第10話『あぁ。と思う』
俺は飛行機を降りて、久しぶりに降り立った母国の風を感じて遠くの空を見た。
ここは何も変わらない。
それが嬉しくもあり、どこか悲しくもあった。
そして荷物を持ちながらターミナルを歩いていると、どこから嗅ぎつけたのかテレビ局の人間が俺を見つけて駆け寄ってきた。
面倒だな。
「今回の帰国にはどの様な目的があるのでしょうか!?」
「大野選手!!」
大騒ぎでカメラを回す人々に、煩わしさを感じながら、加奈子を先に向かわせて良かったと少し安堵する。
しかし俺は単独でこれから逃げる必要がある訳で。
さて、どうしたものかなと考えていると携帯が着信を知らせて震えた。
「もしもし」
『あーもしもし? 今テレビ見てたら着いたみたいだからさ。迎えに行こうかと思うんだけど。どこに行けば良い?』
「あぁ、助かる。場所はそうだな。第二駐車場に」
『分かった。じゃあ、晄弘。また後で』
「あぁ、またな光佑」
俺は携帯を切り、懐に入れながら走る準備をする。
すぐ近くには群衆が迫りつつあったが、まだ囲まれていない状況なら振り切れる。
「光佑とは、まさか立花光佑さんの事ですか!?」
「もしや今回の帰国には彼も関係しているのでしょうか!?」
「大野選手!」
俺は勢いよく走りながら、彼らを振り切って第二駐車場へと急いだ。
場所はバレているだろうから、追ってくる奴らは居るだろうけど。追いつけない程に早く走ればいい。
そして俺は風の様に走り抜け。ちょうど到着した光佑の車に飛び乗った。
「おかえり晄弘」
「ただいま光佑」
「いらっしゃい」
「おぉ、妹Aも居たのか」
「妹Aじゃなくて、陽菜ね! 陽菜ちゃん!」
「はいはい。陽菜ちゃんね」
「じゃあ出すぞ」
助手席から顔を出してきた煩い方の妹に適当に挨拶をしながら俺は走っていく母国の風景を見ていた。
そして、相変わらず話し出すと止まらない煩い方の妹Aに話しかける。
「そういえば、大事な用ってのは何なんだ?」
「あぁ、それ? まぁ言っても良いけどぉー。どうしようかなぁー」
「光佑。教えてくれないか」
「野球を。やろうって話になったんだよ。それで晄弘も呼んだんだ」
「ほぅ。俺をわざわざ呼ぶって事は面白い相手なんだろうな」
「世界一の投手様が満足できる相手だよ」
「なら、期待している」
俺は椅子に深く座り込みながら、また景色を眺める。
その後、案内されたホテルで加奈子とも合流し、ゆっくりと休むのだった。
そして翌日の夕方。
俺は加奈子と共にまた車に乗せられ、地元の近くにある小さな球場へ来ていた。
学生時代に使っていた様なこじんまりとしたものだ。
その場所にどこか懐かしさを覚えながらも、既に集まっている選手の元へ向かってゆく。
「来たみたいですね!! 大野晄弘!!」
「佐々木和樹か」
「そう。この僕! 天才佐々木和樹! 今日は貴方に敗北を届けに来ましたよ!」
「他も、プロが続々と。今日はどういう集まりなんだ?」
「無視するな!!」
「あぁ、今日のメンバーは全員陽菜ちゃんのファンさ」
「『ヒナちゃんねる』の企画だからな」
「なるほどな。佐々木もか?」
「いえ。僕は立花先輩に呼ばれたので、来ました! ていうか、貴方もそうでしょ!」
「まぁな」
想像していたよりも面白そうなチームに少しワクワクとしながら俺は準備を始める。
しかし、ここで一つ忘れ物に気づき、それを尋ねた。
「そういえば、チームはどうなるんだ?」
「あー。チームか。陽菜ちゃーん!」
「はいはーい。なんでしょうか!」
「チーム分けはどうすれば良い? 適当か?」
「あー、いえ。そうですねぇ。とりあえず好きな人と組んでください。決めきれない人は適当にこっちで分けます」
「了解だ」
まぁお遊び試合ならそんな物か。
しかし、条件は同じなのだ。どの様な試合であったとしても負けるわけにはいかない。
そしていざ、チームを決めようかという所で、わざわざ設置されていた大型モニターの電源が入り、例の煩い妹Aと光佑がやっている番組が映った。
さらに大音量で煩い妹の声が響き渡る。
『はい。こんばんは! 今日は特別企画!! 野球大会ダー!』
【うぉおぉおおお!!】
【要望を送り続けた甲斐があったぞー!!】
画面の端に流れているデカデカした文字を軽く目で追いながら、光佑も大変な事をしているなと思わず笑みがこぼれる。
そしてどうやらこの場所の事は映像で全世界に流れているらしい。
ならば、余計に情けない所は見せられないだろう。
「どうやら配信が始まったようですね。ではまずチーム決めといきましょうか。幸い、ここには本職の投手が二人。さぁ、どうやら貴方とはまた戦う宿命のようだ!! 大野晄弘!」
「その様だな」
「では皆さん。まずは希望制といきましょうか。この天才佐々木と、大野晄弘。どちらとチームを組みたいですか!?」
「……」
とりあえず佐々木が進行してくれるようだし。俺は黙って状況を待つ。
しかし、どうやら事態は佐々木が思っている様には進まないらしく、多くの人間が俺の近くに集まっていた。
【佐々木の人望が】
【そらメジャー級投手と比べたらね】
【同じチームになると煩そうだしな】
「やかましいぞコメント! ま、まぁ、良いでしょう。こちらは既に秘密兵器を手にしていますからね!」
「秘密兵器?」
自信満々に胸を張りながらそう言う佐々木に疑問を零すと、佐々木は本当に嬉しそうに衝撃を放った。
「僕の打席は全てこの人が代わりに打ちます。紹介しましょう! 世界最強のバッター!! 立花光佑先輩だー!」
「紹介が恥ずかしいな。和樹。それに世界最強は言い過ぎだよ」
光佑がライトアップされたバッターボックスに現れた瞬間、コメントが加速し、俺たちの周りが沸いた。
それはそうだろう。
みんな知っているのだ。中学・高校時代とは言え、光佑が成し遂げた偉業を。
「立花が入るなら、佐々木のチームに入るか。やかましそうだけど」
「多分立花が抑えてくれるだろ。やかましいだろうけど」
「なんなんですか。さっきから! やかましいやかましいと!! 失礼な人たちだなぁ!」
俺は真っすぐにバッターボックスからこちらに歩いてくる光佑を見据えた。
そして右手を強く握りしめる。
「という事だ。悪いな。晄弘」
「構わないさ。ところで二回戦目もあるのか?」
「それは、まぁ時間次第かな。まぁ、もしそうなったら、三打席くらいだが、俺がキャッチャーをやるよ」
「願ってもない」
俺たちはそれ以上言葉を交わすこともなく、それぞれのチームへと別れて行った。
いつかの時の様に。
かつては俺たちの道を決定的に分けてしまったものだったが、今日は違う。
ここで、俺たちの道は再び交わって、また共に歩んでゆくのだ。
それぞれが目指した道の果てに向かって。
「さ。出番だ。メジャーリーグで鍛えた腕、見せてもらおうか」
「あぁ」
俺はマウンドへ上がり、バッターボックスに現れた最強の敵を見据える。
この時をどれほど待ちわびただろうか。
この瞬間をどれほど望んでいただろうか。
「行くぞ。光佑!」
かつての様に。全身全霊。全ての力をこの一球に込める。
世界で最も強いピッチャーとなった俺が、伝説へと挑むのだ。
そして勢いよく放たれたボールは、真っすぐにキャッチャーへと向かって空を裂きながら轟音と共に突き刺さる。
しかし光佑もまたタイミングを合わせた様にバットを振っており、その球は……。
あぁ。と思う。
俺はやはりずっと、お前とキャッチボールをしているのが楽しかったのだ。
それだけで十分だった。満足だったんだ。
でも、俺たちはお互いに譲れない物があって、向かいたい場所があって、願っていた世界があった。
だからこうして敵として向かい合っている。
もしかしたら、こうして戦わず、共に歩いている未来があったのかもしれない。
そんな未来があったなら、俺も光佑もきっと違う姿でここに立っていたのだろう。
でも、それでも俺たちは傷つきながら、迷いながら、悩みながら、ここまでたどり着いた。
ならば、これもまた、一つの答えなんだろうなと思う。
ただ、それだけの話なんだろう。
そして俺は、空を見上げて、あり得たかもしれない未来に別れを告げた。
願いの物語シリーズ【大野晄弘】 とーふ @to-hu_kanata
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