第2章 空白の都市篇
第11話 南の都市カルカトリヤ
四大陸が一つ、セントスタ大陸。
〈南の都市カルカトリヤ〉ー通称、空白の都市にタビトはやってきていた。
都の北には巨大な城。東には円形の闘技場が聳え立ち、それぞれ城下町を見下ろしている。
入口から城へと続く中央の街道には出店が立ち並び、多くのプレイヤーたちで賑わっていた。
その光景は完全にファンタジーな世界観。ただ、どこか錆びれた暗い雰囲気がある。城も闘技場も、どの建物も、建てられてから長い時間が経過してるように見える。そしてプレイヤーの表情も時折暗い。
それがこの世界の切実な現状を示している気がした。
・・・プレイヤーたちは都市に集いなんとか正気を保とうとしているのかもしれない。
おれは黒装束のマントを外し、「初級旅人の装い」という装備の無地の茶色のマントに付け替えていた。あの骸骨の装備は街では目立ちすぎてしまう。
「桃だよなこれ・・・美味しそうだ」
そしてタビトは出店の一つの果物売り場を覗いていた。果物は現実世界にあった種類。マンゴー、パイナップル、バナナ。そのものだが、大きさや鮮やかさがなぜか現実世界のそれと全く異なって見えた。
命がけの世界では一食一食があまりにも大事なのだから仕方ない。
「これ、ください」
「はいよ!50サビ!」
おれは腰につけた袋から10サビ硬貨を五枚とりだし、渡した。おれがもっているこの世界の通貨「サビ」は、当分困らないくらいにターナーからもらった。
男勝りな様子の女性店主=ヨリンと呼ばれていた。はごそごそと硬貨をしまって、「ほらよ」という感じでおれにその果物を投げ渡した。
「ありがとうございます」
そう言いながらおれは、その店主をじっとみてしまっていた。
褐色肌の彼女は「NPC」=ノン・プレイアブル・キャラクターだ。
店主はおれたち「プレイヤー」と外見上の違いはない。しかしこのゲーム上のコンピューター・・・ゲーム内の売買施設などのサービス、進行のために生み出された存在で、このような大きな都市には配置されているらしい。これはターナーの情報だ。というか、これからおれがやろうとすることは大体ターナーの入れ知恵になってしまう。
「《読み取り》は無闇にプレイヤーに使ってはいけない。読み取られた側はそれに気づくからね。すでに敵対したプレイヤーやクリーチャー。無害そうなNPCだけに使うといい」
ターナーの言葉だ。
彼らNPCはこの世界で生まれ、元の世界なんて存在しない。しかし、彼らも死んでしまうのだろうか。死んでしまったらどうなるのだろう。
街の中で活気よく動いている彼女をみると、そんな思いを抱いた。
果物にかじりつきながら、おれはこの街にやってきた理由を思い出す。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
おれはターナーにもう一つの椅子を用意してもらって座りながら話していた。
すでにある程度のゲームの指南を受けてから、話は「攻略」に関することにうつっていた。
「現在、攻略の進行度は概ね25パーセント。これでも頑張った方さ。今すぐにでも君にもその攻略のためのお手伝い、もとい指示をだしたいところだけど・・・」
ターナーがいつもの調子でいう。
「なんだよ」
「正直、君はまだまだ弱すぎる」
「・・・はっきり言ってくれる」
「【
「まあ・・・おれは初心者だよ。特別格闘技とかそんなのやってないし」
おれの戦いをみていたっていうところは、ターナーの能力の一つらしい。
「イエス。君にやってもらいたいことは二つ。①基礎的な戦闘力の向上。これは能力的に格下の相手に確実に負けないために有効だ。強力な能力をもっていながら単純な力の差や奇襲に対応できずにやられないようにする。②ゲーム理解を深める。職業やスキルの相性、クリーチャーの対処法。これらを学べば突発的な戦闘での選択肢が増えるし、そこで格上相手にも勝機が増える」
ターナーは指折りながら説明する。
「・・・で、おれはどうしたらいいんだ」
ターナーの言うことはもっともで、司令官的な頼もしさを感じた。
「その二つの目的達成にふさわしい場所がある・・・」
ニヤリとターナーは笑って続ける。
「〈空白の都市カルカトリヤ・剣の闘技場〉さ」
パチン、とターナーは指をならすと。おれの身体はこのカルカトリヤの街を見下ろす丘でエグゼと共にいた。エグゼはおれに数泊分の生活費に入った革の袋と、目立つマントの替えを渡してきた。
「「ヒントは自分で掴むこと。それがゲームプレイヤーのお決まりさ」・・・マスターのお言葉です。・・・「そのうち迎えに行くよ、あと、ボクのことは内密に」とも」
「・・・そうですか」(それくらい直接言ってくれ・・・)
おれの不満げな言葉を聞くと、エグゼは「《
(なんでもありだな)
自分自身で考えて経験を積んでいかなければ、結局力はつかない。そう言いたいのだろう。おれは丘をゆっくりと下って都市に足を踏み入れた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うん?なんだ、これ・・・」
おれは果物を買うためにつかった革の袋のなか、硬貨に埋もれて折りたたまれた二つの紙切れの存在に気付いた。
〈街でヒントを得るためには、酒場にいくのが鉄則だ〉と書かれた紙と、簡単な都市の地図だ。
(はあ・・・)
ターナーのゲーマー的な思考なのだろう。どうしてこうも回りくどいのか。闘技場に直行するのをやめて、ターナーの助言に従うことにした。
〈酒場 鉄火場の山羊亭〉
中央街道から少しそれた路地の一角、カルカトリヤ最大の酒場がそこにあった。
ガヤガヤと賑わいのある酒場は、路地に面して外まで椅子がでている。
おれは人混みをおして中にはいり、偶然空いていた小さなテーブル席に腰を下ろした。
(まだ昼間かっていう時間なのに、人が多いな)
「へい!もっと酒を持ってこ~い!」
「またあのクリーチャー。やってらんねぇぜ、まったく・・・」
「嬢ちゃん~」
「いつになったらレートが上がるのやら、そろそろ危険なダンジョンに行かなきゃなのか・・・」
あちこちから大きな声が飛び交う。その内容に集中すると騒がしい店内でも案外聞きとれるようだ。こういうところで会話を聞いたり、交流を深めたりして情報を得ろと。
(さすがにこの世界に慣れたプレイヤーが多そうだが、「攻略」に前向きな声は聞こえてこない。それは同時に危険が伴う行為だと考えると理解はできる)
誰かに話かける勇気もなく。そうして耳をすましていると・・・
「お客さん?ご注文はありますか?」という女性の声が背中側から聞こえた。
「冷やかしは困りますよ」
そう言われて店員とみられる人に顔をむけると、その顔に衝撃を受けた。
・・・!!?
「ユ、ユウアさん・・・?」
そう、その顔は確かにユウアに見えた。
「?」
おれのリアクションに反応はなく、クエスチョンマークを頭の上に浮かべている様子だ。
しかし、おれの顔をじーっとのぞき込んでくる。
顔が、顔が近い・・・!!?
「お客さん・・・」
「あ、は・・・はい」
「お客さん。子どもじゃないですよね?」
「!!」
そう言われて、不意に顔をそらす。(た、確かに・・・)
「・・・一番弱いお酒、ください」
顔をそむけたまま言う。頼むだけ頼まないと不審に思われるのは当たり前だ。
「う~ん・・・一番弱いやつね!」
そう言って、ユウアに似た彼女はガヤガヤとした酒場のカウンターへ帰っていった。
(瓜二つだ)
こちらの世界にやってきてから出会った数少ない人の内の一人。それも・・・おれの心に強く残っている人。その彼女にそっくりな顔だ。
ただ、性格は少し気が強かったように思う。いや、おれは彼女の性格を全部知っているわけではないが。
頭のなかでぐるぐると考えが巡っていたが、テーブルにお酒が置かれた音に中断される。
「アップル酒・・・」
店員はユウアさん似の人ではなく、マッチョな身体を見せつけるような恰好のちょび髭のおじさんだった。
「ありがとうございます」
おれは顔をみられないように返事をする。彼が去ったあと、きょろきょろと周りを見てみたが、ユウア似の彼女は今店内には見当たらなかった。
(いや・・・そんな目的できたんじゃないぞ)
頭をぶんぶんと回して自分に喝を入れる。
(今は情報収集が大事・・・それは命に直結することだ)
ちょびっと飲み物に口をつけて、おれは聞き耳を立てることに集中した。
「【アメーバ・ドロリ】なんて何体狩ったってレートが1もあがりゃしねぇよ」
「コモンとかいくら格下相手にしても無駄だぜ・・・せいぜい同等以上じゃないと。闘技場でもいったらどうだ?」
「いつも教会に祈りにいってるよ、酒を飲んでるときと祈りを捧げてるときだけが気が紛れる」
「こんな危険な空白の都から離れればいいじゃない、あらゆる勢力から狙われてるのよ」
「いや、逆にそれがいいんだ。一勢力が攻め入ったら他の勢力が協力してそいつをつぶすだろ?」
(・・・)
おれは頭の中になんとか色々な情報を詰め込む。レートを上げなきゃいけない理由があり、闘技場にレートを上げる方法がある。ターナーには闘技場に行くようにもともと言われていたから、どちらにしろいかないと。
そして、ターナーが意味深に付け加えていた空白という単語。それはこの都にいるプレイヤーにとっては周知のことらしい。それも決していい意味ではない。
(ターナー・・・絶対になにかたくらんでるな)
おれをこの都に送り出したのは、単に闘技場で力をつけさせることだけが目的ではないのだろう。悪い予感がする。
「おい、外でろ」
ふと、背後から声をかけられる。
「見ねぇ顔。酒場でそんな聞き耳立ててたらまるわかりだぜ?」
二人組の男だ。
「この店でことを荒げたくねぇんだ。わかったか?」
「・・・わかった」
おれは立ち上がり、その二人組につられて外にでることになった。
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