第7話『勝ちたいんだ。光佑の横に、立ちたい。誇りたいんだ!』

光佑との直接対決が始まり、既に九回の表が終わろうとしていた。


先輩たちの頑張りもあり、何とか五点を奪う事が出来たが、既に三点奪われている。


原因は全て光佑だ。


俺の全力が全て打ち破られて、遥か後方にある観客席に突き刺さった。


しかし、まだ後一回ある。勝負の場はまだ、あるんだ。


「大丈夫か? 大野」


「えぇ、大丈夫です」


「まぁ、やけに長い試合だったがな。それも後少しで終わりだ。もう立花の打席は来ない。俺たちの勝ちだ」


「ホント。あの立花光佑相手によくやったぜ」


「さ。ちゃっちゃと守って終わらせよう」


先輩たちの声に引きずられながら、俺はマウンドへ行き、そして相手チームへ向かって投げる。


しかし、今までと何も変わらない速さと強さで投げていたボールは僅かに捕まり、ボールを前に飛ばしてゆく。


三塁方向に転がったボールはすぐさま捕まえ、一塁へと送られたが、セーフとなってしまった。


マズイ。


このままでは不味い。


しかし、もう一人、もしもう一人出塁したら、光佑と勝負する事が出来る。


今度こそ、勝てるかもしれない。


俺は心の中に湧き上がった気持ちを抑え、次のバッターへと向かってゆく。


しかし向こうの気迫がどれだけ強かろうと、俺の体力が減っていようとも、容易くヒットが打てるような球は投げていない。


続く二人はアウトとなり、そして三人目。前の二人と同じような所へ転がり、これで終わりかと思われた球は、先輩のエラーにより後ろへと流れた。


そして、その隙をついて、一塁、二塁と出塁に成功した。


瞬間、湧き上がる会場。歓声と共に光佑の名前が叫ばれる。


心臓がドクリと大きな音を鳴らした。


「光佑……!」


もう今年は終わりかと、俺の負けかと思われた試合だったが、最後のチャンスが来た。


しかもこれで打たれれば、俺たちは負ける。


そう思うだけで闘志が湧き上がる。今までにないほどに。


今、きっと俺は最高の球を投げられるだろう。


そういう予感があった。


しかし、光佑がバッターボックスに立った瞬間、監督によってタイムがされ、俺は敬遠を指示された。


「は? 敬遠だと?」


「あぁ、ここで立花を出塁させた所で相手チームにもうお前の球をまともに打てる奴は居ない。俺たちの勝ちだ」


「でも、まだ俺は!」


「大野! 俺たちは勝たなきゃならん! お前には悪いが、負けられないんだ」


俺にそれだけ言うと、先輩たちはそれぞれのポジションへと戻って行った。


残されたのは、どうしようもなく、打ちのめされた俺だけだ。


キャッチャーは既に立ち上がり、遠く離れた場所に構えている。


逃げろと。


勝てないから挑むなと。


そう俺に言っていた。


なぁ、光佑。俺はやっぱりお前に相応しい人間にはなれなかったのか。


お前と一緒に居れば、こんな気持ちにはならなかったのか。


教えてくれ。


光佑。


俺は光佑を出塁させた後、続くバッターをアウトにして試合を終わらせた。


今までの、どんな試合よりも惨めな試合だった。


俺は、所詮、光佑の足をひっぱる事しか出来ない男だった。


ただ、それが分かっただけだった。




学校へと帰り、解散してゆく中、俺は一人グラウンドへ向かい、マウンドで立ち尽くしていた。


光佑と一緒ならば、負けたとしても笑っていられた。


それは俺が現実を知らなかったからだ。


本当は弱いのに。強いのだと、光佑と並びたてる人間だと、そう思い込んでいたからだ。


しかし、現実はこうだ。


俺は卑怯にも戦いから逃げ、ただ勝利というメッキを手に入れただけだ。


それなのに、誰も彼も勝ったと、良かったと喜んでいる。


あの立花光佑に勝ったのだと。誇るべきだと!


何処に誇る要素がある!!


俺たちは負けたんだ!!!


「くそっ!!」


「晄弘くん」


「加奈子、か」


「今日の試合。惜しかったね。負けて悔しいかもしれないけど。次があるよ」


「……加奈子?」


「最初の対決は、流石光佑くんって感じで、駄目だったけど。二回目は光佑くん凄く打ちにくそうだったよ」


「……」


「三回目は光佑くんの作戦勝ちかな。多分あれは投げる場所を最初から読まれてたね。そういう意味じゃ、晄弘くんももっとお勉強頑張らなきゃ。だよ」


「加奈子は、まだ次があるって、思うのか?」


「当然だよ。だって四球目。きっと晄弘くんが勝ってたもの」


当然の様に。当たり前の様に俺の勝利を信じてくれる加奈子に俺は、視界が滲んでいくのを感じていた。


気持ちが抑えられない。


苦しくて、辛くて、悲しくて。


俺は膝をつきながら泣いていた。


「俺は、弱くて、光佑に追いつけなくて」


「うん」


「だから、戦ったのに、勝てなくて」


「そうだね。光佑くんは強いね」


「でも、勝ちたいんだ。光佑の横に、立ちたい。誇りたいんだ!」


「ホント。晄弘くんは光佑くんが大好きだね。嫉妬しちゃうよ」


加奈子は俺の頭を抱えると、抱き寄せて、頭を撫でてくれる。


それが、酷く苦しくて、でも嬉しくて。


俺は、強く思った。


光佑に勝ちたいと、もう二度と負けたくないと。


そして、例え光佑の事が好きなのだとしても、加奈子が俺も好きだと。


俺が、加奈子を幸せにしてやりたいと、そう思った。


どうしようもなく弱くて、情けない俺だけど。


二人と一緒に居たいから。


加奈子との未来を。


光佑との明日を。


どちらも欲しい俺は、我儘かもしれない。


でも、それが手に入るなら、どんな障害だって、壁だって乗り越えて。誰よりも強く。


強くなれる。


そう思うんだ。




そして。


俺たちの学校は甲子園に無事出場し、二十年ぶりに優勝した。


そのお陰で学校中がお祭り騒ぎとなり、俺は話しかけられる事も増えていた。


文化祭では多くの女子に囲まれて、これが光佑が味わっていた気持ちかと感慨深くなりつつも、面倒が増えたなと感じる。


正直同じチームメイトですら何を話したら良いのか分からないのに、女子などもっと分からない。


話せる相手は加奈子くらいのものだ。


だから何故か待ち合わせ場所に来ないで、一人誰もいない部室に居た加奈子を見つけ出し、一緒に文化祭を回る事にした。


加奈子は何故か少し暗くて、落ち込んでいる様に見えたが、店を回っている内に、少しずつ明るくなって安心する。


しかし、加奈子が元気になったのは喜ばしい事なのだが、付きまとってくる連中はどうにかならないだろうか。


誰も彼も俺の事を知っていると言うが、こっちは知らないのだ。


そんな相手と何を話せば良いと言うのか。


それにそんな連中が出てくる度に、話しかける度に加奈子が何処かへ離れていこうとする。


人が多すぎるのだ。


俺は加奈子がはぐれない様に手を繋ぎ、騒がしい人込みの中を抜けて、少しでも落ち着ける場所を目指した。


「まったく。なんなんだ。人が多すぎる」


「……野球部が甲子園で優勝したんだから、エースの晄弘くんが人気なのは当然だよ」


「はぁ?」


「今まではさ。光佑くんが近くに居たから、みんな気づいてなかったけど。晄弘くんだって格好いいもんね。野性味? っていうの? 今流行ってるらしいしさ」


「お前、何を言ってるんだ?」


「っ! だから! 晄弘くんは人気者になったって事!」


「光佑みたいに?」


「いや、光佑くん程かと言われると悩ましいけど」


「そっか。光佑には並べなかったか」


こういう所なら対等になれるかと思ったが、どうやら駄目らしい。


そんな風に話をしていた俺は、加奈子が間の抜けた顔をしながら俺を見ている事に気づいた。


これは、あれだ。俺や光佑が妙な事を口走った時にする顔だぞ。


という事は俺が変な事を言ったのか?


「晄弘くんは、本当に……光佑くん大好きすぎて、もう! アハハハ」


「なんで笑うんだ。そんなにおかしな事を言ったか?」


「ううん。違うの。なんだか馬鹿らしくなっちゃって。そうだよね。晄弘くんはそういう人だ。うん」


「なんだ」


「ねぇ、晄弘くん。私とさっきのテニス部の部長さん。どっちが好き?」


「そのテニス部の部長ってのが分からん」


「ほら、髪をここでまとめてた美人さん」


「まとめてる奴はいっぱいいただろ。それに美人なんて言われてもな、分からん」


「いや、美人は分かるでしょ。ボーっと見てても思わず目で追っちゃう人だよ」


「それなら加奈子だな」


「……は? え、なに? 冗談?」


「何がだ。冗談? どういう事だ」


「だって、私なんて、ほら。全然美人じゃないよ。可愛くも無いし」


「そういう話は分からんが、俺が目で追うのは加奈子だけだ。気になるのも、加奈子だけだ」


「でも! 私って実は凄く性格悪いんだよ。すぐ自分の優位性確かめて悦に浸っちゃうタイプだし。偶然ちょっと運が良かっただけなのに、自分が特別だとか思い上がってて」


「悪い所がない人間なんかいない。俺だって情けない奴だ。弱い奴だ。でも加奈子も光佑も友達で居てくれる。それと同じだろう。悪い所も良い所も全部含めて加奈子だ。俺だ。光佑だ。ならそれで良いんじゃないか?」


加奈子は俺の言葉に、言葉を失ったようだった。


そして何故か涙をあふれさせながら、眼鏡をはずし、顔を手で覆う。


慰めてやりたいと思いつつも、何を言ったら良いのか。すれば良いのか分からず、俺は加奈子の横に座って何も言わず加奈子を抱き寄せた。


加奈子は拒絶せず、そのまま俺に体重を預けて泣いている。


何だか凄く近くに加奈子を感じて心臓が速くなっていった。


このまま爆発するんじゃないかと怖くなるが、一応まだ大丈夫らしい。


俺はそれに一安心しながら、ふと以前、頭に過った考えが実行出来ると右手を握りしめた。


そう。クラスの女子が話していた、女の子なら誰でも憧れてしまうというイルミネーションに加奈子を誘うのだ。


クリスマス。


恋人同士が過ごして幸せになる日だとテレビでは言っていた。


無論俺と加奈子は恋人同士では無いし。加奈子は光佑が好きだ。


誘った所で頷いてもらえるかは分からない。


しかし、勇気をもって一歩を踏み出さねば、何も得られないのだ。


行け。晄弘。勇気を、振り絞れ!!


「あの、な。加奈子」


「……」


「駅前で、その、有名なイルミネーションがあるの、知ってるか?」


加奈子は俺の問いに小さく震えた後、頷いた。


「それでな。もし、加奈子が良かったら、なんだが……その、一緒に見に行かないか?」


「……私で、良いの?」


「私で、ってお前が良いんだ。というか加奈子以外に知り合いの居ない俺が、誰を誘うんだ誰を」


「その……えと。光佑くんとか?」


「光佑と? それはまぁ、確かに。良いかもしれんが、それならどっちにしたって加奈子が居なきゃ話が始まらんだろ」


「そうなのかな」


「むしろそうじゃない理由があるなら聞きたいもんだが」


加奈子はようやく悲しい気持ちが収まったのか。先ほどよりも少し落ち着いた表情で顔を上げると、俺を真っすぐに見据える。


そして、ゆっくりと頷いた。


しかし、その表情はどこか不安に揺れていて。


やっぱり俺じゃ駄目なのかもしれん。という気持ちになった。


しかし踏み込んだのだ。ならば後は投げるだけ。


俺の全身全霊。全ての力を込めて、加奈子に。


届けるだけなのだ。

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