きみはラブソングなんか歌わない

自分自身の生活環境や、抱えるものが変化するのと同じスピードで、愛する何かも少しずつ変化していく。
そんな心の引っ掛かりは、大人になるにつれきっと誰しもの心にあるのだろう。

4歳になる息子と、仕事でなかなか家にいない夫と3人で暮らす主人公の美咲。
忙しい毎日を過ごす彼女の心の拠り所は、大好きなバンドの曲たちだった。

不器用に、必死に生きる誰かへの応援歌は、やがて彼らがメジャーデビューを果たしたことにより段々と変化していく。
甘ったるいラブソング、決して昔のガムシャラな彼らが選ばなかったであろうその曲は、美咲の気持ちを置き去りにしてラジオのパワープレイに選ばれ、連日鼓膜を揺さぶってくる。

——こんなはずじゃなかった。
——こうなりたかったのに。
——きっとこうだったのに。

誰も彼もが葛藤する理想と現実。音楽業界で脚光を浴びる彼らの紡ぐ言葉と、息子の言う季節外れの願い事。
できるはずがない……そうじゃない、大人になってしまった心は疲れてそう蓋をしようとする。

追いかけたものは確かにそこにあった。形は違えど存在した。
それを電波にのるラブソングと、必死で不器用なそれぞれの姿に思い出す何か。
一曲のストーリーのように、美咲の心を包む希望や家族のふわりとした温かさが心に流れこんできます。

ため息をつきそうな日々をおくるすべての人に読んでほしい珠玉の一作です。