第2章:乙女の敵は命短し

前編

 私の名前は赤坂千佳、好きな殺害手段は爆破。

 衝撃波が頬を揺らすのがたまらない。

 その後やってくる熱にもゾクゾクする。

 下水道で行われていた裏取引を強襲した私を待ち構えていたのは、超能力者の大群だった。

 とりあえず私に狙いを定めた敵を爆殺し、珍しくミスを犯した主人に文句を言うラブコール

「魁璃!ミスの埋め合わせは期待して良いんだよなぁ!?」

『状況を説明してください、ハァハァ五月蝿いですね……』

「こいつら全員超能力者だ!

 ひとりひとりの能力はショボいけど、こうもいると厄介だぜ」

 私は自分を後方に吹き飛ばすと、襲来した雷を避ける。

 奴さん、戦闘はまるで素人だな。

 お返しに電気操作能力者を炎の波で焼き殺し、後続の能力者の中に自分を打ち込んだ。

 とっさに念動力で私を受け止めた敵にウインク一つ、着火して能力から解放してもらう。

『そんなはずはありません。

 先程からくるみさんの念写から敵の身元確認を行っていますが、国の検査で無能力者だと判定された者ばかりです』

 くるみさんとは加賀屋敷の古参メイドで、彼女の念写能力は抜群の精度を誇る。

『嫌な予感がします。

 目標を変更、敵からの回収物を持って即座に帰還してください。

 合流地点には既に美々を待機させています』

 私は先程から振り回している銀色のアタッシュケースを確認した。

 敵が総時価5億の金塊と交換しようとしていた何かがこのケースの中に詰まっている。

 脱出地点まで走る私は、敵の気配に足を止めた。

「出てこいよ、覗きは犯罪なんだぜ」

「さっきまで人間でバーベキューしてた奴に言われたくはないな」

 下水道の角から顔を出したのは、一人の男だった。

 メガネを掛けた如何にも神経質そうな男で、私とは気が合いそうにない。

「こっちも仕事だ、雇い主に忠誠を誓っているわけではない。

 その荷物を置いて行けば命だけは助けてやる」

「生憎、こっちは想い人のお願いなんでね。

 命かけなきゃならねぇのよ!」

「馬鹿が」

 イヤホンから魁璃の抗議の声が聞こえるが兎に角無視。

 私は戦闘の為にケースを地面に置くと、炎でケースを溶かして地面と溶接する。

「ドキドキさせてくれ」

「鼓動を止めるのが俺の仕事だ」

 なんだ、結構ノリ良いじゃん。

 私は景気良く炎をぶっ放した。

 

 戦闘は一方的な展開で進んでいた。

 私は四方八方から飛んでくる攻撃を何とか避け続けているが、それもスタミナの問題で危うくなりつつある。

 ヤケクソで放った炎は、やはりヤツに届く前に消えた。

 私の全ての攻撃は、ヤツの手前で霧散してしまう。そしてヤツは、見えない何らかの攻撃をこちらに放ってくる。風圧で辛うじて攻撃を察知し回避を続けているものの、相手の攻撃が見えない以上大げさな回避を続けるしかなく体力は削られていた。

 いつの間にかズタズタに切り裂かれていたコートを投げ捨て、私は不規則に体を吹き飛ばして敵に接近する。

 コイツの能力を明らかにしなければ、私はあと数手で詰むだろう。

 やっぱり、コイツは私をドキドキさせてくれる。

 懐に潜り込んで炎で加速した拳で殴りつける。

 能力は打ち消されることなく、十分な威力を拳に与える。

 顔面に衝突した掌には、ヤツの顔面との間に出来た透明な壁の様なものに阻まれた。

 間髪入れずに蹴りを腹に叩き込むと、今度は生身に足が突き刺さる。

 うめき声と共に、ヤツは後ろに飛び退いた。

 ようやく、能力も掴めて来た所だ。

「なぁ、あんた空気操作能力者エアロマスターだろ」

 一人につき能力は1つ、さっきから飛ばしてきている透明な攻撃を応用して能力を無効化しているのか、能力を無効化する能力の応用で攻撃しているのかを切り分ける必要があった。

 そして、今の接近でやつが炎による加速を無効化しなかったことで、能力の無効化能力では無いことが確定した訳だ。奴は空気を炎の進路から移動させることで、私の発火を潰していたのだろう。

ならば、肉薄してしまえば炎を消すことはできないはずだった。空気内の酸素も移動してしまうのだから、自分ごと窒息死しかねない。

「そうだな。

 お前とは相性最悪という事だ。

 俺は面倒が嫌いだ、勝てないと分かったら荷物を置いて消えろ」

「バカ言え、んなことしたら嫌われちまうだろうがよ!」

 スタミナも削られている、出し惜しみをするつもりはなかった。

 命の危険に脳が警報を鳴らす、その恐怖すら心地いい。

 狭い下水道の中、一瞬でも制御を誤れば壁に衝突するほど全力フルスロットルで加速する。間合いを詰めて、空気操作が炎を打ち消す余地を消す。

 炎で加速する打撃を次々と打ち込む。

 敵は打撃を能力で防がず、ガードを固めて頭部だけを守る。

 大したクソ度胸だ、ここで空気を固めて打撃を防ごうとすれば、私の炎が奴を焼き尽くしていただろう。

 まるで精密機械のように、この男は間違えない。

 ならばお望み通り叩き折ってやる。

 開いた腹部に加速した蹴りを叩き込むと、敵の体が地面からふわりと浮いた。

 口から血が零れ落ちる。肋骨がへし折れる音がした。

 男の目は、鋭利な光を一度も絶やしてはいない。私の殺意が更に吹き上がる。

 

 反動で浮いた男との間にわずかな間が生まれる。

 能力の早撃ちクイックドロウ、それがこの勝負の結末らしい。


 炎で加速し、私は顔面を砕こうとする。

 拳が頬に触れた瞬間に、万力の様な力が私の内臓を捻りつぶした。

「ごほっ……」

 体が言う事を聞かない。

 膝を地面についた私を、男が見下ろしている。

「時間を使いすぎたな。

 体内の空気を掌握させてもらったよ」

 男が能力をこちらへ向ける。

 周囲の空気が揺れた。

「化け物がよ」

 私は口から溢れ出る血を喉に絡ませながら、思わず笑った。

 処刑が執行される前に、両の手を合わせて火の属性に接続する。

 私はヘルバーナーをぶっ放した。


 


 俺の仕事はいつも運が絡む。

 俺にできることは、運の絡む要素を減らす事だけだ。

 だから、俺は職人よりもギャンブラーのように技術と祈りを尽くす。

 俺、風間羽人の今回の仕事は相当に当たりだった。

 能力の圧倒的有利にもかかわらず、肋骨をへし折られ、挙句の果てに逃走を許した現状に唖然とするぐらいには当たりだったんだ。もう何も見たくねぇ。

 あの女が放った炎でマグマのように溶解した天井には、大きな穴が開いている。

 そして、その穴からは奴を回収した戦闘機が轟音を立てて飛び立つ様子が見える。

「……F-35Bかよ、どっから仕入れたんだ」

 米軍採用の新型V/STOL機が、俺をあざ笑うかのように飛んでいく。

 痛む肋骨を空気操作で支えながら、俺は雇い主への言い訳を考える。

 あの女が最後まで恐怖を浮かべなかったことは、今回の仕事の厄介さを物語っているのではないか。

 これ以上厄介な敵が出てこないことを祈りつつ、俺は渋々と雇い主への通信回線を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る