第6話『ピッチャー……か』

高校という場所は、今までとはまるで違う環境になった。


無論それは家から出て、寮生活を始めたという事もあるが、それ以上に光佑が同じ学校にいない。という事だ。


思い返せば、小学校の頃に光佑が引っ越してくる前までは別々の学校だったが、あの頃の俺がどうやって生活していたかなんて覚えていない。


それに、チームという話で言うのなら別々のチームになったのは初めての事だ。


甲子園を目指していればいずれ戦うのだろう。


いや、それは良い。むしろ望むところだ。


同じチームに居ながらも、多分俺はずっと光佑と戦いたかった。


戦う事で、光佑に勝つ事で、俺は光佑の足手まといではないと、対等な相方なのだと胸を張れるのだ。


ただ、背負われるだけのピッチャーじゃない。


それを証明する為に……やるんだ。やる。




という訳で野球部に入部予定の人間が集まるグラウンドに向かっているのだが、正直もう帰りたい。


よくよく考えれば、小学校中学校と、常に光佑と共に行動してきたし。


やる事、話す事、光佑の真似をしていれば良かった。


まぁ、真似が出来ていたかは分からないが、それでもだ。何か間違えても光佑がフォローしてくれたし。


とりあえずやってみようの精神でいられたが、今ここに光佑は居ないのだ。


「……今日は良いか。明日から行こう」


「コラ! 晄弘くん! 何処へ行くつもりだ!」


「っ!!!?」


俺は突然後ろから背中を叩かれ、思わず飛び跳ねたが、慌てて後ろを振り向けば、そこに立っていたのは加奈子だった。


「なんだ、加奈子か」


「なんだ加奈子か……じゃないよ。晄弘くん。今から入部でしょ。どこに行くつもりだったの?」


「いや、まぁ……そのな。今日はあまり天気が良くないだろう?」


「綺麗な青空だけど?」


「……その、だな……天気が」


「だから青空だって言ってるでしょ! もう! 言い訳の種類が少なすぎるよ! 晄弘くん!!」


「すまん」


「いや、良いけどさ。そこで体調がーとか嘘言わないし」


「体調はいつでも万全だ」


「それは良かった。で? 体調は良いけど、緊張して帰りたくなった、とかそういう感じ?」


「加奈子は心が読めるのか?」


「まぁね。晄弘くん限定だけど」


「そうなのか。テレビでやっていたエスパーよりは出来る事が少ないという事だな。俺限定か。あまり使いどころは無さそうだ」


「……」


不意に加奈子に腹をついついと突かれる。


なんだと抗議しようとしたが、ふくれっ面をしている加奈子に、大池で見た加奈子の姿が重なった。


「っ!!?」


「ん? どうしたの? 晄弘くん」


「いや、なんでもない。俺は今から野球部に行かないといけないから、先に行く! じゃあな!」


俺は何だか顔が熱くなり、加奈子から逃げる様に走り出した。


そして、全力で走り、学校を一周してからグラウンドに到着するのだった。




俺がグラウンドに到着する頃には既に多くの人が集まっており、俺は監督に言われるまま急いで服を着替える。


「遅かったな。大野晄弘。中学最強ピッチャー様は他の凡人に合わせる必要がねぇってか?」


「何してた。大野」


「走ってた。学校を一周」


服を着替えてからグラウンドに帰ってくると、何故か先輩と思われる人に声を掛けられ、緊張のままに答える。


しかし、先輩は俺の言葉を聞いて、呆然とした顔をしていた。


なんだ? もういきなり間違えたのか? 光佑……! 助けてくれ……!


「流石怪物。毎日十時間トレーニングしてるって噂は本当なんだな」


「どんだけ野球漬けなんだよ。てか先輩には敬語を使え! 敬語を!」


「いや、十時間は光佑だけで、俺は九時間くらいだ……です」


「取ってつけた様に敬語を使うな!」


「それもそうだが、九時間も十時間も大して変わんねぇよ!」


「いや、一年で……三千時間くらい? 違うから、だいぶ違う。ます」


「お前の一年は千日あるのか!? 算数も出来ないのか、お前は!」


「……?」


「なんで何も分かんねぇみたいな顔してんだよ!」


「コイツ……本当に大丈夫か? 何か心配になってきたんだが」


「おい!! そこ! 模擬戦をやるぞ! 集まれ」


俺は試合という言葉を聞いて、右手を強く握りしめた。


始まる。ここから、俺の野球が。


光佑の居ない場所で、俺自身の強さを示す為の戦いが。


光佑の隣に立って恥ずかしくない人間だと示す為の戦いが!!


そうだ。怯えて、逃げて、その先に何がある。怯えるな。進め。


恐怖に負けるな!!


「お。いよいよか。大野。これから始まるのは高校生の野球だ。中学レベルと同じだと思うなよ?」


「お前のチームは向こうだ。大丈夫か? 連れて行ってやろうか?」


「お前はどんだけ心配性なんだよ! 俺がせっかく模擬戦が始まる前に気合を入れてやってん……のに」


「……そうだ。どんな奴が相手だろうと、倒すだけだ」


「っ!」


「これが、怪物大野」


それから俺は、自分のチームの所へ行って、とりあえず頭を下げる。


野球は一人では出来ない。特に俺はピッチャーだ。キャッチャーが居なければ、何も出来ないのと同じだ。


ならば、仲良くするべきだろう。


という訳でまずは軽快に話しかける事にした。


「……大野晄弘。ピッチャー」


「お、おぉ。結構威圧感あるな。よろしく頼むぜ。大野」


「俺は牧野ってんだ。よろしくな。大野。中学の時はお前と立花にボッコボコにされたんだが、覚えてるか?」


軽快な挨拶は失敗してしまったが、何だかんだと向こうは明るく返事をしてくれた。


これは成功と言っても良いだろう。よし。ここで面白いジョークを言って、場を更に明るくしよう!


「趣味は、釣り。まだ、魚を釣った事は無いが」


「そ、そうか」


「独特なテンポの奴だな」


「それより聞いたか? これから戦うの、正レギュラーチームだってよ」


「はぁー!? マジかよ! 勝てるワケねぇだろ!」


「だよなぁー。いや、これで負けたから退部って事は無いだろうけどさ」


「いや、でもこっちには大野が居るしな」


「いくら大野でも、二年三年相手は……っ」


先輩チームか。


なるほど。相手にはちょうど良いな。


中学一年の時と同じだ。


あの時は光佑が居たが、今は居ない。なら、ここで勝ってこそ俺の実力が示せる。


「勝つ」


「お、おぉ」


俺はそれから模擬戦を最初から全力で投げた。


誰にも打たせない。打てるとしても、本塁打には絶対にさせない。そういう覚悟で。


そして、順調に一人、また一人と打ち取っていた俺だったが、四回の裏で交代だと監督に言われてしまった。


まだ試合は半分残っているのに、俺はベンチ行き。俺では実力不足だという事だろうか?


「強くなりたいな」


それから、俺は先ほどまで順調だった試合が敗北へと傾いてゆくのを見ながら、二十回くらいまで投げられるスタミナを付けようと心に誓うのだった。




それから時が過ぎて迎えた夏の地区予選。


俺は遂に光佑とぶつかることが決まった。


が、その前に、チームメンバーでマネージャーが撮ってきてくれたという山海高校の試合を見る事になった。


「しかし、山海高校か聞いたことが無いな」


「無名校だろ? ちゃっちゃと点数とって終わりだろ」


「五回くらいで終わらせようぜ。最近暑いしな」


ビデオを見る前は先輩も同級生も含めて、皆楽観していた。


映像にも興味が無いように見える。


だから俺は悠々と最前列を取り、加奈子が入れてくれたお茶を飲みながら試合が始まるのを待っていた。


加奈子も当然ながら俺の横で見ている。


「お。大野夫婦も余裕だなぁ」


「夫婦とかじゃないですから!!」


「はいはい。アンタらよくお似合いだよ」


「そ、そういうんじゃないですよ! ね。晄弘くん。あ。ごめん。今集中してたね」


「いや、まだ試合は始まってないし。大丈夫だ」


「大野も真面目だなぁ。もっと気楽にいけよ。試合は長いぞ。何せ今年は甲子園優勝を目指してるからな!」


「ベスト4とか言わないぜ! これだけのメンバーが集まったんだ。優勝しかねぇよな!」


「もし……」


俺は試合が始まるちょっとした隙間に、テレビから目を離し、後ろで騒いでいる先輩や同級生を見る。


そして、俺以外の誰もが黙り、静まり返った部屋の中で、ゆっくりと言うべきことを言った。


「甲子園に行きたいと、優勝したいと願うなら、この高校が最大の壁になりますよ」


「……マジ?」


「えぇ。マジです」


「大野がそう言うなら、マジっぽいな」


先輩はその言葉と共に、俺のすぐ横に座ると真剣にテレビを見始めた。


それに続いて、他のみんなも席に付いていく。


しかし、光佑のチームから始まった試合で最初に登場した三人は、素人かと疑いたくなる程に雑なスイングでかすりもせず、攻守交代となった。


それを見て、やっぱり大野は真面目過ぎると、先輩らの声がするが、俺はそんな事よりも画面を見て、驚きの声を漏らしてしまった。


「ピッチャー……か」


「ん? ピッチャーの立花? 知り合いか」


「え? あぁ。まさかピッチャーなんて、でも、そうか。ピッチャーか」


「って事は、前は別のポジションだったって事か」


「てか、立花? 立花ってあの立花か?」


「いや、まさか別人だろ。立花光佑なら都会のもっとすげぇ高校に行ってんだろ」


「でも、なんか似てねぇ?」


何故かピッチャーとして立っていた光佑は勢いよく一球を投げて、部屋も会場も黙らせた。


次の瞬間、湧き上がる会場。しかし俺たちは完全に言葉を失ってしまった。


「なんだ、これ。本当に無名高校か?」


「140後半は出てるな。もしかすると150まで届いてるんじゃないのか?」


「こいつ。なんなんだ。お前のライバルかなんかか? 大野!」


「いえ。相方でしたよ。小学校の時から、ずっと」


「お前の相方って、まさか」


あっさりと三人打ち取り、バッターボックスに現れたのは、四番。


立花光佑。


そう、これは想定通りだ。


特に驚くようなことじゃない。


当然すぎる話だ。


しかし、部屋は阿鼻叫喚の地獄となった。


「なんで立花光佑がこんな高校に居るんだよ!」


「いや、あり得ねぇだろ。この辺りに居るなら、ウチの高校に来るはず、って監督ぅ! 誘ってないんですか!? まさか!」


「バカを言うな。お前らには悪いが、大本命だったんだ。一回行って断られたが、二回三回と行ったぞ。三顧の礼作戦まで取ったが、駄目だったんだ。よっぽど別の良い場所に取られたと思ったんだがな」


「光佑は、設備とか有名とかよりも大事な事があったんですよ」


「そんなもんあるのかよ!」


「家族」


「……っ!」


「なるほどな。そりゃ勝てん」


「そして、アイツは、全力で、いや全力以上で俺たちに挑みに来ます。油断したら、食われるでしょうね。でも俺は負けたくない」


「……晄弘くん」


「あー。分かった。お前の言いたい事は」


「そうだな。確かに無名だといって舐めちゃいけない相手だ」


「今まで以上に練習しないといかんな。とりあえず打つ練習だ。立花光佑がどれだけ打とうが、それ以上に点を取れば問題ない」


「そういう事。という訳だ大野。向こうは一人だろうが、こっちは九人。負ける理由はねぇ、勝つぞ」


「先輩」


「ま、俺らは気合を入れる必要があるが、お前は少し気を抜け。そんなんじゃ潰れるぞ」


「……分かりました」


俺は来る光佑との対決を考え、拳を握り締めた。


今までの、どんな試合よりも強く思う。


負けたくない。


光佑にふさわしい。最高の相棒になる。


その為に、光佑に勝つ。


この最高のメンバーで。


そして、遂に俺は、光佑とぶつかった。

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