最終話「キミと二人で」

 結局、センパイは自宅のご両親へ連絡を取って、車で迎えに来てもらって帰ることになった。


 帰るまでボウリング場の中でみんなといるのかと思ったけど、センパイが俺と一緒に外で待ちたいと言い出したので、俺と数人の女子に付き添ってもらって寒空の駐車場へとやってきた。


 そのままセンパイは、駐車場の端にある腰ほどの高さの金属製の安全柵に座った。


 女子たちがボウリング場へ戻っていく前に、何かニヤニヤしながらセンパイの耳元で話かけていた。視線はどう見てもすぐ隣に立っている俺に向いていた。


「……本当に外で大丈夫なんですか?」


「うん、アタシが中にいたらみんな気を遣っちゃうだろうからね」


「………………」


「………………」


 今はこの沈黙が苦しい。


「キミも立ってたら疲れちゃうでしょ? 一緒に座ろ?」


 センパイが俺を見ながら隣に座るよう安全柵をトントンと叩くが、安全柵はそれこそ相合い傘するよりも密着しても身体が出てしまうくらいの狭さだった。


 漠然とした居づらさだけで拒否するわけにもいかず、そのまま無言で隣に座ることにした。


 センパイが少し身体を動かす時に一瞬だけ顔を歪めたのを見逃さなかったけど、その俺の顔もセンパイは見逃してくれなかった。


「心配しなくても大丈夫だよ、自業自得だし」


「心配しますよ……。俺、大したこと出来なかったし……」


 こんな子どもの言い訳みたいなことを言うのはみっともないのはわかっている。


「そんなことないよ、キミがいたから――今も一緒にいてくれるからアタシは大丈夫なんだよ」


 いつの間にかうつむいていた俺の顔を覗くように声をかけられた。


「ボウリング場にいたときはみんなの目もあったから大丈夫なフリしてたけど、ホントはケガをした時ものすごく怖くて――なんていうか、何かが起こったと思った次の瞬間にすごい痛みがきて……。でも、その次の瞬間にはキミの顔が見えて、すっごく安心したんだ」


 少しだけセンパイの身体が俺に預けられるのを感じた。


「いつもこうして一緒にいてくれるだけで安心できる……。アタシ、ホッとするんだ、キミと二人でいると……」


 センパイの冷たい手が俺の手に重なる。


「流石に今日は君の手も冷たいね……」


 そう呟くと、センパイはコートのポケットから何かを取り出し、俺に握らせてきた。


「さっきの子達に買ってきてってお願いしてたんだ」


 先輩から渡されたのは、ペットボトルの温かい紅茶だった。


「中断しちゃったけどキミの勝ちだっただろうし、あとはお礼の品も兼ねて……ね」


 元気がないというよりか、普段と違ってとてもしおらしいセンパイはもの凄く儚げな可愛さがあった。


「あとは……」



「あっ」


「え?」



 センパイが指差す方を見た次の瞬間、俺の頬に冷たくも温かい何かが触れるのを感じた。


 振り向くとそこにはセンパイの顔がすぐ近くにあった。何をされたのかはすぐに察したが――


「あったかかった?」


 センパイはさっきとうってかわって意地悪そうな笑い顔をしている。


「ヒヒ、落ち込んでると思った? 騙された? 半分はお礼で、もう半分はバツだよ、バツ」


「お礼はともかく、バツって……」


 俺がほんのり温かい感触の残る頬に手をあてると、代わってセンパイは人差し指で自らの唇を指した。


「だって、昨日も今日もキミからはチューしてくれなかったでしょ? だから今日はほっぺだけ」


 正直、センパイがケガをしてからそんな事を考える余裕なんてなかった――いや、そもそも人が多いイベントだからすることすら頭になかった。


「どうせするタイミングなかったとか思ってるんでしょ? 今だってずっと二人だし、タイミングは待つんじゃなくて作るものだよ、いぃい?」


 センパイの発言に言葉を詰まらせていると、センパイが駐車場の入口に向かって手を振りだした。どうやら、ご両親の乗る車が駐車場に入って来たようだった。


「でも、ま、キミのそういうところ、スキだよ」


 その言葉と微笑みに、改めて心を奪われてしまった。


 っていうか、さっきのご両親に見られてないよな……? まだ一度も会ったことないんだぞ……。


 ご両親が車を近くに停めて降りてきたので挨拶をしようとすると、センパイが俺の口を手で押さえてきた。


「あぁ、今日はうちの親に挨拶とかいいから、いいから」


 別に何か変なことを言おうとしていたわけではないのだが……。


「……挨拶はアタシを貰いに来るときまで取っておいてよ」


 耳ともとで呟いたセンパイの言葉に一瞬固まってしまっていたら、いつの間にかセンパイはご両親の肩を借りて車に乗り込もうとしていた。


 ご両親が深々と頭を下げるとセンパイは車に乗り、窓を開けてこちらを向いて大声をあげた。


「ありがとー! またねー!! おやすみぃ!」


 センパイを乗せた車が駐車場から出ていく。


 安心する? ホッとする? とんでもない、それはセンパイの方であって俺じゃない。センパイといると落ち着いてなんていられない、そんなことを改めて実感させられた週末だった。

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ホッとするキミと二人で【ボイスドラマ】 ガエイ @GAEI

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