中編
美々の運転するプライベートジェットは数時間で松本空港に着陸した。
「では、ご武運を祈っています。
しかし……本当に私が同行しなくてもよろしいのですか?
相手は未知数の超能力者殺しですが」
「私と千佳が相手で殺されるのなら、どんな能力者だって勝てないでしょう」
珍しく不安を漏らす美々に、魁璃は事も無げに言い切った。
……本当に、こういう所がズルい女だ。
思わず顔を真っ赤にして俯く私と、うんざりした表情を浮かべた美々を見て魁璃は怪訝な表情を浮かべる。
「何をして居るのですか、早く行きますよ」
「じ、じゃあ美々、また後でな!」
「ええ、行ってらっしゃいませ。
……全く、無自覚ノロケを見せつけられるこっちの身にもなって欲しいものです」
何やらブツブツと呟く美々。
途切れ途切れに聞こえる言葉が気になったが、その間にもすたすたと魁璃は歩いて行ってしまう。
「もしかして、宿泊が楽しみなのか?」
ちょっと浮かれたような魁璃の足取りに思わず笑顔になると、私は魁璃を追って走り出した。
山の麓にある旅館到着した私達は、女将に案内されながら自室へ向かう。
「今日の客入りはどうだい?」
さりげなく探りを入れてみる。
女将は私の質問ににこやかに答えた。
「平日ですからねぇ。
今日はお客さまの他に5名泊まってますよ」
「へぇ、5名も」
「お客さまは観光ですか?」
「そうなるね。
家のお嬢様が温泉に入りたいっていうものでね」
女将の目が詮索するような光を帯びる。
「妹さんですか?」
「いや、私のカノいってぇ!?」
無関心を装っていた魁璃の踵が私の足に食い込んだ。
「妹です、何か?」
「いいえ、姉妹でお出かけなんて仲が良いんですねぇ。
それではこゆっくり……」
魁璃の牽制にすっかり出鼻を挫かれた女将は、部屋についたのを良い事に撤退していった。
「姉妹ねぇ。
私と魁璃では似ても似つかないと思ってたろうによく言うぜ」
「何しれっと彼女扱いしてるんですか、頭湧いてるんですか?」
「軽いジョークじゃないか」
「ふん!」
魁璃は気を悪くしてしまったようだ。
……そう、これは軽いジョークに成ってしまった。私はとうに魁璃にフラレているのだから。
施設から救われた後、魁璃の元に残ることを懇願した私を拾ってくれた事、私を戦闘機械から人間に戻してくれた事、つっけんどんな態度からたまに見える優しさ、私が惚れないはずがない。
去年、私は今迄美々に預けていたお金を全て引き出し、一番高い指輪を買って魁璃に告白した。
根拠なく、でも心の何処かで付き合えると本気で思っていた。
「お断りします、気持ち悪いです」
いつもの調子であっさりと振られるまでは、本気でそう思っていたんだけどな。
女同士だから?年の差が離れているから?それとも……私に魅力がないから?
鏡で自分の姿を見つめてみる。帽子にコート、中にはスーツを着込んだいつもの探偵モードだ。
この顔やスタイルがどう評価されているのかすら私には分かっていないのだ、人間社会に復帰して数年しか経っていないのだから。
考えたって仕方ない。
落ち込み始めた気分をリセットして、私は魁璃に聞いてみた。
「温泉、今のうちに入ろうか。
夜は隙を晒す事になっていて危ないし」
やや間を置いて、魁璃のぶっきらぼうな返事が帰って来る。
「行きます」
なんだ、やっぱり楽しみにしてたんじゃないか。
私は嬉しくなって、尻尾を振る犬のように魁璃の手を引いて温泉へと向かった。
「いやー、楽しかったね、魁璃」
「まぁ、悪くない休日でした」
悪くない休日だった、とは魁璃語で楽しかったを意味している。
私は思わず微笑んだ。
「しかし、犯人の手がかりは見つからなかったな。
残留思念の方はどうだった?」
「こちらの方も何も。
やはり超能力者と戦い慣れている、直接物には触れないようにしているんでしょうね」
魁璃はメガネを指で上げた。
「まぁ、こちらとしてはやることに変化はありません。
取引現場に向かい、犯人を殺してしまえば万事解決です」
魁璃は小さい体に不釣り合いな刀を、腰のラックに装着した。
「じゃあ、ブチ殺しに行こうぜ」
私達が扉に手をかけた瞬間、悲鳴が旅館内に響き渡った。
被害者は34歳女性、超能力者だったのか、部屋の中は剣を振り回したかのように切り刻まれている。
彼女の能力の残滓がこの部屋の匂いと一致しているから、この部屋の傷は犯人の能力ではなく被害者の能力によるものだろう。
魁璃は残留思念を読み取り終えると、険しい顔で首を振った。
「手がかりはありませんでした。
ここに残っている思念は、敵の能力が分からないまま嬲り殺された戸惑いだけです。姿すら、彼女には見えていませんでした」
「ドアノブに少し違和感がありますが……ノイズのような思念で読み取れませんね。
一体どういう能力なのやら」
被害者が犯人の顔を見ていない以上はどうしようもなかった。
私達は死体からの手がかり収集を打ち切ると、旅館の応接室へ向かう。
そこには、今日の宿泊客が全員待機していた。バラバラになって個別に殺されてしまうよりは、大勢で集まっていたほうが敵も動きにくいだろう。
「探偵さん、何かわかったかい?」
初老の男性、佐藤吉弘が私に話しかけてくる。
私は佐藤に自信たっぷりに頷いた。
「新事実が2つある」
5人の宿泊客が期待に満ちた視線を向けてくる。
私は扉を閉めると、部屋の真ん中に移動した。
「私はみんなに集まってもらった理由を、一人でいて犯人に襲われてはいけないからと説明した。
しかし、本当は理由がもう一つあったんだ」
宿泊客達が顔を見合わせる。
「この中にいるかも知れない犯人を逃さないため……それがもう一つの理由だ」
「 な、なんだって!?」
「この中に犯人が……?」
動揺する宿泊客を気にせず、私は話を続けた。
「 みんながここに集まっている間、旅館の従業員たちに聞き込みをしていた。
結果は白だ、全員にアリバイがあった。
アリバイがなかったのはここに居る宿泊客だけなんだよ」
私の言葉に、若い女性である瀬尾梨子が首を傾げた。
「超能力によっては、アリバイを成立させつつ人を殺せないかしら」
「瀬尾さんの言うとおりだ。
でも、宿の従業員は全員非能力者だった」
「犯人が既に逃げた可能性は?
外から侵入してきたかもよ」
「その可能性も考えたが……監視カメラには何も映っていなかった。
透明化能力者なら可能かもしれないが、その場合は扉を開く際に残留思念が残るはずだぜ。
今回は扉から残留思念は検出されなかった」
「そういや、被害者の人って何が死因だったの?」
私は苦笑いを浮かべた、好奇心の強い女だ。
「切り傷による出血死だ。もういいだろう。
さて、今からここにいる全員に能力者検査と、能力の実演を行ってもらう。
異論はないよな?」
私は内ポケットから、血中の成分を検査するための小型機器を取り出した。
これがなければ現代の探偵は務まらない。
宿泊客は大人しく検査に従った。ここで抵抗することは、自分が犯人だと言っているようなものなので当然だろう。
私はメモに情報を書き綴った。
佐藤吉弘……水操作、効果範囲が長い
浬子歩……念動力、ものを数センチ動かすことができる
斎藤環……念写、座標がわかればカメラ媒体にその位置の写真を撮影させることができる。
5人中3人が能力者、そして、犠牲者の残留思念からして非能力者の犯人はありえない。
犯人はこの三人である可能性が高い。
さて、今回の仕事もそろそろ大詰めだろう。私は探偵であっても名探偵ではない、犯人を捜査とブラフで追い詰めればよいのだ。
私の推理は魁璃がその
正直さっぱり犯人がわからない事を隠して、私は自信たっぷりに話を続ける。
「さて、犯人はこの三人の誰か、ということになりますね」
「 私は犯人じゃないわよ。
念写でどうやって殺人すんのよ」
言われてみればその通りだった。
「おっと、私のセリフを取らないでくれ。
斎藤さんの言うように、犯人は佐藤さんか歩ちゃんのどちらかという事になる」
なんとか誤魔化し話を続行する。
「もしかして、私が犯人だと思われてるんですか……?」
恐る恐るといった様子で、歩ちゃんが私に問いかけた。
歩ちゃんはまだ中学1年生らしく、その大人びた見た目とは裏腹に動作が幼い。
ロリコンの私としては魂にロリを感じずにはいられず、つい助け舟を出してしまう。
「そうとも限らないぜ、歩ちゃん」
「えっ?でも、刃物で殺されたんですよね……?」
首をかしげる歩ちゃんに、私は胸を張ってレクチャーする。
「この前戦っ……タタールで知り合った超能力者は、水を高圧で打ち出して刃物の様に物を切る事が出来た。
水で人が殺せないというのは思い込みだ」
「じゃあ、犯人は……」
今度は佐藤に視線が集まる。
「わ、ワシが人殺しとでも言うのか!?」
そろそろ頃合いだろう。
私は相棒に向かって目配せした。
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