【あらすじ】

あらすじ

 Q大学の女子大学生コンパルは鋭敏な嗅覚を持ち、においに何よりも惹きつけられる。彼女は茶房カフカで四十半ばの店主ヤマシロセイジと出会う。彼のにおいに魅了され、恋人になりたいと望むようになるが、そんな彼女にヤマシロが告げたのはポリアモリストであるということ。彼にはヨシアキとトキワというふたりの恋人がいた。ヤマシロは美しい手に強い執着を見せる。ヨシアキやトキワと同じくヤマシロを引き付ける手を持つコンパルは彼の三人目の「土曜日の恋人」となった。


 コンパルは研究テーマの都合上、A大学で化学系の卒業研究を行っている。分析装置を保守しているのは冬の陽だまりのような若々しいにおいのスオウという四十前の技官だった。卓越した技術で装置のメンテナンスをするスオウは実験器具を自作するためのガラス細工の腕も持っていた。興味を持ったコンパルの求めに応じ、その技術を伝授する。装置のメンテナンスやガラス細工を通じて親交を深めるコンパルとスオウ、ある日彼女は彼の名字がヨシアキ、つまり、彼はヤマシロの金曜日の恋人であることを知る。


 「金曜日の恋人」であるヨシアキは、ヤマシロとは二十年来の付き合いで、彼にポリアモラスとバイセクシュアルを自覚させるきっかけとなった男性である。ヨシアキは中学二年生のときに姉のアカネの恋人としてヤマシロに出会い、低く美しい声に恋に落ちた。ポリアモリーという関係性を受け入れたヨシアキと受け入れられない姉。結果的にヨシアキは姉から恋人を奪うことになった。


 トキワは「水曜日の恋人」であり、ピアニストである。何より大事な道具である「手」を理解し、このうえなく愛してくれるヤマシロを独占し、自分の音楽を追求し続ける礎としたがっている。しかしヨシアキはヤマシロを諦める気配がない。あまつさえ、付き合いはじめて五年目には三人目の恋人、コンパルが現れ、トキワの焦りは募る。


 ヨシアキはヤマシロとトキワの関係がぎくしゃくし始めたことを知る。ふたりの仲が気になるヨシアキはコンパルを誘ってトキワのコンサートに行った。トキワの演奏は素晴らしく、ヤナーチェクのピアノ曲の陰鬱さがコンパルの心に残った。

 コンサートのあとヨシアキとコンパルが喫茶店で昼食を食べていると、偶然トキワがやって来た。トキワはコンパルを相手にせず、一度だけ会ったことのあるヨシアキに何をしに来たのかと突っかかる。コーヒーを一杯飲む間だけ、演奏についてそれぞれが思うことを語り、トキワは立ち去る。これが三人の恋人たちの最初で最後の語らいとなった。


 トキワはヤマシロのもとから去り、ヤマシロは沈み込む。そんな彼を慰めたいと思うコンパルは、割りふられた曜日以外の曜日にみんなで会えないのかと問うが、ヤマシロはこれまでの規範を破ることに難色を示す。コンパルはヤマシロの家で自分の衣装ケースにトキワのラペルピンが放り込まれているのを見つけ、トキワのヤマシロに対する執着が今でも続いていることを感じる。


 そんなある日、ガラス細工をしていたコンパルが右手に大怪我を負った。ヨシアキは、一人で生活できない彼女をしばらく泊まらせるようヤマシロに頼みこみ、自分も泊まり込んで彼女の面倒をみる。結果的に、三人は自分たちの規範を少しずつ変化させていくが、それがこれまで築いてきたものを崩壊させるわけではないとヤマシロも徐々に理解しはじめる。かたやポリアモリーに対する社会の理解はまだ進んでいないとヨシアキに告げられたコンパルは自分たちの関係の行く末にかすかな不安を感じ始める。


 友人の山吹美瑠がトキワたちとコンサートを行うことを知ったコンパルはコンサートを聞きに行く。トキワはステージから一瞬だけコンパルを見て、その周囲に目を揺らす。その仕草にトキワのヤマシロに対する執念をはっきりと悟る。トキワの強烈なまなざしにたじろぎつつも、底知れぬ暗い情熱をコンパルは美しいと感じ、引き付けられる。遠くない将来トキワが自分たち三人の間にもたらすであろう波乱の気配に、コンパルは不安と期待を抱く。

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茶房カフカ 佐藤宇佳子 @satoukako

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