第4話 スキル
はあっ はぁっ
草葉を踏みつけながらがむしゃらに走った。バチバチと音がする。
すぐ上の葉を雨粒がすごい勢いで叩いているのがわかった。足が疲れ立ち止まり、握りしめていた手がはなれていないことを確認した。
「ユウアさん、大丈夫ですか」
「はい。タビトさんも・・・」二人はびしょ濡れで、息切れのなか会話をする。
「トシマさんは・・・」ふと口にしてしまう。自分たちが走ってきた方向をみる。
もし、トシマさんがやられていたのなら・・・この先、いつヤツが襲い掛かってくるかわからない。おれたち二人だけで、もうヤツに抗うことはできない。
なすすべもなく引き裂かれるだけだ。イザキのように、ホウジのように、ドウマエのように、ハチダのように。そして・・・トシマのように。
そう想像せずにはいられない。
オオオオオオッ!!!もう何度も聞いたこの雄叫び。すぐに先ほどの想定は現実になっていた。
トシマさんは、やられた。先ほどまで会話をしていた彼は、もういない。
現実味がないのがむしろ現実的であり、身体中が鳥肌で震えあがる。蒸し暑さはもはやなく、全身がひどく冷たい。
「タビトさん」ふと声をかけられる。真剣なまなざしに向き合う。つないだ手に彼女のもう一つの手が触れる。彼女の両手がおれの手をぎゅっと握りしめる。
「生き残りましょう、二人で」出会ってからの短い時間で、彼女に励まされるのは二度目だ。強く、こちらの手を握りしめられたおれの手は彼女から熱をもらう。熱をとりもどす。生き残るという意思が。
「はい、必ず」やっと声をだすことができた。おれは、必ず彼女と生き残る。
考える。考える。考える。生き残るための方法を。
いつ敵が迫ってくるかわからない極限状態で、タビトは頭をフル回転させる。
生き残るための手がかりを探す。幸い、まだ敵が近づいてる気配はしない。雨は激しく、足跡や匂い、こちらのだす音はかき消されているようだ。こちらがへたに動かなければしばらくは気付かれなさそうだ。
敵の草をかき分ける音にだけ気を付ける。木の枝をつかった移動、捜索も考え、上部から、大きな葉っぱでちょうど死角になっている場所の下に行く。
生き残るための方法。何度考えをめぐらしても、その答えは一つしか浮かばない。それは、ヤツー【人狼】を倒すしかないということだ。
それだけが、このふざけたゲームをクリアする。この場から脱出する唯一の方法だ。
「ゲーム・・・」タビトはこの戦いに巻き込まれることになった前提部分に目を向けることにした。そう、おれはゲームに巻き込まれた。最初に三つの選択肢から自分の職業を選ぶことになった。部屋で合流したユウアさんたちも何らかの職業に就いて、なんらかのスキルを発動して戦っていた。
今がどんなにリアルな状況であっても、現実に死が迫ってきていたとしても、現実離れした存在は、ヤツだけじゃない。
これは一方的にゾンビやサメや恐竜に襲われ、犠牲になるだけのパニックゲームじゃない。おれだって勿論。当たり前じゃないことができるはずなんだ。
――【亡骸喰い】。それがおれの選んだ職業だ。
イザキやホウジも知らなかったこの職業。今のいままで忘れていたこの職業。
最初の部屋では役立たず扱いされ、今も自分自身、何ができるかわからない。
それでも今はこの職業に、現状を打破する何かがあると信じるしかない。
けれども、どうやって。
おれにはなにもできないのか・・・?
「ユウアさん、もう一度おれに《読み取り》を使うことができますか?」
ダメもとで頼んでみる。おれの職業でできることが新しく知れるかもしれない。
「《読み取り》・・・ですか?」
「・・・お願いします。」
(なんでもいい。なんでもいいから、少しのチャンスが欲しい。このままなにもできずに死ぬわけには・・・いかない!)
「わかりました・・・《読み取り》」彼女は再びおれの手をつかんで目を瞑る。
「・・・どうですか?」
「職業、【亡骸喰い】と頭の中に文字が浮かびますね、最初の部屋と同じで・・・」
「そうですか・・・」
(職業、【亡骸喰い】。それだけか・・・?)
絶望的な感覚に陥った直後、おれはふと気づいた。
「最初の部屋では、スキルもないって言ってましたよね・・・」
「あ、はい。あのときはスキルも確認できたんですけど確かになんででしょう」
「もしかして・・・最初の部屋からイザキさんたちに【職業】と【スキル】を調べるように言われたんじゃないですか?」
そうおれが言うと、ユウアはハッとした顔をする。
「確かに・・・そう言われました」
「なるほど・・・そういうことか」
つまりどういうことかというと、《
例えば、【職業】や《スキル》。敵の「強さ」。それぞれの情報量はバラバラなのだ。どうしてこのバラつきがうまれるのか。その疑問が頭のなかに浮かんだ。
(知りたいと思った情報しか得ることができない)
それは知ろうと思ったことしか知ることができないが裏を返せば知りたいと思ったことなら本人の思っている以上の情報を得られるかもしれない可能性を示唆していた。
「ユウアさん。おれのプレイヤーとしての能力、情報をすべて得るつもりで・・・もう
これ以上ない真剣なまなざしでユウアと目を合わせる。
「絶対に生き残るための情報が・・・あるはずです!」
この言葉はおれの精いっぱいの強がりだ。
「もちろんです・・・生き残りましょう!」
ユウアは、先ほどから握りしめた手をそのままに、おれと向かい合いながら目を瞑った。
つぶやく。
「《読み取り》」
これが現状を打破できる。ヤツを倒すことができる一番大きな可能性の一つだ。おれの【亡骸喰い】が、プレイヤーとしての何らかの可能性がどこかに。小さくてもいい。どこかに残っていないのか。
一分ほど時間が経った・・・情報量の違いで時間がちがうのかもしれない。
だとしたらそれは、おれの推論が当たっている可能性がある。
(頼む・・・)
ユウアが目をそっとあける・・・
おれはごくり、と息をのむ。
ユウアは最初、一瞬神妙な顔をしたが、すぐにかるい笑顔をタビトに向けた。
「す、すごいです。色々な情報が見れたんですけど・・・タビトさん。スキル《地奔り》《錬気》《土生龍剣》・・・三つもスキルがでてました!」
「スキル・・・三つ・・・!?」
どういうことだろう。最初の部屋でスキルはないと確認されたはずなのに、現在は三つのスキルを持っているらしい。なにか敵を倒したりしたわけじゃない。にも関わらずスキルを覚えていたとは。だからスキルを改めて確認することをしなかったが、嬉しい誤算に違いなかった。
「もう一度、スキルの名前をお願いします」
「まだ頭の中に浮かんでます・・・《地奔り》《錬気》《土生龍剣》の三つですね」
「《地奔り》、《錬気》、《土生龍剣》・・・」
一つずつ、しっかりとそのスキルの名前を口にだす。スキルを発動していた全員に共通していたのは「スキル名を叫ぶこと」。スキル名はきちんと覚えておかなければならない。
「タビトさん、自分のもっているスキルなら頭の中でスキル効果を確認できますよ」
「スキル効果を・・・わかりました」
たった今教えてもらったスキル名の効果を確認するよう、頭で考えてみる・・・
すると、ごく自然にそのスキルの効果・説明が頭の中に入り込み、目の前に情報が出現する。
(これは・・・)
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●《地奔り》 必要条件:特になし
スキル内容:地を這う衝撃が対象を抉る。大地を信仰せし兵の初歩技。
●《錬気》 必要条件:特になし
スキル内容:讃えし対象に祈りを捧げ、時限的にその力の一部を彼の肉体に宿らす。敬虔な信仰者たちの日常であり、習慣でもある。この世界で信仰すべきもの。それは大地・蒼海・天空である。
●《土生龍剣》 必要条件:剣所持・《錬気》使用時
スキル内容:大地に棲まう土龍を剣に宿した一振り。大地の信仰者、その中位の者が為せる技。大地の末席なる土龍。末席であっても、精霊は精霊であるが故に尋常なる人間とは位が異なる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これがスキル・・・!
スキルの一つ一つに目を通す。初歩技と書いている《地奔り》。《錬気》は身体能力がパワーアップする技。そして最も目を引く・・・《土生龍剣》。これだけスキル発動に条件が書いている。剣を持っていること、そして《錬気》を使用していることの二つ。制限や条件が存在するということは、その難易度にふさわしい強力な効果があるのか。
考えないといけない。この三つのスキルでヤツを・・・人狼を倒す作戦を。
ふと横をみると、ユウアも腕を組んでなにかじっくりと考え事をしているようだ。
「ユウアさんは、なにを考えているんですか?」
「あ、いえ・・・なんでもないんです」
「・・・?」
「あ、そういえば!《読み取り》で得られた情報なんですけど、職業名とスキル、あとレートっていう数字が1000と、職業値が1って出てたんですけど・・・なんですかね」
なにかユウアが話をそらそうとしている感覚がしたが、おれはその時とくに言うことはなかった。今大事なのは、この状況を生き残ることだ。
「いえ!そんな全然大丈夫です!・・・レートとか職業値というのは、経験値的なところですかね」
そのときふと強い風が吹き、ガサガサと木々が揺れる。その感覚でタビトは現実を再認識した。
「・・・まだ、あいつの気配はしないですね」
雨は未だザアザアと降り止まない。木々の葉が雨脚抑えてくれているが全身はさらにずぶ濡れていくばかりだった。
タビトは自身のスキルの効果について説明して、ユウアと話しあう。
生き残るために・・・知恵を振り絞ろう。
「おれたちには時間がありません。この雨のなかで長時間休憩したとしても実際の体力は限りなく低くなっています」
「はい。なので次に人狼と出会ったときには逃げることもできない・・・」
「そうです。戦うしかない」
もう、逃げるという選択肢はない。逃げられないというほうが正しい。
「人狼。ヤツとどう戦うか考えましょう」
「イザキさんもホウジさんも戦う間もなく・・・一瞬でやられてしまいました」
そう、イザキとホウジは戦う間もなくやられてしまった。口喧嘩の隙に。でも・・・
「多分。イザキ・ホウジさんはあの人狼より、強いはずです」
「やられてしまったのにですか・・・?」
「はい。互いが正々堂々と、一対一で闘ったとしたらイザキさんもホウジさんも一人で勝てたんじゃないでしょうか。でも、奇襲されたから負けてしまった」
そう。戦闘タイプでないトシマさんが奇襲といえど一対一であれだけ人狼を攻め立てることができたんだ。おそらく、あの時もう一人でも戦闘タイプがいたのなら・・・勝てたのではないか。
「私たちも正面で戦えば・・・勝てるでしょうか?」
「いえ、それはおそらく無理です」
「そんな・・・」
しばらく考え、そこでタビトの頭に考えが浮かぶ。
「そうだ。正面で戦うのは無理です。だから・・・おれたちもヤツに奇襲をかけるんです」
「奇襲・・・!」
「はい、今からおれの作戦を伝えます」
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