第3話『強くなるんだっ!!』

加奈子を守ると決めた日から僕は、強くなろうと心に決めていた。


今までの勇気のない弱い自分はここで終わりにして、強い人間になるのだ。


その為には体を鍛える必要があるのだが、これは普段の練習でもやっているし、このまま鍛えれば良いだろう。


なら次に大事なのは心を鍛える事だ。


これは凄く大事だと思う。


何故なら僕は、いや俺はいつも迷って、悩んで、勇気のある決断という奴をしてこなかった人間なのだ。


だから、強くある為に、勇気ある決断をする。


「その為には何をすれば良いだろうか」


「そうだなぁ。大池にでも飛び込んでみる?」


「大池に飛び込む!?」


「そう。一時期度胸試しって言ってやってたでしょ」


「くっ」


「嫌なら止めても良いと思うけど」


「やる! やると言ったらやる!!」


「そっか。じゃあそんな晄弘の勇気をくじけさせない為に、加奈子ちゃんも呼ぼうか」


「ぐっ!」


守らなきゃいけない相手に情けない姿は見せられない。


俺はなけなしの勇気を振り絞って、挑まねばならなくなってしまった。


しかし、一度言葉にした事だ。逃げては勇気が腐る。


迷わず進むのだ。




そして放課後。


大池の近くには光佑と加奈子と、勇気を振り絞った俺が立っていた。


心は既に限界である。逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。


しかし、逃げたくないという気持ちも確かに存在していた。


「晄弘くん。無理しない方が良いんじゃないかな。だって、ほら。凄く高いよ?」


「大丈夫だ」


「でも」


「大丈夫なんだ!」


「そ、そう?」


俺は加奈子にそう言うと、大岩の上に行き、下を見下ろした。


高い。


水面が随分と遠い。


大丈夫なのだろうか?


光佑は真っすぐ足から水面に入れば痛くないと言っていたが、つまりそれは間違えれば痛いという事だ。


心臓がドクドクと早くなり、やっぱり止めたと言って逃げ出したい気持ちが俺を支配した。


でも、水面の近くで、こちらを見て、頑張れと言っている様に見える光佑と、心配そうに両手を胸の前で握り合わせている加奈子を見て、俺は心を決める。


そうだ。守るんだ。俺が加奈子を。


「その為に! 強くなるんだっ!!」


勢いのまま俺は大岩の向こうへ飛び出した。


大きな音と共に俺は大池の中に飛び込み、すぐに手足をばたつかせながら水面へと上がった。


出来た。出来た!!


俺は達成感と共に、大池から陸上へと上がり、二人の前で腰に手を当てながら自慢げに笑う。


「どうだ」


「あぁ、凄いよ。晄弘」


「うん! 凄かった!」


「うんうん」


何だか頑張った事を褒めてもらえることが酷く嬉しくて、俺はこの日、勇気を出す事の喜びを知った。


そしてこの気持ちを自分へのご褒美にして、勇気を振り絞る事にする。


そう。勇気を振り絞った先には、こんなに嬉しい事があるんだぞ。と自分に言い聞かせるのだ。


「もう大岩は余裕だ」


「そう? なら次は肝試しでもする?」


「よ、夜に、出かけるのは危険だから」


「うん。そうだね。それはもう少し後にしようか」


もう少し後にはやるのか。と若干燃えていた勇気の炎が小さくなるのを感じながら、ふと後ろからの視線を感じて俺は振り返った。


普段はそこに、前を歩く俺や光佑を見て笑っている加奈子が居るのだが、何故か今日は少し落ち込んでいる様だった。


「どうした。加奈子」


「え、いや、特にこうって事は無いんだけど」


「うん」


「その。私って邪魔じゃないかなって思って」


「え。そうなのか。そうなのか? 光佑」


「いや、僕は邪魔だなんて感じた事は無いけど。加奈子ちゃんも晄弘も友達だし」


「うんそうだよな。俺もそうだ。ってもしかして、また何か言われてるのか?」


「そうじゃない! そうじゃないんだけど。二人だけの方が楽しいんじゃないかなって思って! それで!」


「そんな事ないよ。加奈子ちゃん。僕達二人じゃ、多分ずっと野球ばっかりやってるから、たまにはこうやって違う事が出来るのも楽しいんだよ」


「そうなの? でも、大池に行くのだって、別に二人でも出来るよね?」


「出来るけど。今日は無理だったかな。特に晄弘が」


「ぐっ」


「どういう事?」


「そこは晄弘から聞いて欲しいかな。ほら。晄弘。勇気を出すんだろう?」


「……分かってる」


俺は突然、振られ、一気に空気を吐き出して、苦しくなったが、再び吸い込んで呼吸を整える。


勇気。勇気を出した後には、嬉しい事がある!


「実は、俺」


「うん」


「この前、加奈子が怖い目に遭ってるって知って、でも、何も出来なくて、それでも何とか、何かしたかったんだ」


「……」


「加奈子が嫌な事をされたのは、きっとこれからも起こるだろうって聞いて、それで、俺、加奈子の事を守りたいって思ったんだ!」


「わたしを、守りたい……?」


「そうだ」


俺は立ち止まって、後ろを歩いていた加奈子を正面から見据える。


そして、言葉を向けた。


真っすぐな想いと共に。


友達である、加奈子を守りたいと。


「で、でも。私、可愛くないし、地味だし、その、友達少ないし」


「俺だって友達は光佑しかいない。上手く話せないし、格好よくもない! でも俺は加奈子が大切なんだ」


「っ!!」


「だから、加奈子を守りたいって思った。それだけだ」


加奈子は夕日のせいか顔を真っ赤にして、呆然と俺を見ていた。


そして、そのまま顔を逸らすと、急いでるからと言って走って家に帰って行った。


急ぎの用があるのに、こんな時間まで引き留めて悪かったなと思いつつ、今日出来た事を思い返し、俺はまた勇気を振り絞るための作戦を光佑と立てるのだった。




あれから、加奈子はたまにクッキーとかお菓子を差し入れてくれる様になり、ありがたく三人で食べながら練習をしたり遊んだりしていた。


それ以外に大きな変化はなく、俺たちは代わり映えのしない日常を過ごしていた。


しいて言うのであれば、いよいよ俺と光佑のバッテリーが、地区最強と呼ばれる様になったくらいだろうか。


俺が投げる球は光佑以外には打てず、光佑は俺以外の球を全て本塁打にしていた。


最強コンビである。


そして俺たちの名前が有名になればなるほど、練習試合の度に応援で来る人も増えていく。


人が増えるという事はトラブルが起こりやすくなるという事でもある。


これは俺たちが隣町のチームとの試合に来ていた時のことだが、いつもベンチに居る加奈子がいない事に気づき、前の事もあるし、何かトラブルに巻き込まれたかと探してみれば、人気のない建物の陰で数人の女の子に囲まれている加奈子が居た。


断ればいいのに。と思わなくもないが、加奈子は俺ほど無神経でも無いし、光佑ほど人と話すのが得意な訳でも無い。


結果がこの状態なのだろう。


しかし、以前の俺とは違う。


俺は加奈子を守ると誓ったのだ。


急ぎ走り出すと、加奈子を囲んでいる女の子の間に割って入り、加奈子の前で両手を広げた。


「なんだ、お前」


「呼んでない奴が来んなよ」


「あ、若菜ちゃん。まずいよ。こいつ、あの人と一緒にいた奴だ」


「は?」


「晄弘くん!?」


「ごめん。来るの遅れた」


「チッ、面倒だな。お前には関係ないだろ」


「関係なくない。加奈子は友達だ」


「だから関係ないって言ってんだろ。消えろよ」


「消えるなら、加奈子と一緒に行く。だからそこを通る」


「ガキが、生意気なんだよ!」


正面にいた女の人が手を大きく振り上げたのを見て、加奈子を背中に隠しながら俺は目を閉じた。


次の瞬間には叩かれる。


そう思って覚悟を決めたのだが、いつまで経っても何も起きない。


恐る恐る目を開くと、女の人の手を捕まえて、珍しく怒っている光佑が立っていた。


「何を、やってるんですか?」


「あ、立花君」


「ち、違うのよ。これはね。この子たちが酷い事を言っていて。それで」


「もし、二人が何かやっていたのなら話を聞きます。でも、もし二人が何かやっていたとしても、こうやって複数人で囲むのは違うと思います」


「そ、そうね。私たち間違ってたわ」


「とりあえず、二人は解放してもらっても良いですか?」


「え、えぇ。勿論よ」


光佑は俺たちの手を取ると、人の輪から出してくれて、そのままベンチに戻る様に言ってくれた。


そして一人残って、女の人達と話をするようだった。


俺は加奈子の手を取り、歩きながら、酷く惨めな気持ちだった。


勇気を振り絞ったのに、結局は光佑に助けられただけだ。


何の役にも立てていない。


「ごめん。加奈子」


「な、なんで晄弘くんが謝るの!?」


「だって、俺、何も出来なくて、結局、光佑に助けられて、それで」


「何も出来なかったなんて、そんな事ないよ」


俺は気が付いたら加奈子に抱きしめられていた。


加奈子の心臓の音が伝わってくる。


「私一人じゃ逃げられなくて、どうしようもなくて、そんな時に来てくれたのが晄弘くんじゃない」


「……っ」


「私嬉しかったよ? 安心した。晄弘くんの手で、背中で守られて、泣きそうなくらい温かったもの」


「う、うぅ」


俺は涙を滲ませながら、でも必死に泣かない様に耐えて、堪えた。


勇気を持つだけじゃなくて、強くなりたい。


母に言われたからではなく、自分の意思で、想いで、心で、願いで、加奈子を守りたいと、光佑の友として相応しい人間になりたいと思った。


こうやって加奈子に慰められて、光佑に助けられて、情けない自分が嫌だった。


もっと、もっと強くなりたい。


そう思ったのだった。

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