第12話 〈盗賊ギルド〉と〈鋼の山羊〉

どこかの地下室。後ろ手を縄で縛られ、荒々しく椅子に座らされる。

武器やお金の入った袋は店の裏路地で取り上げられてしまっていた。


「ダイ爺。どんなもんだ?」

「結構持ってるみてぇだな。この剣もなかなか良さそうだ・・・変な紙と地図は捨てるぞい」

幾人かいる男の一人、老人が鑑定するように言う。


「おい、サダ」

「ヘイ」


リーダーらしき男の一言で、待ってましたといわんばかりにガタイのいい男が近づいてくる。

「オラぁ!!」


「ぐあっ!」

理由なく、何発かパンチを入れられる。


「見ねぇ顔だな。酒場で情報収集か?単独か?バックに誰かいるんじゃねぇだろうな?」

先ず痛めつけてから交渉するのがやり方らしい。


「い、ない・・」


「・・・おらぁ!」

何度目か男の大きな拳が腹に、顔面に突き刺さる。

「うぐッ!」


また数発殴られ口から血がでる。鈍い痛みもある。しかしタビトは先ほどからこの状況で不思議な感覚に陥っていた。恐怖心が少ない。心拍数も落ち着いて、頭の中はクリアに澄み渡っている。


連行されるときにも、実はそういう感覚だった。酒場(そこにいる人々)に危害が加えられないように言われるがままについてきていたが。


「おれ・・・数日も経ってないのに、やっぱりこのゲームに慣れちゃったのか・・・」


「あ?」


「「お前ら、殺す気でやってないだろ?」」

おれは顔をあげ、ガタイのいい、サダと呼ばれる男とその取り巻きに目を向ける。

このとき自分から発せられたどす黒いオーラに、今は自分自身気付いていた。


「ひぇ!!」

「こ、こいつ!」

「へぇ・・・」


「サダ。もうやめだ」

最初に指示をだしていた人一倍背が高く人相が悪い男が声をあげる。サダもでかいが、それ以上にでかい。どちらかというと縦に長く、スタイルのいい男だ。


「アニキィ」

取り巻きとサダをどかせ、眼前へ出てくる。傷だらけの顔。


「なんつーか普通の雰囲気じゃねぇみてぇだな。お前・・・か?」

・・・?」

その単語には聞き覚えがあった。目が覚めた部屋で、そんな言葉を聞いた気がする。

しかし、呪いとはなんなのかわからなかった。


「アニキ、鋼のヤツらが嗅ぎつけてきてますぜ!!」

どたどたと足音が聞こえ、扉が開かれると同時に下っ端が叫んだ。


「・・・今日のところはここまでか」


「こいつは置いていく。ずらかるぞ」


「へい!」


「またな」

アニキと呼ばれていた男は最後にニヤリとこちらに笑いかけ、男たちは出ていった。


・ ・ ・


「・・・おーい」

少し経ったのか、おれは目を瞑って待っていた。


「おい、アンタ大丈夫か?」

「・・・え?」

「そんな状況でよく眠れますね」

棘のある言葉だ。

「・・・あなたたちは?」


「この街の自警団〈鋼の山羊アイアン・ゴート〉のリュウノスケっていうんや」腕の縄をほどく男は、見た目若い赤髪の短髪。気の良さそうな言葉遣いをする。


「同じく、イェン」

もう一人、背の低い小さな少女も黒髪短髪で、目つきは悪い。今はリュウノスケにすべてまかせて退屈そうに立っていた。

「おれはタビトです」


「タビトか。よっし、ほどけた。新人やろうに災難やったな~・・・」

「そこまでダメージもなさそうだけどな」


「じゃ、ついてこい。暴れるんやないで」


「え?・・・」

またどこかに連れていかれるようだ。


〈BAR capes〉

どこかでピアノが静かな曲を奏でている。聞いたことがあるような曲だ。


どこかの暗い路地の扉を開け、そのまま下へ続く階段を降り、一本道の廊下を歩いていた。両側には扉がいくつかあり、中から人の気配がした。廊下は磨かれた石で清潔感があり、掃除が行き届いている。


「もうすぐつくでぇタビトくん」

「・・・もう捕まるのはいやだよ」

そう言うと、背の低いイェンがぎろりとこちらを睨みつける。


もうしばらく歩くと、行き止まり両開きの扉の前に着く。扉は分厚く、山羊の紋が付いていた。

「おーい、はいるでー」

リュウノスケはコンコンとノックし、返事を待たずにほぼ同時に扉を開けた。


「・・・相変わらず返答を待たないな。リュウノスケ」

「だ、団長!!もういらっしゃったんで!」

そう言って出迎えたのは、いかにも歴戦の戦士のような見た目をした壮年の紳士だ。お酒が入っているであろうグラスを片手にもってカラカラと揺らしている。


白髪交じりの茶髪をオールバックにして、目立つのは額の大きな痣だが、雰囲気からは清潔感と気品も感じられた。


「〈鋼の山羊〉団長のスミスという」

スミスは中心の大きな二つの長方形の机の真ん中を歩き、グラスを持っていないほうの手で握手を求める。部屋のなかには今はいってきたタビトたち三人とスミス以外にも数人いて、その様子をじっとみていた。


「タビトです。助けてくれてありがとうございます」

握手に応じながら言う。スミスの手は大きく、かさかさと傷の痕が多くあるのがわかる。


「災難だったようだな。奴らはこの街の盗賊ギルド・・・新人や実力のないプレイヤーを狙って襲う」そう言うとグイッと酒を飲む。


「盗賊ギルド・・・」

そう言われて、生活のためにもらったお金とマント。〈夢幻の骨剣〉が奪われていたことを思いだす。


「命があるだけいいだろう」スミスはタビトに対してそう前置きして言葉を続ける。

「盗賊職、盗賊志望のプレイヤーたちが組んでチームを作っている。リーダーは相当用心深く、その姿を知る者はギルドのごく一部だ」


「なるほど、リーダーっぽい顔が傷だらけの若い男はいました」

「・・・ヤガという男だ。幹部の一人でリーダーの懐刀」


(幹部・・・そうだったのか)


「危なかったんやで、アンタ」

リュウノスケは付け加える。


「フッ、君はこの街がの都市だということを知ってやってきたのかな?」

言葉の度に少しづつグラスに口をつけるのが、スミスの癖らしい。


「空白の・・・都市」

おれは酒場で聞いた会話の内容を思い出した。空白という単語には危険な意味合いがある。


「やはり何も知らなかったみたいだな・・・うむ?」

スミスはそう言いながら、グラスが空になったことに気付いた。


「タビトくん。詳しい話は上にいってしようか」

「団長!」

「構うまい。上には表向きにやっているバーがあるんだ。少しくらいガヤガヤとしていたほうがタビトくんも落ち着くだろう」


バーのカウンター席。現実世界でみたことあるようなバーそのものだ。近くにピアノがあり、淡々と哀しい雰囲気の曲が演奏されている。階下で聞こえた音だ。


「プレイヤーになる以前にも私はバーを経営していてね、こちらでも作ってしまったよ。タビトくんは、学生だったのかな?」

スミスは「いつもの」と言ってバーテンダーからお酒の入ったグラスを受け取っていた。


「高校生でした」

そう答えたタイミングで、「ノンアルコールだよ」とタビトの前にも飲み物が置かれる。


「若いな。突然この世界にやってきて驚いただろう。どうやってチュートリアルで生還することができたんだ?」


「・・・」

おれはあの人狼との戦いを、ホームでの襲撃を思い出した。


「まあ、思い出したくないのなら答えなくてもいいが」


スミスさんの丁寧、親切な問いに、おれはすぐ返答することができない。

「どうした?」


「・・・スミスさん。探り合いはやめましょう」

なんでだろう。おれはスミスたち〈鋼の山羊〉が何の理由もなく自分を助けたとは思うことができなかった。


親切だけで他のプレイヤーを助け、ただお酒の場で交流を深める。そういうプレイヤーもいないことはないのだろう。しかし、スミスの雰囲気から、彼がそんな気まぐれ、親切だけで行動するようなタイプではないことをタビトは感じていた。


常に何らかの思惑をもって行動している。

今、彼は暗におれの情報ー職業やスキルを探ろうとしているのではないか。


利用できるかどうか。数日のうちにプレイヤーたちの行動原理、考え方が染みついていた。


「・・・!!」

タビトのその言葉に動揺したのか、スミスの手の持っていたグラスが揺れ、カランと音がした。


「ふ、さすがに大人気なかったか。君を初心者。それ以上に子供だと見くびっていたことを詫びよう」スミスの目つきが、子どもをなだめるようなものからスッと真剣なものに変わる。


「ならば、対等に情報交換といこう」


「君が応じてくれれば、私たち〈鋼の山羊〉が持っている情報を教えよう。この空白の都市のことであったり、世界のことであったりね」

「それって・・・」


「君にとって多少有利な条件ではある。私たちは君から力づくで情報を奪ってもいいのだから」

ぞくっとした。


「そうしないのにも理由がある。その理由は情報交換に応じてくれれば教えるが・・・」

「応じなかったら」


「君がそうするとは思わないが・・・勿論解放するさ」

「・・・分かりました。情報交換しましょう」

「ふっ、交渉成立だな・・・改めて【流餓りゅうが狩人かりびと】スミスだ」

スミスはそういうと手に持ったグラスを乾杯させようとこちらにかざす。


「【亡骸喰い】タビトです」

おれは自分のグラスをそのグラスにぶつけた。


十分後・・・


「わはははははは!!タビト君!なかなかいけるじゃないか!!」

「スミスさん・・・おいしいですね!これ!」

おれはそれまでの話(ターナーとやり取りをなんとか除いた)をして、スミスと肩を組んで談笑していた。


「団長、またやってるでぇ・・・」「はぁ・・・」

遠巻きで見ていたリュウノスケ、イェンは呆れ顔だ。


「タビト君。最初にも伝えたがこの都市は危険だぞ・・・あらゆるプレイヤー勢力が狙っているんだからな。しかし今はどの勢力下にもなっていない」


「だから空白の都市・・・」

「その通り。だが結果的にどの勢力も拮抗していてこの都市は平和を保っているともいえる。バランス・オブ・パワーというやつだな」

それぞれの勢力がこの都市の支配を狙っている。そのなかの一つの組織が手を出せば他の組織が結託してその組織を攻撃する。結果的にどの組織も手をだすことができない。


の都市という言葉の意味が分かった。ターナーがそんな都市におれを送りだしたのは、闘技場での特訓以上の狙いがあるのか。


「まあこれもプレイヤー間では有名だが、カルカトリヤを狙っている勢力は四つといわれている。

・米国出身者が多い正統派の攻略チーム《グリーン・フラッグ》。

・この世界最大の構成員をもつ勢力。《京龍けいりゅう》。

・全く謎に包まれた組織だが、要所要所でその所属プレイヤーが姿を現す《Q-Zキューゼット

・命知らずでクレイジーなプレイヤーのみで構成されている《ガイセイ》」


「《ガイセイ》・・・」

やはりその単語にひっかかった。【蛇龍騎士】オズマはその構成員だ。


それに反応してスミスが言葉を続ける。

「《ガイセイ》。積極的に外国地の征服を狙う凶悪なプレイヤー集団だ。セントスタでは日本人プレイヤーが多く、彼らから見た外国人の征服部隊という意味合いでガイセイと呼ばれ始めたらしいな」


オズマとの出会い、戦いを思い出す。戦闘能力もそうだが、その戦闘狂のようなスタイルは確かに狂っていた。人の命を命とも思わない。そんな考えのプレイヤーが集まった組織ガイセイ


もし、ガイセイがこの都市を攻めてきたとしたら、ヤツは・・・オズマは来るのだろうか。

さすがに身震いしてしまう。特訓をしたとしてもオズマに勝てるかどうかは全く自信がない。今の自分には想像ができない。


考え込んでいるタビトを見て、スミスは話を変える。

「そして本題に入るとだな・・・私たちは仲間を求めている」


「仲間・・・」


「〈鋼の山羊〉のメンバーは今は三十にも満たない・・・それぞれがこのカルカトリヤに縁を持ち、大切に思っている」

スミスがこの都市に店をもっているように、出会ったリュウノスケやイェンもこの都市で愛着を持っているのだろう。酒場の賑わいもそれが故だろう。


「・・・おそらく、近いうちにこの都市は戦場になる。京龍か、ガイセイか、他にもあげた組織か。そのプレイヤーたちの殺し合いになるだろう。どれだけの犠牲者がでるか」


「!!・・・なんでそんなことに」


「その一番の原因は「王職」の存在だ」


「「王職」・・・?」


「プレイヤーがそれぞれ持っている職業。そのなかでも特殊な条件を満たすことによって就くことになる強力無比な職業だ。この世界で生きていくうえで相当なメリットを得られる。カルカトリヤはその「王職」を得られる条件を満たすことができる都市なのだ」


「「王職」を得る条件・・・」


「すべての条件を知っているわけではないが、条件の一つには「カルカトリヤの王職プレイヤーが現存しないこと」。がある。つまり、一つの王職には一人しか就くことができないという条件。その条件を満たせるようになったらしい・・・ということだ」


「つまり・・・今までカルカトリヤで「王職」に就いていたプレイヤーが」


「死んだ・・・。詳細はわからないがな」


「・・・」


「〈鋼の山羊〉は、自警団としてその戦闘からこの都市を守りたいのだ。そのためにとにかく、今は少しでも仲間を増やすべき時期だと考えている。だから他のプレイヤーを無下に力で抑え込むことはしない・・・そんなやり方ではガイセイと変わらないからな」


「どうだ?お前には特にデメリットはないはずだが」


この都市を守るために組織に入る・・・そう思う人がいるのはそうだろう。ここには生きた人々、店があり、それなりに平和な日常が送られているのだ。

「でも・・・うーん。おれ、闘技場行かないとなんで・・・」

酔っているからだろう。ケロッとした顔をしてそう答える自分がいた。


おれの第一の目的。まずはそれからだ。というより、すでにかなり酔っぱらった頭で深く考えることができないのだ。そんな状態で大きな判断はできなそうだ。


「あ、そ、そうか。思い直したらここにいるから考えておいてくれ」

スミスは目をまん丸にして驚いた顔をしていた。


「ん、じゃあ・・・」

おれはフラフラとした足取りでそのバーを出ていく。


「また会おう。【亡骸喰い】タビトくん・・・」

スミスはグラスをこちらにかかげて小さな声で言った。


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