第三章 徳妃様の瞳 12

 それから半月ほどして、ようやく連天から土が届いた。


「こちらでよろしいですか?」


 土の入ったかめを工房の隅に下ろしたかんがんたちにそうたずねられ、長雲様は「うむ、そこでよい」とうなずいた。


「お前たち、ご苦労だったな。持ち場へ戻ってよいぞ」


「承知いたしました」


 宦官たちはすぐに立ち去ったが、同じように用事はもう済んだはずの長雲様は、やはりいつも通り工房に残り、ふぅと息を吐きながらいつもの椅子に腰かける。


 というか長雲様の「いつもの椅子」なんてなかったのだけれど、あまりに頻繁に来るから工房の椅子の一つが「いつもの椅子」になってしまったのだ。


 最近、長雲様はおかしい。

 餅茶を持ってきたあの日から、毎日のようにここへ顔を出すようになった。

 最初は工房がもう荒らされないように見回りに来ているのかと思ったのだが、来る時には必ず書物を持参してくるし、その滞在時間が徐々に長くなっているように感じるのだ。


 長雲様のことが嫌いな毛毛は「チッ、今日もかよ」と舌打ちして散歩に出かけてしまった。

 しかしそんなことはじんも気にしない様子で長雲様は私にたずねる。


「この前貸したものは、もう読んだのか?」


「あ、いえ。まだ途中までで」


「面白いか?」


「はい、とても」


「そうか」


 長雲様は書物を一旦机に置き、お茶をすすり始める。


「はあ、うまい。やはり香林茶は良いな」


「え、ええ」


 私もお茶をすする。

 おいしいけど……。


「あの、長雲様」


「なんだ?」


「今日はどのくらい、ここにいらっしゃるのですか?」


「いや、特には決めていない。日が暮れるころに帰るよ」


「…………」


 長いなあ。

 日が暮れるまで、いるのかあ。

 長いなあ。


「あの、申し訳ないんですけど」


「うん?」


 伝奇小説の続きが読みたそうな長雲様が、少し面倒そうに顔を上げる。


 やっぱりこの人、仕事をサボるためにここに来てないか……?

 とはいえ、そうは言えない。

 だが毎日こうも長居されたのでは、たまったものではない。

 いくら他の人より話しやすいとはいえ、長雲様がいればそれなりに気を遣う。


 私は思い切って正直な気持ちを伝えることにした。


「お茶を飲み終わったら、帰ってもらえませんか」


「……なぜ?」


「一人が、好きなので」

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