中編
山奥の中にひっそりと存在する加賀屋敷は、加賀一族の居城であり、かねてより権力者の信任を受ける超能力殺しの総本山である。
能力者を殺すには能力者が最も効率的であり、加賀屋敷に超能力者が結集するのは当然の帰結であった。
その加賀屋敷が近年稀なほどに騒ぎ立てているのは、赤坂千佳が意識不明の重体という一大ニュースのためである。
加賀屋敷の所属ではなく、加賀屋敷の主人に個人的な性癖で服従している奇特な人物であったが、自らの主人のために命を賭ける様子はメイド達にも受け入れられている。
「手術、成功しました。
完治すれば今後の生活に影響は出ないと思います」
集中資料室から現れた医者の言葉に、一日中祈っていたメイド達は安堵の声を上げた。
「よかったですね……」
「生きた心地がしませんでした」
メイド達が喜びを分かち合っている中、一人のメイドが無言でその場を離れる。
「待ちなさい、美々さん」
角を曲がり、他のメイド達から見えなくなった所で呼び止める声が響く。
「なんでしょうか、メイド長」
平穏を装う美々に、年長メイドであるくるみは毅然とした声で静止する。
「一体どこに行くつもりなのですか。
これから魁璃お嬢様が捜査で忙しくなるというのに」
「……お忙しい所申し訳ございません。
すこし、お暇をいただきたいと考えています」
くるみは、大げさにため息をついた。
「あなたに24時間の暇を与えます。
一流のメイドは、心理状態も完璧である必要がありますからね。
魁璃お嬢様の捜査材料が揃うまでに戻って来なさい」
つまりは、24時間以内に敵を撃滅し、素知らぬ顔で戻ってこいという事だ。
美々は深々と下げる。
「感謝します、メイド長」
走り去る美々を見送った後、くるみは何事も無かったかのように振り返る。
彼女の背後には、先程まで千佳の無事を喜んでいたメイド達がずらりと並んでいた。
「では皆さん、我々の戦いを始めましょう。
お嬢様が必要な情報を集めつつ、美々さんを支援します」
「はいっ!」
メイド達が一斉に動き出した。
戦闘機の操縦から悪党の始末まで何でもこなせる万能メイド、それが私、古宮美々である。
防弾装備を内蔵したメイド服が、大型バイクの纏う風圧ではためく。
私の目的はただ一つ、千佳の敵を殲滅する事。
メイド長の念写能力により、敵の拠点の位置は判明している。
加賀屋敷のメイド部隊による交通規制により、夜の道路は静まり返っていた。
『美々さん、後方2kmから敵が接近してきています
発砲許可は既に下りていますので、敵を殲滅しながら拠点へ向かってください』
さすがはメイド長、既に警察機関を黙らせたらしい。
やはり大ベテランは違うという事か。年の功ともいえる。
『私はまだ20代です、美々さん』
「……私は何も言っていませんよ、メイド長」
心を読まれた。
加賀屋敷のメイド部隊は基本的に孤児が多く、年齢層も若いためメイド長は自分の年齢を気にしている様子がある。
私はバイクを半回転させて体を倒し、ブレーキを掛ける。
静止したバイクの上で、私は能力を発動する。能力空間から拳銃を取り出すと、後方から追ってきていた敵に向かってアクセルを回した。
突如逆走してきた私に、敵は慌てて銃を構える。
「お片付けの時間です、旦那様方」
私のクーナン.357マグナムオートが火を吹いた。バイクから敵が転がり落ちる。
いくら金をかけてもジャムするコンセプト特化の商品だが、その見た目の美しさとマグナムの響きは手放せない。
たとえタクティカルアドバンテージが無くたって構わない。
ジャムが起これば私の能力で取り除けば良いのだから何も問題はない。
ノンデリカシーなメイド長が『10mmオートでいいですよね?』と囁いているのを無視。
装甲車2台の間をすり抜ける瞬間に左右の窓に弾丸を叩き込む。
運転手の頭が吹き飛び、そのコントロールを失う。
後続車両から身を乗り出し、敵が私に向かってグレネードランチャーを構えている。私は空間に体とバイクを取り込むと、彼らの真横に空間から自分を吐き出す。
「 やつはどこだ!」
「 右の壁沿いだ!」
私を見失った敵は、私が転移の直前に設置しておいた自転車に乗ったメイド人形を各々の能力で吹き飛ばし、歓喜の声を上げた。
――
一列に並んだ敵は、私が真横にいる事に気が付かない。
替えのマガジンを差し込み、ホールドオープンしたスライドを下ろす。
私はありったけの.357マグナム弾を敵に撃ち込んだ。
私の能力は
・一定の容量を持つ空間に自在に物を出し入れできる
・生き物は3秒しか取り込めない
・収納できる物体は触れた物のみ、物体を吐き出せるのは視界内のみ
この3つのルールが適用される以外は比較的自由度の高い能力だ。
私は立体道路から下の道路にバイクごと転移する。
そのまま直進し、敵の拠点である港に突っ込んだ。
こちらに銃を向けてくる警備兵を撃ち殺し、施設の奥地までバイクを走らせる。
『千佳さんを倒した能力者はその施設内にいます。
どうやらあなたには気がついているようですね、不意打ちに注意してください』
「畏まりました」
ジャムを起こした弾丸を能力空間に放り込み、薬室に弾丸を直接転移して敵兵の脳天を吹き飛ばす。
男がいると言う建物の手前までたどり着いた私は、能力空間からPKM軽機関銃を引っ張り出した。
「メイド長、ヤツの居場所はどこでしょうか」
『あなたの斜め右方向、階段の踊り場に伏せてあなたを待ち伏せしていますね』
「では、弾丸の方を迎えに行かせましょう」
軽機関銃を敵がいる方角に向け、私はトリガーを押し込んだ。
マズルフラッシュが闇夜を照らす。
轟音と共に施設の壁が穴だらけになり、弾丸を抵抗なく内部へ受け入れて行く。
数百発の弾丸を撃ち切ると、当初施設の壁が吹き飛んだ。
私の前に、メガネを掛けた神経質そうな男が着地する。数カ所に空いている弾痕を見る限り、奇襲は成功したらしい。
「……メイドのくせに礼儀を知らんのか、貴様は」
「旦那様でしたら、この程度のお戯れは難なくお許しになられるかと思ったものですから」
「探偵といいメイドといい今日はふざけた日だな。
それで、貴様はなんだ。
あの薬物なら敵に回収されているぞ」
「その探偵の敵討ちに参りました。
腸が煮えくり返っております」
メイドの心得として笑顔を顔に貼り付けて入るが、内心すぐにでも叩き潰してやりたい。
千佳を傷つけた報いは命で支払ってもらう。
「 あの女よりも強い能力者がいるとは早々思えんが、貴様にはオレに勝つ算段があるとでも言うのか?
今から薬物の回収に向かわねばならん、帰るなら見逃してやる」
「人の恋路を邪魔するものは、馬に蹴られて死ぬのがこの国の作法だと聞いております故。
旦那様、礼儀正しく死んで頂けると幸いです」
「マトモな奴は居ないらしいな」
男が能力を発動すると同時に、私は能力空間の中に飛び込んだ。
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