第4話『中学校に入ってから学校で光佑と話した思い出がない』

中学に進学し、俺は精神修行もしつつ、野球の練習をするという日々を送っていた。


正直学校の成績はかなり酷いが、定期的に勉強を加奈子に教えてもらい、何とかテストを乗り越えている。


加奈子が居なければ俺は唯一の丸を名前の横に貰っていた事だろう。


加奈子様様である。


そして野球も全中で優勝し、町内をあげて祝ってもらえたのは大変ありがたい事であった。


将来はプロになるだろうと言われて、そんな未来も良いかもしれないなんて思っていた俺である。


プロの選手になって、俺が投げる球を光佑が受けて無失点で抑える。


そして相手エースの決め球を光佑が本塁打にして、チームを勝利に導く。


勝った時には一緒に光佑や加奈子とパーティーを開いて、騒ぐ。


なんとも楽しそうな日々であった。


そしてそんな未来へ俺たちは順調に進んでいる。そのハズであった。


しかし、俺は中学という環境への変化をまだ理解していなかった。




俺は教室で加奈子と共に弁当を食べながら、向こう側でわいわいと騒いでいる一団を見て、思わず溜息を漏らした。


「どうしたの。晄弘くん」


「いや。中学校に入ってから学校で光佑と話した思い出がない」


「あー。光佑くん。人気だものねぇ」


そう。そうなのだ。


小学校の時も何かと人に好かれていた光佑だが、中学に入ってからは、今まで以上に話しかけられる事が増え、俺は放課後に一緒だからと、学校では話せないのだ。


そんなの関係あるか! と突っ込んでも良いのだが、流石に女子もいる場所でそれをやる勇気はない。


「というか加奈子は良いのか? 友達と一緒にご飯を食べなくて」


「まぁ、お弁当くらいはね。それに私まで居なくなったら、晄弘くん、一人になっちゃうでしょ」


「ぐ」


そう。そうなのだ。


加奈子と友達になった日から、俺は友達が一人も増えなかったのだ。


一応同じ野球クラブの人たちとは話せるが、あくまで同じチームメイトというだけで、友達ではない。


友達というやつは作るのが酷く難しいのだった。


「あー、それならさ。私の友達とも一緒に食べる? それなら人も増えるよ?」


「でもみんな女子だろう?」


「まぁ、そうね」


「俺一人男じゃ、居心地が悪そうだ」


「まぁ、確かに」


しょうがない事なのかもしれないが、悲しい事でもあった。


しかし、それでも放課後には一緒に野球が出来るのだから、贅沢は言うまい。


そんな風に思っていたというのに。


望まないトラブルは、向こうからせっせとやってくるのであった。




ある日の放課後。


俺はいつもの様に光佑と共にクラブへ行こうとしていたのだが、生憎と光佑は先生に呼び出されてしまった様だった。


仕方なく、俺と加奈子はおとなしく教室で待っていたのだが、そんな俺たちに話しかけてくる人たちが居た。


おそらくは同じクラスの人? と、多分先輩もいる。


あまり友好的な雰囲気ではない。


「なぁ」


「なんですか?」


「お前ら、立花のなんだ?」


「何って言われても、友達ですけど」


「友達? 友達だってよ。本気で言ってるのか?」


「そりゃ本気ですけど、何ですか!?」


「何じゃねぇよ。金魚の糞が。お前らさ。立花の足を引っ張ってるっていい加減気づけよ」


「は?」


「何驚いてんの? まさか気づいてなかったのか? 本当にどうしようもない奴らだな」


ゲラゲラと笑って、騒ぐ奴らに俺は思わず加奈子の前に出ながら、加奈子と一緒に後ろへ下がった。


とは言ってもすぐ後ろには窓ガラスがあるし、これ以上は下がれない。


「なんか勘違いしてんじゃねぇのか? 立花はさ。お前らみたいなどうしようもない奴らとは違うんだよ。特別なんだよ。分かるか?」


「そんなの! 晄弘くんだって、特別だよ! 晄弘くんと光佑くんで全国優勝したんだから!」


「はぁ!?」


「ひっ」


「キーキーうっさいな! コイツ。お前いい加減にしろよ。ブスの癖に、立花君の傍に居てお姫様気取りか? 鏡見たことあるのかよ!?」


後ろから俺の為に言葉を尽くしてくれた加奈子に、女の一人が酷い言葉をぶつける。


その目は悪意に染まっていて、強い憎しみが込められている様だった。


そしてその狂気はやがて、言葉だけでなく、行動にも移り始めていた。


「良い事思いついた。そのうざったい髪、全部刈り上げてやるよ。それでもお姫様面出来るか期待だな」


「いいねー」


ゲラゲラと笑いながら加奈子に迫る魔の手を払うべく、俺は奴らから加奈子を守ろうと必死になっていたが、結局押さえつけられ、加奈子の髪を掴んで笑うような奴らに渡してしまった。


何か、何かないかと俺は探し、近くに落ちている傘を掴んで、それを振り回しながら加奈子を押さえている女に向けた。


そして周囲の男も警戒しながら、加奈子を離すように言った。


しかし、動かない。


俺は加奈子を助ける為ならば、と傘を強く握りしめ……。


「止めた方がいい」


静かな教室に響いた、大きくはないのに、耳にしっかりと届いたその声に、俺を含めこの場に居た全員がその声のした方。


廊下へと視線を向けた。


「君の手は。人を喜ばせるための物だろう。傷つける為の物ではないはずだ」


「……あなたは」


「ボクかい? ボクは東雲翼。ただの通りすがりさ」


「東雲、つばさ」


「そう。人数で囲む事しか出来ないような愚か者に、君の黄金の様な手を傷つけるのはいささか対価が合わないね」


誰もが飲まれていた。


この人の作り出す空気に。


「集団となった途端、少数でいる相手を弱者だと考え、暴力を振るう。そんな哀れな者たちへの対処は簡単だ。集団をぶつけてやればいい」


そう言いながら東雲先輩は、手に持っていたキーホルダーからピンを抜くと、大きな音を立てながら鳴り始めたキーホルダーを放置して何処かへ行ってしまった。


そして、その音が切っ掛けとなり、先生たちが急いで教室に駆け込んできて、大騒ぎになったのだった。


俺も、なぜか加奈子も先生から怒られ、俺たちを囲んでいた人たちも怒られたという。


しかし以前の事件と同様にこの事件も『なかった事になった』ため、結局は日常に変化はなかったのである。




あれ以来彼らや似たような人たちに囲まれるような事は無くなったが、それでもあの時に言われた言葉は俺の中に棘の様に残された。


『立花光佑の足手まとい』


『彼は特別。俺たちみたいな存在とは違う』


あぁ、と思う。


おそらくはずっと前から分かっていた事だ。


ずっと、目を逸らしていた。


しかし、それを言われてしまえば、その通りだと認めざるを得ない現実があった。


だって俺のような人間はきっと世界にいくらでも居るのだから。


そんな俺が、光佑と親友だと、友達だと言い張っているのには、光佑にとっても負担なのでは無いかと。


いつか俺に変わる人間が光佑の前に現れて、俺は彼の親友では無くなってしまうのではないかと。


不安はいつまでも付きまとい、やがてそれは現実のものとなった。


そう。中学二年生の春。


佐々木和樹。


俺の生涯のライバルとなる男と出会ったのである。


彼は野球クラブへ参加するとすぐにその実力を示し、絶対に揺らがないと思っていた俺の居場所を奪い去って行った。


幸いと、エースは俺の元に残ったが、それだっていつまで俺の所にあるかは分からない。


佐々木がもっと実力を付けたら? 認められたら? 体が出来てきたら?


終わりだ。俺の居場所は完全に消え去ってしまう。


それがただ、怖かった。

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