはなぜ、この世に留まっておられるのかな?」

 と話しかけられた。


「私が見えるのですか?」

 老人は頷いて、

「まだ、人の心を持っておられるようだが、どうなさいました?」

 そう問われて、不思議と話してみようという気持ちになった。


「…実は、妻を一人残して死んでしまいまして。心配で逝けないのです」


「…そうですか、それは心残りですね。何か、お助けしましょうか?」


「…あなたは、生きている人間なのですか?何故、そんなことを言ってくださるのでしょう?」

「私はここで墓守をしています。死者の声を聞くことができます」


「そうですか。そんな方がいらっしゃるのですね、知りませんでした」

「私は、迷う死者の方を彼方あちらの世界へ導くお手伝いをしております。よろしかったら、あなたも送って差し上げますよ」


「ありがとうございます。行かなければいけないのはわかっているのですが、もう少し、もう少しだけ見守りたいのです」


 帽子の老人はにっこり笑うと、

「わかりました。もし、何か困ったことが起きましたら、私にご相談ください。お力になります」

 と、温かい言葉をかけてくれた。


「ありがとう、いつかお世話になるかもしれません」

「私はそこの墓守の小屋にいますので、またいつでもお越しくださいね」

 ニコニコと微笑ほほえんで言ってくれて、嬉しくなった。


 ディランは、

(わかっている、わかってはいるのだが…)

 どうにも妻が恋しくて離れがたいのだ。


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