第三章 徳妃様の瞳 11

「えっと、これは……」


 袋の中に入った紙包みを取り出して広げてみると、顔の大きさほどの平べったい円形の塊が出てきた。葉っぱのようなものが密集してできているように見える。


「それは餅茶と言って、茶葉を固めたものなのだ。お前、茶は知っているか?」


「……なんとなくは」


 お茶なんて高級品だから、ほとんど口にしたことがない。餅茶に鼻を近づけると、い香りがした。


「この塊を少しずつ崩して、湯で煮込むんだ。体調に合わせて、生姜しょうがや陳皮を加えるのもいい。この餅茶は、工房に置いていくから」


「え、なんでですか?」


「そうすればいつでも茶が飲めるだろう」


「……わ、私が?」


「俺もだ」


「はい……」


 つまり長雲様は今後、工房で頻繁に長居するおつもり、ということだろうか。


 え、嫌かも……。


「他にも紙包みが入っているだろう、それには茶菓子が入っているよ」


「そうですか」


「茶は俺がれよう。お前には茶のことが何もわからないだろうからな。これは上質な茶葉なんだ。無駄にするのは惜しい」


「はあ……」


 もう一つの紙包みを開くと、小麦をねてねじって揚げたような茶菓子が入っていた。


 慣れた手つきで茶を淹れた長雲様は、「ほら飲めよ」と私に茶杯を差し出すと、懐から書物を取り出して読み始めた。珍しく、楽しげな霊気をうっすらと放っている。読んでいるものが面白いのだろう。


「あのう……」


「ん? どうした。まだ茶菓子を食べていなかったのか。遠慮なく食べるといい」


「はい……」


 茶菓子を少しかじると、蜂蜜の甘みとごま油の香ばしさが口の中に広がった。

 くあぁ、高級なお菓子はおいしいなあ。

 これで長雲様さえいなければ、気も楽で最高なのに……。

 おいしさに打ち震えながらも失礼なことを考えつつ、私は長雲様が読んでいる書物の表紙に目をやった。


「伝奇小説ですか」


 すると長雲様が顔を上げ、こちらを見た。


「お前、文字が読めるのか?」


「え? はい」


「あの山奥の村で育って、文字が読めるのだとは思わなかった」


「おばあちゃんが教えてくれたんですよ。後宮から持ち帰った書物で、私に読み書きを教えてくれました」


「そうだったのか……。じゃあ今度からは、お前が読む分も持ってくるよ」


「はあ、ありがとうございます」


 再び長雲様は小説の世界へと戻っていかれた。

 そんな長雲様を眺めながら、茶をすする。


 これは、ずいぶんと長居をするおつもりのようだ……。

 静かな工房の中に、私が茶菓子をぼりぼり齧る音だけが響き渡っていた。

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