第3話 分断、トシマの戦い

お、終わった・・・


「《堅守ブロックシールド》!!」

飛んでくるイザキの顔の軌道が少しだけずれる。直撃は免れたが、タビトの左顔面、頬と口元に強烈な痛みを与える。


タビトはその勢いで仰向けに倒れた。痛い。


「大丈夫か!」

オレに手を伸ばしたのは、トシマ。


「ユウアも!オレの後ろに、速く!」

「はい!」ユウアが駆け寄る。


手を握って立ち上がる。意識を持ってかれずにすんだのは幸いだった。


人狼がいたところを見る。


「うおおおっ《断撃》!」

ハチダが剣を掲げて人狼に振りかかる。人狼は右手に持っていた長剣でそれを防いだ。


「おらぁっ!《迅斬》!」

ハチダと向かい合う人狼の隙をついてドウジマが両手でもっていた斧で薙ぎ払う。人狼はスッと飛び上がり、太い木の一本の枝に左手をかけてぶら下がる。


「いける!イザキもホウジも隙をつかれただけだ!こいつはコモンだ!いける!」

自らを励ますためかハチダが叫ぶ。


「サカウエ!いつも通り中距離武器で頼む!」ドウマエが後ろにむかって言う。


返事はない。


「・・・サカウエ?」

サカウエはすでにその場にはいなかった。


「くそっ!あいつ、一人で逃げやがった」


ドウマエは次にトシマとおれ、ユウアの三人を見やる。


「お前らも行け!どうせ戦えねぇだろ!」


「すまん・・・行くぞ、二人とも!すぐそばで離れるな!」


来た道に戻るように駆けだす。人狼は枝をつかんでぶらさがったまま、彼らの様子を不気味に眺めていた。


ふーっとドウマエが息を吐く。ハチダも人狼から目を離さない。人狼は手を離す。二人は身構えるが、人狼は二人に目もくれずにすばやく森のなかにはいっていった。


「逃げた・・・のか?」


森のなか、器用にかけていくバンダナを巻いた男はサカウエだ。


「はぁっはぁっ無理だ。リーダーの二人がやられちゃあもうおしまいだ」


「うぉッ!」すごい勢いで倒れて顔面をうつ。


カランッカランッ「この音はなんだ?」


「まさか・・・うぐッ」

首筋に鋭いものが食い込んでいた。


ゴッボボ・・・ちくしょう・・・


二人は背中を合わせて武器を構え話をする。イザキもホウジももういないが、おれらだってそれなりに修羅場を乗り越えてきたはずだろ?なあ。


ハチダはドウマエに声をかける。


「ああ、やるしかねぇ・・・やるしかねぇんだ」ガサリと茂みがゆれる。二人に緊張が走る。何かが飛んでくる。


「ただの小石だっ!」


「こいつおちょくってんのか・・・」


何度も石や木の棒が投げ込まれ、二人はイライラする。それと同時にじわりじわりと体力が削られているのがわかった。体力を削るのが敵の作戦か?


「ここに張り付いてたら終わりだ・・・前に出る!」


「行くぞッ」「おう!」「《断撃》!」「《迅斬》!」


出だしが明らかに遅いことに、二人は自分で気づいていた。

いつまにか大小の石が地面に敷かれていたのに気づかず、そのひとつに躓いていた。

なによりも大事なのは精神状態だ。人狼の爪の餌食となり、二人は鮮血のなかで地に付した。


タビト・ユウア・トシマの三人は来た道を引き返す。


「いいんですか、この開けた道を戻って!敵から丸見えなんじゃ・・・」


「いや、今は森の方が危ないはずだ。敵に森にはいったところを見られていちゃ意味がない。」


「そっか、すぐに追いかけてきたとしたら・・・大体の位置は知られちゃってますもんね・・・。」


「よし、そろそろ森に入ってとにかく身を隠そう。」


「この木陰がいいだろう。奥に入りすぎてもまずい。かろうじて小道がみえる位置にいたほうがいい。」


「トシマさん、さっきはありがとうございます。」

「ああ、まあおれにできるのはあれぐらいだからな。レアの部屋に当たるまでは、前線でも仲間を守っていたんだがな・・・」


「ハチダさん、ドウマエさんは無事でしょうか。わからないが、そう願うしかない。」

「イザキとホウジがやられ、サカウエは逃げちまったし一人であの類の敵を相手にするタイプじゃない。もうおれたちの中、あの二人以外に戦闘タイプはいないから。二人がやられたらもう、詰みだ。」


「グルウルルウルルオオオオォォォッ!!!」

雄叫びが聞こえ、森全体が震えているかのように思えた。途端に鼓動が早くなる。

おれはいまだに状況についていけない。指示に従うだけでいっぱいいっぱいだ。

当たり前だ。オレはほんの一時間前までは家で寝ていただけの高校生だ。無理だ。無理に決まっている。震えが止まらない。


現実感がない、顔はズキズキと痛む。おれはなぜこんなところで泥にまみれているのだろうか?人が死ぬ。おそらくこれは何度も生き返られるような世界じゃない。


いやだ。目をつぶっても暗闇のなかに先ほどのイザキの顔が浮かんでくる。


生気のない目でこちらを見る。


戦えよ・・・お前が・・・オレは死にたくなかった・・・オレの代わりにお前が・・・


なぜかお腹部がひどく熱い。その熱が身体全体に広がっていく感覚がする。


いやだ・・・いやだ・・・


そのときおれの手に何かが触れる。誰かの手だ。おれより小さい。目を開ける。ユウアがこちらを見ている。おれの手を握っているのは彼女だ。おれに目を合わせてうなずく。おれを励まそうとしてくれている。


「大丈夫です。大丈夫。」


なにも大丈夫ではないはずだった。彼女はおれより一回だけ多く敵を経験しただけだ。それに、おれより年が低く見える。女の子なんだ。おれの手を握る彼女の手はおれと同様に震えていることに気づく。


「ありがとうございます」

そう呟いて彼女の手を握り返す。信じられないほど理不尽な状況だがとにかく、彼女以上に心を強く保っていたい。それだけが今の目標だ。


「ヤツだ・・・」トシマが顔を少しあげて言う。


ハチダとドウマエはやられた。少し顔を上げて、少し月明かりの射している道の方。トシマの視線を追ってみる。シルエットのように二足で立ちキョロキョロと回りをみる狼頭は、イザキとホウジを襲ったヤツにちがいなかった。


そして、いまはハチダ、ドウマエも殺したヤツ。少しの光のなかで、人狼はその大きな左手に二人分の頭部を持っている。最初にイザキの頭部をそうしたように。


戦利品のつもりか、相手の恐怖をあおるためか。鼓動がまた早くなる。

「まずい、俺たちが分け入った痕がバレた」


やはり甘かったかイザキとホウジがやられた時点で、すでに詰んでいたのだろうか。

逃げ回ることしかできない時点で、森に入るという選択肢をとらざるを得なかった時点で、遅かれ早かれ全員やられるしかなかったのか。


突然トシマが言う。「新人、名前は?」


「え・・・イ、イセタビトです。」

動揺しながら答える。


「タビト、ユウアも聞いてなかったが年は二人ともいくつなんだ?」

「え?」

「何歳だ?」


「おれは・・・17才です」

「私は16才です」


「二人とも高校生か、おれもこの見た目で大学生、20代なんだが。」


確かに、おれは彼を一目見たときに30にとどくかどうかという印象があった。

「巻き込まれたのは半年前くらい。大学生活がこんなになるなんて思ってもいなかったよ」


「・・・」

何も声をかけることができない。


「おれが一番の先輩だ。おれが前に出るから、お前らは逃げろ」「え・・・」


「勘違いすんな。負けるつもりはねぇ、おれだって前線で戦ってたんだ。レアの敵とだって戦った」人


狼がこちらに茂みの方向。森のなかに一歩を踏み入れてくる。


「まかせろ。おれがヤツに攻撃したら走って逃げろ。すぐにな。」

トシマはごくりと息をのむ。覚悟をすでに決めている。


!!


こちらに向かって人狼は首を二つとも乱雑に投げつけてきた。ゴロゴロと、三人のすぐそばに投げられたモノが転がっていく。背筋が凍りつく。恐怖が身体のなかで暴れる。いや、まだ気づいてない。首を投げ入れた先の反応をじっとうかがっている。


・・・。


心臓の音だけがバクバクと響く。人狼はこちらに歩を進めはじめた。近くに誰もいないと判断したのだろうか。背の高い草を分けてどんどん近づいてくる。首を拾いに来ているのだろうか。


あと数歩で、気づかれる・・・数歩で・・・。もう・・・


「うおおおおお!!!」

気づかれるであろうその直前。トシマが盾を構えながら人狼の正面斜め下方から突進する。

人狼はやはりこちらに気づいておらず。驚いてのけぞる。盾の前面が人狼の胸から顎まで押し付けられ、衝突する。


「《牙城ウルブスシールド》!!」トシマがそう叫ぶと、彼が構える盾は青白いオーラをまとう。そして青白いオーラはその形を棘のようなものに変えた。


オーラの棘は人狼の分厚い身体に突き刺さり、食い込む。


グオオッルオッ!!

人狼は叫びをあげ、手に持っていた長剣が地面に落ちた。


「行け!お前ら!」

トシマと人狼に見入ってしまったのがハッと我に返る。


「でも、このまま倒せるんじゃ・・・」「早く!ここにいても足手まといだ!」


その言葉に気圧された。「タビトさん、行きましょう!」

ユウアがこちらの腕をつかみ、引っ張る。真剣なユウアの顔に目を合わせてうなずく。

最後にトシマの背中をみる。


(トシマさん・・・)

「行け!・・・あきらめるな!」その言葉を合図に二人は森に駆けだした。


トシマは盾で狼をはじき飛ばす。

「来いよクソオオカミ!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

二人は・・・無事に逃げたか。


盾の向こう。すぐそばの人狼が口を開けて血の混じった唾液を垂らす。「はあっはあっはあっ」

グルウルウルルグッ


「うおっ!」足が土に滑る。いつの間にか雨が降り始めていたようだ。


狼がさらに前のめりに盾に覆いかぶさり、その顔がすぐ自分の顔の近くにある。

やっぱり、決め手が欠けている。


「倒しきることは、できないか・・・はあ・・・はあ・・・」

腕に力が入らなくなってきたのは、脇腹がズキズキと痛むからだ。盾の右と左、両側から長い腕が周り込み、トシマの脇腹に大きな爪が食い込んでいた。押し込まれていくたびに、その爪は深くなる。


「う・・・ぐ・・・」苦痛に顔がゆがむ。汗がぶわっと全身からでる。


「はあ・・・はあ・・・」カッコつけたのは、失敗だったかな・・・おれは・・・あの、絶望に包まれた敵を思い出す。四人しか生き残れなかったあの戦いを・・・おれの恋人も死んだ。あの戦いを。


グルルル、グルァ


は・・・あ・・・意識が薄れる。爪は深くなる。脇腹から背中のほうへさらに伸びる。身体に亀裂が入る。やっとおれも。そっちに・・・トシマの脳裏だけ、笑顔の女性がフッと浮かびあがり、意識と同時に暗闇へ吸い込まれた。


ぬかるんだ地面に盾が沈み込み、人狼だけがその場に立ち残っていた。

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