後編

 先ほどから気配を殺していた魁璃が、皆を掻き分け部屋の中心へ躍り出た。

「勝手ながら、皆様の感情を読み取らせていただきました」

 場の人々は困惑しながらも、彼女が記憶を読み取る能力者だと言うことが、どの様な意味を持つか理解したようだった。

「では、犯人が!?」

「いいえ、私の能力では生きている人間の意識は長く遡れません。

 ですが、妙な意識の流れをしている人物が一人居ました」

 魁璃はビシっと歩ちゃんを指差した。

 マジかよ、歩ちゃんはロリだぜ?

「あなたが能力を使った瞬間、貴方の意識に一瞬の断絶がありました。

 いえ、正確にはノイズの様な一瞬の違和感というべきでしょうか」

 歩ちゃんが能力を実演して見せたときの内容は、椅子を振れずに数センチ動かすというものだった。

 私には普通の念動力にしか見えなかったが、魁璃は違う。

「は、はぁ……」

 困惑する歩ちゃんに、魁璃は冷たい視線を向けた。

「人間の意識は、起きている間はそれこそ無意識も含め途絶えることはありません。

 では、このノイズには何の意味があるのでしょう」

 わからん、何の意味があるんだ。

「意識は途絶えてなどいない。

 私はここで仮説を立てました、意識の流れは圧縮された結果、一瞬に詰め込まれた情報量がノイズとなり読み取れなかったのではないかと」

 意識の流れの圧縮、私はそこでようやく魁璃の言わんとすることが分かり始めた。

「通常の意識の流れが圧縮されている、つまりは早送りになっているとしたらどうでしょう。

 彼女の体験している時間が短い間に詰め込まれている、つまり、彼女が念動力者ではなく、時間停止能力者、もしくは人間に認知できないレベルの加速能力者だとすればこの意識の圧縮は説明できます。

 念動力に見せかけるにも、止まった時の中で椅子を推すだけで済みます」

 唐突にも思える主張に、冗談だと思ったのか苦笑いを浮かべる宿泊客もいる中、歩ちゃんだけは悠然と微笑んでいた。

「なんてことはない、犯人は今まで何度も捜査を潜り抜けています。

 私の様な思念を読み取る能力者を多数抱えている警察が、犯人の足取りすらつかめないことへの違和感がようやく晴れました」

「証拠がありません、そうでしょう?」

 最早、先ほどまでの戸惑う様な少女はそこには居なかった。

 私はにやりと笑うと、魁璃をかばうように前に出た。

「あるんだなぁ、これが!」


 次の瞬間、誰かが能力を発動する気配がした。


「伏せなさいッ!」

 思念探知により、何らかの感情を感じたらしい魁璃の怒鳴り声に反射的に動く。

 私は魁璃を押し倒すと、身を包むようにして炎を吹き上げた。

 部屋の中に轟音が鳴り響く。

 煙が晴れると、そこには手榴弾と思わしき爆発物で無残に死んだ宿泊客が転がっている。

 どうやら、時を止めている最中に空中に投げていたらしい。

 魁璃が叫ばなければ直撃だった。

「……やりましたね、このアバズレが」

「捕まってろよ、魁璃」

 私は罵る魁璃を背負うと、窓の外へ飛び出した。

 体を旅館の屋根まで弾き飛ばし、屋根の上を走る。

「あと数センチ……真下!」

 魁璃が私の背中から飛び降りる。

 私は両手を重ねると、真下にいると思われる歩に向かって炎の出力を最大限に振り絞りヘルバーナーをぶっ放した。

 炎が屋根を突き破り、床を地表まで焼き払う。

「行ってくる!」

 どうせ死んでねぇだろうしな。ああいうタイプは目の前で殺さないと取り返しがつかなくなる。危険が近づいたとき、あんな風な顔をする奴に碌なのはいない。カッコよく推理して連絡先ゲット作戦は無残にも敗れ去ったのだ。やっぱり魂がロリよりも見た目がロリなのが鉄板ってわけだ。奇をてらうと碌な事がない。

 一階に着地すると、ヘルバーナーをギリギリで回避したらしい歩がふらふらと立ち上がった。

「あーあ、能力を見抜かれたのも、殺しを見抜かれたのも初めてだよ。

 証拠、遂に残しちゃったかぁ。今後の参考にするから教えてよ

 ナイフは近くのタクシーの荷台に捨てといた筈だけど」

 私から逃げ切れる気で居やがる。

「証拠なんてねぇよ」

 歩の表情が固まる。

「今逃げたのが何よりの証拠ってワケ」

「……コケにしてくれるじゃん」

 端正な顔を怒りに歪め、歩が私を睨みつける。

「それにしても、お前なんで能力者殺しなんてやってんの?」

 私の素朴な疑問に、歩が虚を突かれたように首を傾げた。

「だって、能力者って数少ないじゃん。

 全員殺せは私がこの国を支配できるでしょ」

 ぶっ壊れてやがる。

 ……と言いたい所だが、こいつの殺人ペースならあと数年で完了できてしまいそうなのが恐ろしい所だ。

「今から自首するなら、命だけは助かると思うぜ。

 研究対象としてだけどな」

「ハッ、まさか勝てる気でいるわけ?

 時間を止める能力にぃ?」

「時を止めるだけの能力なら、な」

「キモ、じゃあ死ね」

 泣きそう。


 歩が能力を発動する気配と共に、私は炎を爆発させた。




 私、浬子歩の初めては偶然の産物だった。

 遅刻しそうになった私は時を止めて大急ぎで教室を目指していた。だから、階段で誰かに肩がぶつかったことも気にせず教室まで走った。

 能力を解除し、教室に滑り込んだ直後、私の耳元につんざくような悲鳴が届いた。

 それからしばらくは生きた心地がしなかったけど、結局事件は迷宮入り。当時の警察は能力者至上主義だったから、残留思念の読み取りだけで操作が終わったのかもしれない。

 とにかく、私は、自分が人を殺しても気づかれない事を知った。

 私が、神様にだってなれることを知った。


 長く時を止めているから、周りより早く年を取っちゃったけど悪いことばかりでもない。

 実年齢の中一相応の見た目であれば、手に入れられなかったであろう拳銃を、私は服の下から取り出した。

 探偵が放った炎を避け、銃を構えようとした私は激痛に声を上げた。

 足元を見ると、細くて青い炎の糸が足の肉に食い込んでいる。

「っ!」

 痛みに精神がぶれ、再び時は動き出す。

 時を止めることには相当な体力と集中力がいる。噴き出す汗と痛みにいら立ちながら、私はもう一度時を止める

 止まった時の中、体に纏った不死鳥の様な炎を通路一杯に広げてこちらに突っ込もうとしている探偵に発砲した私は、鉛球の蒸発する音を聞いた。

 息を飲み、思わず後ろに下がろうとした私は熱を感じ、足を止める。

 私の背後には巨大な火柱が聳え立ち、通路を塞いでいた。

「あ、あぁ……」

 たった2手、それも、時を止められる圧倒的アドバンテージを持ちながら、私はこの命に王手を掛けられた。

「あぁぁぁ……」

 どうして?どうして?私は神さまにだってなれるんじゃないの?こんなのっておかしい、今までは許してくれたじゃない。ねぇどうして……。

 涙が止められない、時を保っていられない。

 時が動き出し、私の視界が真っ赤に染まった。


 プライベートジェットの中ですす塗れの体をベッドに預けて、黄昏探偵の私、赤坂千佳は熱が体から抜けるのを待っていた。

 私の能力、火炎操作パイロキネシスの弱点は、使用者が熱に耐えられなくなるオーバーヒートすることだ。

 熱だけじゃない、私は、歩を殺した毒が抜けるのを待っている。

「甘ちゃんのあなたにしては、よく頑張りましたね」

 珍しく、私の氷枕を魁璃が変えてくれる。

 心が傷付いている事もあって、これだけジーンと来てしまう。ちょっと涙ぐんでいる私を見て、魁璃はそっぽを向いた。

 歩の不幸は、善悪を理解する前に万能の能力を得てしまったことだろう。

 彼女が真に神になる前に、手が付けられなくなる程強くなる前に、ここで倒す必要があった。

 殺すのは根っからの悪人がいい。

 奴らは死ぬ直前まで敵を殺すことしか考えていないから、歩みたいに泣いたりしない。

 その涙を、私の炎が蒸発させることもない。

 戦闘で酷使した体と、歩の骨を砕いた膝が甘く疼く。

 普段なら喜ばしいこの快楽も、今日は少し居心地が悪い。

「仕方ありませんね」

 魁璃は、私の唇に自分の小さな唇を重ねた。


 セカイは祝福で溢れていた。人類の寿命は延び続ける一方、食糧危機は解決、超能力は突然消滅し、世界から差別や戦争は無くなり僕らみんなで手を取り合った。


 ……魁璃が私にキスをした。

 頭が回らない、冷え始めた頭が高速で加熱し、オーバーヒートする脳みそはあっさりと意識を失う。

「好きだぁ」

 マヌケな声を残して、私は暗闇へ落ちて行った。




 プライベートジェットが空を飛ぶ中、戦闘から洗濯までお任せな万能メイドである私、小宮美々は本日数回目のうんざりした表情を浮かべた。

 誰よりも勇敢で、誰よりも口が悪い我らがご主人様マセガキは、あのへっぽこ探偵に恋している。

 由緒正しき能力者殺しの末裔として苛烈な教育を受けて来た少女は、自分をのために文字通り命を賭けられる人間との出会いに、それはもうあっさりと恋に落ちた。

 でも、愛されてこなかったから、愛し方も分からない。

 その結果が、至って不健全なSMプレイと、たまの勇気を振り絞ったアプローチであるというわけだ。

 自分で振った癖に。

「美々、私やりましたよ!」

 誇らしげに胸を張るご主人様に、私は心底呆れ返った。

「ご主人様のキスの市場価値、下げただけなんじゃないですか」

「えっ?」

「だって、振った事を撤回しない限りご主人様の好意は『好きでもない相手へのエサとして、そういう事できちゃう人』しか認識されませんもの。

 千佳は細かいことが苦手なだけで馬鹿ではないですから」

「っ!

 だ、だってぇ……」

 もう何度聞いたか分からない台詞が炸裂する。

「軽い女だと思われたくなかったんですよ!」

 だからって罵倒するか、普通。

 私は少しだけ、ささくれた心に従ってみる。

 今日は散々振り回されたし許されるでしょう。

「何時までもそうしていると、千佳の事貰っちゃいますよ」

「えっ?」

「なんでもありませんよ、お嬢様」

 お嬢様は黙り込む。

 私の忌まわしき過去。

 暗闇の中で行われるデスゲーム、能力者同士の蟲毒から何度も守ってくれた炎の女の子を探してこんな所まで来たのに。

 その女の子は私の事を忘れてるし、雇い主とイチャイチャしてるし。

 お嬢様にも大きな借りがあるけど、恋は義理では語れない。

 恋は戦争なのだ。


 なんとか愛人枠に収まれないか。

 戦況は敗戦濃厚、今後の情けない作戦を練りながら私はジェット機の高度を上げた。

 雲の暗がりを抜け、日の光を浴びるために。

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