第9話 このゲーム
《ロスト・ダークス》
この世界には四つの大陸、五つの海で生命が息づき、また、未踏の闇も渦巻いていた。
世界には幾多の神が在り、魔が在り、獣が在り、ヒトが在った。
ヒトは知恵と欲とをもって、闇と争った。
それは終わりのない戦だった。
その争いがいつ始まったのか、それを知る者がいなくなったとき。
ヒトは争うことを止めた。
ただ闇の在ることを隠した。
故に闇は失われ、ヒトの時代が始まった。
ヒトは信仰する。大地を、蒼海を、天空を。
光芒を、宵闇を。
また幾年。幾世紀が経ち。
失われた闇―ロスト・ダークスを巡る争いが始まろうとしていた。
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革の椅子に乗っていた人物が、ゆっくりとその椅子をこちらに回転させた。
「・・・ってところかな」
その人物は青年とは決して言えない。眼鏡の幼い少年だった。
タビトがいる。白く光り輝くその空間は際限なく広く感じられ、どこまでも高い本棚が無数に、延々と並び続いていた。
その中心に革の椅子。オフィスデスク。その上に薄いノートパソコンが一つ。
「・・・」
おれはリアクションに困った。
「このゲームのイントロデュースさ。ようやくオープニングが終わったというところかな」
「・・・!?」
「数十年も前に発売されたPCゲーム。販売本数も不明なほどマイナーで実際のゲーム内容を知っている者はいない」
「実のところ、今諳んじたイントロも想像にすぎないんでね。アメリカのチームが想像を働かせたんだ」
「・・・君は一体・・・?おれはさっきまで戦ってて・・・」
「まあまあ落ち着いてくれ。まずはボクの名前から・・・ターナー・ロスチャイルド。君と同じゲームのプレイヤーの一人だよ」
「ターナー・ロスチャイルド・・・」
「よろしく」
握手をした。ターナーの手は小さく、彼が自分より幼い子供だということがやはりはっきりとわかる。中学生か、小学校高学年ほど幼いかもしれない。
「君が助けてくれたのか?」
「ターナーと呼んでくれ。まあ・・・そうなんだけど。もとはといえばボクのせいなんだ。ソーリー」
「どういうこと・・・?」
「君を試そうと思って、初狩りのやつらをけしかけたのはボクなんだ」
ターナーはあっけらかんとした表情で言った。
「君がチュートリアルで運悪くトラップルームに踏み込んだところから見ていたんだ。そこでレアクラスを倒すもんだから、素質があると思ってついつい。その中にガイセイが絡んできたのはイレギュラー。それどころかユニークのエネミーが現れるのはもっとイレギュラーだった。でも面白かったよ。さすがレアビギナーだ」
「!!!・・・な・・・!」
人狼・・・コモンではなかった。との戦いの直後に襲撃されたのは偶然ではなかった。様々な新情報に戸惑う同時に、この少年。ターナーの掌の上の出来事だったことにタビトは憤りを感じずにはいられなかった。
「・・・だけど・・・やっぱり助けてくれたのもターナーなんだろう」
しかし、怒りやショックよりも今は安堵の気持ちが大きかった。
死にさえしなければいいことを、おれは強く実感している。そこで気付いたが、先ほどの戦いでの負傷がなくなっていた。
「!」
今度はおれの言葉にターナーが驚く番だった。おれの推論は、現在おれがここにいるという事実で簡単に推理できるものだったが、ターナーは強い言葉をかけられなかったことに驚いていた。
「お詫びに色々と教えてくれるんだろ?ターナー」
「・・・イエス。ボクは君の敵じゃない」
ターナーは自分の頬をかりかりと掻きながら照れくさそうに答えた。
「ハイ、これ」
「うん?」
ターナーは小冊子のようなものをテーブルの引き出しから取り出し、こちらに手渡す。
小冊子には《LOST・DARKS(仮)取扱説明書》と中心に書かれ、ファンタジーにあるよな城の絵、暗い空が描かれている。
「これは?」
「書いてあるとおり、このゲームの説明書さ。色々情報がまとめられているんだ。・・・まあこれはボクのチームが勝手に作ったヤツなんだけどね。最近のゲームにはないでしょ?なんだか寂しいよね」
「・・・ありがとう」
(最近のゲームはって、子どもだから最近もなにもないと思うけど)
「ボクは生粋のゲームマニアなんだ」
ターナーはおれの心を見透かしたようにそう言った。
「じゃあ、今日のところはそれでも読んで休んだらどうかな?タビトの部屋を用意しておいたんだ」
ターナーがそういって手を上げると、無数にあった本棚が滑らかに動き、左側に道となるスペースをつくりだした。
ターナーは少年だが、何か底知れない能力を持っている。タビトはその思いを再認識した。
「じゃあ、お言葉に甘えて休ませてもらうよ」
勿論まだ色々と聞きたいことがあったが、精神的疲労は限界だった。
本棚の空いたスペースに歩みを進めると先に扉があるのが見えた。扉の横には人が立っている。
「グッドナイト。タビト」
後ろからターナーに声をかけられる。おれは右手を上げて振り向かずに「おやすみ」と応えた。
「・・・君の賢明な選択を待っているよ」
ターナーは小さい声で呟いた。
扉の前までくると、その横に立っていた人物の様相が分かった。背の高いスラっとした女性だ。
女性はピタッとした黒と白のライダースーツのようなものを着ており、顔の鼻から上、目の部分を黒い布で隠している。布には一つ目のマークがついていた。これで前が見えているのだろうか。高校生のおれには目に毒な恰好だと言える。
「・・・」
彼女は何も言わず、おれはなんだか気まずくなっていた。
「入らないんですか」
その女性のほうがこの状況に耐えかねて声を発することになってしまった。
「あ・・・入ります」
「部屋の中に、マスターからのプレゼントもございます。謝罪の意を込めたものだと」
扉のノブに手をかけたとき、またその女性から声をかけられたので、びくっとした。
そのときの「マスター」という言葉、声からこの女性が最後に助けてくれた人物だと気付いた。
「わかりました・・・あと、ありがとうございます。あのとき助けてくれたの、あなたですよね」
「マスターの命ですので」
彼女は淡々と言った。「それと、なにかあったら私にお申し付けください」
「わかりました。じゃあ、おやすみなさい」
そう言って、そのままおれは部屋に入った。
バタン、と扉を閉めると整然とした部屋の内装が目に入った。
ベットに、机に、一人掛けのソファ。そして・・・
「報酬ボックス?」
ホームで一度見た外装と同じ箱だった。おそらく自分のホームと同じようなものなのだろう。
そこで、先ほど外に立っていた女性の言っていた「マスターからのプレゼント」という言葉を思い出した。この中に入っているのだろう。
おれは何の気なしにその箱を開けてみる。最初に手に入れた防具や武器が入っているのだと。
「なんだ、お酒・・・」
しかし予想外中に入っていたのは、ワインのボトルようなもの。中に赤い液体が入っているのが見える。ただ、ボトルの半分にも全く届かないようなコップ一杯程度の量しかはいっていない。
「おれ、未成年なんだけどな・・・」
(でも、プレゼントとはどういうことだろう)
なにか意味があるものなのだろう。この世界のことだから、パワーアップ効果がある飲み物なのかもしれない。未成年にこだわる必要は・・・あるか。
そんなことを考えつつ、そのワインボトルの蓋・・・コルクに手をかけると簡単に外れた。
そのとき、おれはその液体の異常さに気が付いた。
「うっ・・・・!!」
その生臭さに反射的に顔をそらす。
この世界にやってきてから初めて嗅いだ匂い。この世界にやってきてから何度も嗅いだ匂い。
(これは・・・血だ・・・)
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