エルドラド狩りの汚職スパイ
川崎俊介
第1話 汚職エージェント
「あんたのことは調べたよ。カリーム・アル・アリシュさん」
2030年7月27日。
中東の軍事大国、ナブー共和国の国境近く。緩衝地帯のど真ん中で、俺はテロリストの親玉からフルネームを呼ばれていた。相手は国際テロ組織【AVOID】。先進各国でも同時多発テロを起こした実績のある、相当な悪党どもだ。
親玉はエドリックという白人だった。調べたところ、世界最強の大国、オヴェスタ連邦出身らしい。祖国に嫌気がさし、国際テロ組織を立ち上げたようだ。
「相当なエリートみたいじゃないか。一流大学を卒業して、語学も堪能。そんな天下のナブー共和国の諜報員様が、俺たちに機密情報を売るなんて、考えられないんだよなぁ」
エドリックは、そんな疑念を投げかけてくる。
当然か。
俺が提供したのは、隣国クライシュ王国のITインフラを支えるデータセンターの位置情報だしな。
「簡単なことだ。俺たちは敵国を出し抜くのが存在意義。クライシュのインフラがダウンすれば、あんたらも動きやすくなるし、俺たちもつけ入る隙ができる。それだけのことだ」
クライシュはオヴェスタと同盟関係にある。反オヴェスタを掲げるエドリック達には、相当有益な情報だ。
「そうやって俺たちを罠にハメる気だろう? 件のデータセンターに先行して軍を派遣し迎撃するよう準備している。そんな策だと俺は疑っているがね」
「気に入らないのなら殺してもらって構わない。諜報員一人が不幸な事故で死ぬなんて、よくある話だ。NIS(ナブー共和国情報機関)が組織として報復をすることもない。メリットしかないように思うが?」
「殺されても構わないだと?」
エドリックは鋭い目つきで俺を睨んだ。
「無用なハッタリはかまさない方がいいと思うが?」
「事実を述べたまでだ。俺はもう、とっくにこの世に未練はない」
そう。これは本心だ。家族を失ったあの革命の日から、俺の心は揺らいでいない。
「……そうか。ならば言い値で買おう。ただし、今は前金だけだ。残りはデータセンター襲撃後に支払う」
「それでいい。手始めに20万ドルでも構わない」
「すぐに手配しよう」
そんな会談の2週間後、クライシュ王国の決済サービス、銀行伝送システムは停止した。決済サービス【アペイロン】の運営会社には、奇しくもオヴェスタの資本が入っている。エドリックたちの目論見は成功したようだ。
「だが、所詮はテロリスト。虫けらは虫けららしく死んでろ」
中立を標榜するナブー共和国のNISは、当然にオヴェスタ連邦とも連携を密に取っている。AVOIDの本拠地の一部をリークし、オヴェスタ軍に空爆させたのは、翌日のことだった。俺がデータセンターの位置情報を流したことはバレていない。優秀な協力者がいるからな。
「またうまくいったようね、カリーム」
同じくNISの分析官、ライラ・アミーンは、笑いをこらえきれていない。今は私用の車に二人。盗聴の危険もないので、こんな話もできてしまう。
「対立国のインフラの一部を潰し、オヴェスタに恩を売って、テロリスト駆除にも貢献した。まさに一石三鳥だな」
「カリームって大義も気にするのね。私は稼げれば万事オッケーかな。前金のうち7割は私の分け前ね」
ライラは相変わらずの守銭奴ぶりだ。後方支援役だったというのに、がめついな。
「これでも愛国心の欠片くらいは残っているのでな。ライラの方こそ、なんでこの職に就いたんだ? もっと稼げる仕事なんていくらでもあるだろ。起業すれば給料は青天井だ」
こんなリスキーな職で稼ぐ必要もないだろう。ましてや天才ハッカー並みのIT知識のあるライラなら、引く手あまただ。スパイ稼業をして、さらに裏取引に手を染める動機が分からない。
「だってこんなスリリングな職業、他にないでしょう? 人を騙して得る金ほどありがたいものはないわ」
もはや詐欺師になった方が良さそうな発言だった。
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