第2話『ねぇ、一緒にキャッチボールしない?』

光佑と出会ってから一年ほどの時間が経ち、僕たちはどちらがどうとは言わなくても友達に、そして親友になっていた。


そして、僕はあれから毎日の様に光佑とキャッチボールをしつつ、ボールを投げる事に楽しみを見出して、ひたすらに練習を重ねていた。


光佑も野球が楽しいらしく、毎日僕と一緒に飽きもせずに練習を積み重ね、いつしか二人でセットの様な扱いをされていた。


それを僕は当然だと思っていたし。それが嬉しくもあった。


しかし、そんな以前とは大きく様変わりした状況にあっても、僕には少しの不満があった。


それは、光佑が転校してきてからの事だ。


彼は持ち前の明るさと、人当たりの良さと気遣いで、あっという間にクラスの人気者になっていったからだ。


学校で光佑に話しかけるのは酷く勇気がいる。


光佑が近くに来たはずなのに、何処か遠くに居るような気がして、僕は自分の方が先に居た学校なのに居心地の悪さを感じていた。


当初の予定では、困ってるであろう光佑を僕が助けるという物だったというのに、気が付けば僕は独りぼっちで、クラスの人たちと話している光佑を見守っていた。


何度考えても理由が分からない。


分かった事と言えば、光佑は凄いという事だけだった。


しかし、そんな光佑も放課後になれば必ず僕の所へ来て、一緒に野球クラブへ行こうというのだから、学校での生活が気になりつつも、大きくはそこまで気にならないのであった。


そんなある日。光佑と出会った衝撃に比べれば小さいが、小さな小さな大事件があった。


何と、クラスの子が僕を訪ねて野球クラブへ来たのだ。


驚きである。


今までこんな事は一度もなかった。


もしかしたら、この子とも友達になれるかもしれない。そんな気持ちが溢れた。


そうすれば一年に一人で、十年後にはなんと友達が十人になる。


友達だけで野球のチームが作れるのだ。


これは凄い事だと僕は思った。


しかし、その子はそんな僕の期待からは外れ、先生からのプリントを渡しに来ただけだという。


ガッカリであった。


このままプリントだけ受け取って、さようなら。


今までの僕ならそうなっていただろう。


しかし、僕はプリントを受け取りながら、ハッとなり横を見た。


そこにはいつも通り笑っている光佑が居た。


そうだ。光佑とだっていきなり友達になった訳じゃない。


光佑が僕に一歩踏み出してくれたから、僕たちは友達になったんだ。


「じゃ、じゃあ。私は、これで」


「待って」


「え?」


「ねぇ、一緒にキャッチボールしない?」


僕は帰ろうとするその子の手を掴んで、そう言った。


その子は僅かに驚いた表情を浮かべた後、本当に良いのかと問うてきた。


勿論である。僕は大きく頷き、一応光佑にも聞く。


光佑は当然の様に良いよと言ってくれ、僕たちはキャッチボールをする事になった。




僕とその子、千歳加奈子ちゃんと、光佑で行われたソレはキャッチボールというにはあまりにも不出来なものであった。


光佑が加奈子にボールを転がし、加奈子が楽しそうにそれを拾って、僕に向かって放る。


僕はそれをキャッチして勢いよく光佑のグローブ目掛けて投げ込む。


正直これをキャッチボールと呼ぶのか? という点に関しては疑問であるが、それでも僕は楽しかった。


僕は十分満足に球を投げる練習が出来るし、加奈子のボールはどこへ飛んでいくのか分からないから、それを捕るというのは練習にもなった。


気になるのは加奈子と光佑だが、加奈子はかつての僕と同じ様に、ずっと学校でも一人で居たらしく、一緒に遊べて楽しかったと言っていた。


光佑も友達と遊べて楽しかったと言っており、つまりみんな楽しかったのだ。


それならばと、僕はまた明日遊ぼうと加奈子に言うのだった。


それからも僕たちは一緒に遊ぶ様になり、やはりと言うべきか、気が付けば加奈子とも友達になっていた。


しかし、以前の様なハッピーエンドとはいかず、今回はこのことが事件を呼ぶ事になってしまう。




加奈子と友達になってから一年後。


正直この頃になると、一緒にキャッチボールはしておらず、加奈子は僕たちの練習を見ているだけだった。


それでも楽しいと加奈子は言っていて、僕たちは気にしていなかったのだが、そんな加奈子がある日突然一緒に行けなくなったと言い始めたのだ。


驚きである。


理由を聞いても、駄目だからとしか言わず、僕はすっかり困ってしまった。


そして困って、困った僕は光佑に相談してみる事にした。


「どうしよう。光佑」


「そうだね。もし加奈子ちゃんがもっと他にやりたい事が出来て。とかだったら僕らは笑って見送るべきだと思うよ。別にここへ来なくても友達なんだし」


光佑はそう言ったが、僕はそうは思えなかった。


だって、光佑と二人でキャッチボールしていた時も、学校で僕と光佑は離れ離れだったのだ。


加奈子だってそれは同じじゃないか。


それに僕だって野球クラブを辞めたら、光佑とは友達でいられる自信がない。


それなら僕たちを繋いでいる物は間違いなくこの場所なのだ。


「でも、そうだね。もし、加奈子ちゃんが本当はここに来たいのに、来れない事情があるなら」


「……あるなら?」


「それを一緒に取り除くのが、友達の役目。なんじゃないかな」


「光佑!!」


僕は喜び、光佑と拳を合わせながら、加奈子に事情を聴くことにした。


しかし、そのまま直接聞いても答えてはくれないだろう。


だから僕たちはこっそりと後を付けて、まずはその事情を探る事にしたのである。


そんな話し合いをした次の日。僕達はそれとなく加奈子に一緒に野球クラブへ行こうと誘ったが、焦った様子を見せながら、出来ないと断られてしまった。


僕達はそのまま教室を出て、すぐに近くの空き教室へ入り、加奈子が出てくるのを待つ。


恐らくは学校から何処かへ行くから、その場所を偵察してから、野球の方が楽しいとアピールすれば良いというのは光佑の言葉だったのだが、どうにもおかしい。


あれから大分時間が経ったのだが、加奈子が出てくる気配がないのだ。


不思議に思った僕たちがこっそりと教室へ戻ると、なにやら中から話声が聞こえてきていた。


もしかして、別の友達が出来たという事だろうか?


でも、それならそれで、その子と一緒に遊べばいいのでは?


色々な疑問が浮かびつつも、こっそりと中を見ると、加奈子が床に倒れているのが見えた。


そして加奈子の前には何人かのクラスの人。


「なんだろう」


「言い争い? してるのかな」


声は僅かにしか聞こえないが、立っている人たちは加奈子に何かを言っている様に見える。


そういう遊びって事だろうか?


しかし、あまり仲が良さそうには見えなかった。


そして、立っている人の一人が足で加奈子を蹴った瞬間、僕の体が少し後ろに移動して、目の前の扉が勢いよく開いた。


何が起きたのかと横を見れば、そこには少し悲しい顔をした光佑が立っていて、ゆっくりと口を開く。


「何を、しているの?」


「た、立花君! これは違うの」


「そう。この子が、ズルい事するから」


何が起きているのか分からず呆然としていた僕は、とりあえず倒れている加奈子を起こそうと、教室の中へ入り、加奈子を起こした。


そして汚れていた服を払いながらとりあえず綺麗にする。


服を汚すとお母さんが凄く怒るし、このままじゃ加奈子もお母さんに怒られてしまうだろうと考えたからだ。


「はぁ。なんだか嫌な所を見ちゃったな。晄弘。加奈子ちゃん。行こうか」


「ま、待って。待ってよ。立花君。これは違うの」


「何も違わないよ。別に誰にも言わないし。これをどうするかは加奈子ちゃんが決める事でしょ」


「そうじゃなくて、そうじゃないの!」


何でか立っているクラスの子がみんな泣き出してしまい、光佑は困った様に頭をかきながら、どうしようかと悩んでいる様だった。


しかしクラスの子たちが泣く事でそれは小さな騒ぎになり、騒ぎに気づいた先生が入ってくるまで僕たちは動けずにいた。




結局この騒ぎは『何も起こらなかった事になった』が、加奈子はやっぱりどこか辛そうだった。


加奈子はまた野球クラブへ行ける様になったと言っていたのに、なんでこんな気持ちが悪いんだろうかと考える。


考えて、考えても答えが出なかったため、僕はお父さんとお母さんに聞いてみる事にした。


「あら。そんな事になってたのね」


「女の子は早熟だなぁ。もう色恋か」


「もう三年生だしね。好きな人くらい居るでしょう。特にあの子は見た目も性格も良いしね。同級生なんて惚れない方が嘘でしょ」


「確かにな。同性でもたまに緊張する時があるぞ」


「あなた。犯罪は駄目よ。手は出さないでね?」


「出さん。出さん」


「まぁ良いけど。晄弘。今回の事は少し早かっただけで、これからも起こる事だってよく覚えておきなさい」


「これからも、起こるの?」


「えぇ。間違いなく。加奈子ちゃんは本当に運よくというか運悪くというか、貴方達……というか光佑君の近くに来ちゃったからね。嫉妬に狂った女の餌食になるわ」


「そ、そんなぁ。どうしたら良いの? 加奈子と友達をやめる?」


「辞めたらきっと更に酷い事になるわよ。今回だって少し離れただけでこうなった訳でしょ?」


お母さんの言葉に僕は黙って、床に倒れていた加奈子を思い出した。


今にして思えば少し泣いていた様にも思う。


「だから、晄弘。アンタが加奈子ちゃんを守ってあげなさい」


「ぼく、が?」


「そう。加奈子ちゃんに意地悪する酷い奴らから加奈子ちゃんを守ってあげるの」


「僕が、加奈子を、守る」


僕はお母さんに言われた言葉を繰り返しながら、手を強く握りしめた。


「そうすれば、加奈子ちゃんの中で、もしかしたら光佑君よりも、晄弘の方を好きになるかもしれないし」


「君。そんな事を考えていたのか?」


「良いでしょ。別に。私だって可愛い娘や孫が欲しいんだから」


「それは俺だってそうだが」


「ほら。どうせこれからも晄弘の近くにはずっと光佑君が居るんだろうし。そうなったら晄弘の事を好きになってくれる子を探すのは大変よ? 光佑君とずっと比べられる訳だからね」


「ほら、晄弘の野球の才能に惹かれてというのがあるだろう」


「私、あなたから二人とも同じくらい才能があるって聞いてたんですけど?」


「そうだったな。すまん」


「という訳で、少しでも加奈子ちゃんの中でポイント稼いで、将来の彼女、嫁候補として頑張りなさい晄弘。私が思うに加奈子ちゃんは相当良い子よ。いくら光佑君が居るとはいえ、晄弘と友達になってくれる子だし。挨拶は出来るし、礼儀正しいし。まぁちょっと地味だけど。その辺りはいくらでも補正できるから。大事なのは中身よ。中身。中身は変えられないからね」


「最終的に決めるのは当人たちなんだから。あまり熱くならないようにな」


お父さんとお母さんは色々と言い合っていたが、そんな事よりも僕は加奈子を守る為にはどうすれば良いかという事について考え始めていた。

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